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歯車、二つ

 オズ王国の貴族は公爵を始め、三つの侯爵家があり、その下に伯爵、子爵、男爵と連なる。貴族は平民に富を分け与え、不当な扱いをしてはいけない。という女王陛下から言い渡されており、貴族は治める領地民のことを第一に考えることにしていた。

 ただ、やはり長く家系が続いていくと貴族至上主義な考え方をする者もおり、アンナと幸太郎の前にふんぞり返る女性は最たるものだった。


「お礼は言いませんから!」

「あ、はあ……」


 動じない幸太郎の隣で、アンナは心底疲れた返事をした。

 丁寧に巻かれた豊かなスカーレットの髪を揺らした女性の端整な容姿は冷たく見える。そして横柄な態度がより近寄りがたくさせていた。


 数刻前の話だ。幸太郎がアンナを誘って鍛冶屋に剣の手入れをしに行ったあと、まだ太陽が高い位置にあったので、賑やかな露店を見て回っていた。そこで人垣を見つけ、好奇心のままに中心を見てみたら、一人の女が何やら露店の主人と騒ぎを起こしていた。


「だから、私の家へお金を貰いにくればいいでしょう!?」

「姉ちゃん、それは聞けねぇ話だ! 金を持ってないくせに俺の店のものを勝手に食べるなんて食い逃げだぜ!?」

「なによ! 私を誰だと思ってるの!?」


 体格の良い店主に物怖じせず歯向かう女性の後ろ姿に、アンナはピンと来た。


(あれってヒロインの一人じゃない?)


 後ろ姿から分かるように、女性は平民では手の届かない代物のドレスを着ている。


(彼女と出会うには、主人公がここで助けに入るのよね?)


 一体いつ争いの仲裁に入るのか、アンナは幸太郎を見上げるが、彼は無表情のまま他人事のように見ていた。


(も、もしかして助ける気なし!?)


 一向に助ける様子を見せない幸太郎に、アンナは肩を揺さぶる。


「こ、幸太郎助けないの……?」

「助けたほうがアンナは良いのか?」

「え、えぇ~と……」


 アンナの判断に従う、と言わんばかりの幸太郎に衝撃を受けるのはアンナの方だった。


「だ、だって困ってるみたいだし」

「困ってる? あの態度でか?」


 親指でクイと指差す先で、女性は反省することも謝ることもなく、延々と言い争いを続けていた。ここまで来ると手を出さない店主が優しく思えてくる。


「あぁぁあもう! 助けてあげて!」

「わかった」


 人垣を掻き分けて行く幸太郎は、迷わず争いの中心に割って入る。


「すいません、俺が立替えます。この人、見るからに露店初めてっぽいし、多めに払うんで見逃してやってください」


 ペコリ、とお辞儀した幸太郎は店の主人と二言三言話すと、もう一度頭を下げる。諍いの収束に伴い、人垣は消えていき、その場に残ったのはアンナと幸太郎、そして未だに怒りが収まらない様子の女性だった。

 そして冒頭の一言だ。


「誰が助けてくれ、なんて言いました!?」


 明らかな食い逃げに、最悪衛兵まで呼ばれたら困るのは彼女なのだから、お礼くらいは言うのが筋ではないか? と思いながら、世間知らずのお嬢様は申し訳無さを醸し出す殊勝さもない。


(やっぱり助けなければよかったかも)


 そう思っても時は遅く。善行をしたはずなのに責められ、アンナは立ち去る機会すら失っていた。


「お嬢様!」

「あら、メルダ」


 露店の端から走ってくる女性はかいた汗も拭わずに赤色を揺らした女性に駆け寄った。


「心配したではありませんか!」

「少し庶民の生活を見学しただけですわ」


 ツン、と高い鼻がそっぽを向くと、メルダと呼ばれた女性は溜息を吐いた。


「私から離れないでくださいと言ったではありませんか!」

「一人で見たかったの」


 常日頃から高飛車なのか、お付きの女性に悪びれもしない彼女は、相当名高い貴族のお嬢様なのだろう。


(でもこんなに性格悪い喋り方だっけ?)


 読んでいる時は感じなかったが、いざ目の前に実物がいると印象が変わるものなのだと、アンナは遠い目でお嬢様を見つめる。


「それはそうと、貴方達!」

(お、謝る気になったかな?)


 アンナは遠くへ行っていた意識をパッと戻したが、彼女は腕を組んでふんぞり返るだけ。


「特別に私の名前を教えて差し上げますわ!」


 いや、いいです。と思わず口を突いて出そうになるのを引きつけた口角が止めたが、隣にいる男はそうもいかなかった。


「いや、いい。アンタに興味ないんで」

(こ、幸太郎ぅぅぅ!)


