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林檎のように赤く、愛らしく

 幸太郎とセシリアがコンビを組んでから数週間が経った。二人は順調に依頼をこなしているようで、Dランク昇格も目前だと言う。

 今日は二人にお願いされ、ランチの差し入れを持って、アンナは王都の外にある草原へやって来ていた。


「はあ、もうお役目御免だと思っていたのに……」


 足取りは重く、溜息を付きながら草原へやって来たアンナは二人の影を見つける。


「おーい……」


 声を掛けてハッとした。

 幸太郎は剣を振り、セシリアはそれに指示を出している。弓矢が得意なセシリアだが、どうやら剣も使えるようで、その指示は的確だった。


「アンナ!」


 セシリアがアンナに気づき手を振る。幸太郎はずっと剣の素振りをしていた。


「幸太郎、幸太郎ってば!」


 セシリアが何度も呼びかけ、ようやくこちらを向いた幸太郎が汗を垂らしながら手を上げる。


「アンナ、来てくれたんだ」

「お願いされたからね」


 汗を拭う幸太郎にタオルを差し出したアンナは、少しだけ視線を逸した。幸太郎の真剣な顔を見るのは初めてではないが、視野の広い幸太郎が自分に気づかないくらい素振りに夢中になった横顔は、凛々しくもあり雄々しさもあった。少年と青年の間の年頃はアンナの心を少しだけ揺らす。この些細な表情を感じ取れるのは、加隈あんなが二十三年生きてきた経験からだろう。


「アンナが来たからランチにしましょ」


 草原は座っただけでは汚れない。それを知っている三人は腰を下ろした。


「今日はレーズンとくるみのライ麦パンとヤギのチーズ。それとチキンを焼いたものを持ってきたよ」

「おいしそう!」


 セシリアは笑顔でバスケットの中身を覗く。キラキラした瞳でチキンを見つめると、パクリと食いついた。


「あ~~おいしい! 幸太郎も食べなさい!」


 セシリアがそう言うと、幸太郎も食べ始める。


「うん、うまい」

「あ、ありがと」


 いまだに幸太郎の言葉を素直に受け止められないアンナは自分もライ麦パンを食べ始める。


「ねぇ、Dランクにもう上がれるって聞いてたけど、そんなに依頼をこなしたの?」


 話題は幸太郎のランク昇格になった。まだ数週間だというのに、セシリアが仲間になったからと言って、そんなに急成長するものなのだろうか。


「ん~、強さで言ったらまだまだなんだけど、短時間で終わらせて、短期間でかなりの依頼をこなしてくるから、ギルドからはDランクの依頼もこなせると思われてるのかも」


 ギルドは紙上の数でランク昇格を考えているようだ。


「それにあたし達、なかなか良いパーティなのよ」


 セシリアは自慢げに胸を張った。

 二人のいつもの作戦はこうだ。

 まず幸太郎が前衛として魔獣と睨み合い、攻撃を瞬足で交わし続ける。その隙を狙って後衛のセシリアが止めを刺す。

 果たしてそれが幸太郎の成長に繋がるかは疑問だが、何より魔獣の動きに慣れることが大事だ、とセシリアは言う。


「当たり前だけど魔獣って人間より素早いでしょ? 間合いを覚えることから始めなきゃ、すぐ死んじゃうわよ」

「基本は違っても剣は剣だからな。間合いを取るのは得意だ。まあ野生動物相手には手こずるが」

「そういえば剣道部だっけ?」

「ケンドウブ?」


 小首を傾げたセシリアに、アンナは食べていたパンが喉に詰まりそうになった。そうなのだ、この世界には部活なんてものは無い。違和感なく剣道部と口にしてしまったことに、アンナの冷や汗が背筋を伝った。


「あぁ、運動は得意なんだ。真剣は初めてだが木刀だと思えば重さはなんとかなる。同時に間合いもな」


 幸太郎が説明すると、セシリアは納得したようだ。


「だから幸太郎は瞬発力も持久力もあるのね。あと集中力もあるわ。剣士向きよ」


 どうやら幸太郎の土台は冒険者としての強みになりえそうだ。


「もう少し剣を振り続けられるようになったら魔獣の倒し方を教えるわ」


 セシリアは慎重な段取りを考えているようで、相棒としては心強い相手だ。後先考えない人間だったら、幸太郎は成長せずに魔獣に殺されていたかもしれない。


「セシリアが一緒なら幸太郎は安心だね」

(なんか、母親の気分だなあ)


 加隈杏奈と幸太郎は六歳の年の差がある。息子は無理があるが、弟とでも言おうか。王立図書館で幸太郎が見せた真剣な横顔が危なっかしくて心配していた部分もあったのだ。


「とにかく、今度の昇格試験までに間合いと剣の扱い方をマスターしてもらうからね!」

「セシリアって優しいね」


 いくらパーティーを組んだからと言って、ここまで真剣に教えてくれる人間は少ない。なぜなら生死をかけた冒険者のパーティには即戦力が求められる。なので、セシリアはお人好しで世話好きなのだ。


「ち、違うわよ! 足引っ張られたくないだけなんだから! 本当に! 幸太郎が特別なわけじゃないんだからね!」


 ぷい! とそっぽを向きながらも頬が朱色に染まっている。それは酒が入った時とよりも赤く、まるで林檎のようだった。


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