 きっぱりと断った幸太郎に、朱色の髪がわなわなと震える。それを宥めるメルダは先ほどとは違う冷や汗を浮かべていた。


「これだから礼儀を知らない平民は! ふん! 貴方が可哀想だから教えてあげるわ! 私の名前はミリアリア・イヴ・ラングドン! 侯爵家の長女で社交界の華と呼ばれているのよ! 一字一句覚えておきなさい!」

(どうして名前を言うだけでこんなに偉そうなんだろう……?)


 そうは思っても、このオズ王国に四つしかない侯爵家のご令嬢だ。誇りに思うのも無理はないものなのかもしれない。


「俺は田辺幸太郎。こっちはアンナ」

「アンナ·モリスです」

「そう、アンナと幸太郎ね!」

(今なんか嬉しそうだったような)


 ミリアリアは満足そうにする。その横でメルダが小柄な体を折ってお礼をした。


「お嬢様を救って頂きありがとうございました」


 一方、幸太郎はミリアリアに全く興味がないのか、既に営業を再開した露店へと目を向けている。アンナもミリアリアは結局ヒロインの一人なのだから、何も自分がいる時でなくとも、また幸太郎はミリアリアと会うことになるだろう、とまずこの場から去る選択をした。


「じゃあ、私達はこのへんで!」


 さあ帰ろう! とミリアリアに背を向けてそそくさと人混みの中へと紛れた。


「なんか偉そうな女の子だったな。着てる物も高そうだったし」


「言動からして典型的な貴族至上主義なんだろうね。まあ珍しくないけど、それにしては激烈な子だったね」

「この世界にも貴族はいるんだな。俺の世界でもいるけど、おいそれと会えるものでもないからびっくりした」

「まあ、普通はね。この世界でもなかなか会うことは少ないんだけど……」


 そう。この世界でも貴族と出会うことは少ない。そもそも身分の高い人間が、平民が暮らす市井に降りてくることが珍しいのだ。


(でもどうしよう……。このままじゃ原作と違う流れになっちゃう……)


 原作の流れは、ミリアリアを助けた後に街を案内し、好感を持ったミリアリアがお忍びで幸太郎に会いに来るようになる。そして幸太郎が冒険者と知り、彼女は一緒に冒険者となるのだ。


(いやぁ。よく考えたら侯爵令嬢が冒険者になるってなかなかに難しい設定だよね)


 しかし、そこはそこ。ファンタジーなのだから何でもありだ。それに読者としてはなかなかに面白い設定だと思った記憶がある。


(モブなら楽しめたのになあ)


 この世界を楽しみながら、ゆったりと生活する。スローライフは社畜だった杏奈にとっては夢のような暮らしだ。


「アンナ」

(あぁ、トトと平和に暮らしたい)

「アンナ」

(そういえば、トトが買ったばかりのお肉を食べたがってたなあ。お昼に出そうかな……)

「アンナ!」

「わ! なに? どうしたの!?」

「家に着いた」

「え? あ……」


 市場から出て数分しか立っていないと思っていたのに、気付いたらドロシーの前に立っていた。よく誰にもぶつからず帰ってこれたものだ。


(あ、もしかして……)


 もしかしなくても、障害物からアンナを守っていたのは幸太郎だった。うんうん唸りながら歩くアンナをさり気なく助けながら無事、ドロシーへと送り届けたのだ。


「じゃあ、帰るから」

「あ……」


 手を小さく上げて幸太郎は去ろうとする。午後からサラたちの手伝いをすると言っていたので、その準備に帰るのだろう。


「幸太郎!」


 背中を向けた幸太郎の裾を掴んで彼を引き止める。

 借りを作るなんてまっぴらごめんだ。借りた恩は即時に返すのがアンナの信条である。


「お昼どうするの?」

「えっと、まかないだな」


 まだランチ時まで時間がある。アンナは唇を尖らせ気まずそうに視線を逸らしながら小さな声で呟いた。


「……よかったら、うちで食べていく?」

「良いのか?」

「だ、ダリオおじさんの料理みたいな美味しいごはんじゃないけど」


 ダリオが作る料理は絶品だ。お昼時は客でいっぱいになり、目が回るほど忙しい。

 そんな料理に勝てはしないけれど、アンナだって自炊しているのだ。それなりに美味しくできるはず。


「アンナのメシも美味いぞ? 食べられるのが嬉しい」

(ぐう!)


 朴訥な飾らない素直な言葉がアンナの胸に突き刺さる。こういうところにヒロインたちは心を掴まれて行くのだろう。


「じゃあ、入って。すぐ用意するから」

「ありがとう。楽しみだな」

「うっ、あんまりプレッシャーかけないでよ」


 アンナたちはドロシーへと入っていく。ドアノブに掛けられたCloseの看板を外すのは少し後になりそうだ。

 

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