表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/16

どうやら私も攻略要員らしいです

 薄暗い森の中、ストロベリーブロンドの髪が揺れる。背中を丸めて薬草を摘む少女の名前はアンナ・モリス。だが、彼女には誰にも言えない秘密があった。実は彼女は前世の記憶を持つ転生者なのだ。


 その事を自覚したのは五歳の頃。片田舎で暮らしていた普通の少女の脳内に濁流となって流れ込んだ記憶。

 早朝の出社、深夜の帰宅。残業手当は無いに等しく休まることはない。彼氏もおらず、唯一の楽しみは通勤時間に読むネット小説。そんな社畜ロールモデルそのままだった加隈杏奈の一生は二十三歳の誕生日で終わった。

 奇跡的に普段より早めの退勤。世間はまだ起きている時間。足は重いが心は軽く、誕生日とあってコンビニでケーキを買って帰宅する途中だった。


「え?」


 青になった横断歩道を渡っていたら、地面を擦る甲高いブレーキ音に目を眩みたくなるほどの光が、杏奈にまっすぐ襲ってきた。

 居眠りによるトラックの暴走。

 人間に止めることも出来ない巨大なトラックは無慈悲に杏奈の体をふっ飛ばした。

 過ぎた痛みは火傷のように熱く、投げ捨てられたコンクリートは冷たい。目の前に広がっていく赤い血が、ぼんやりと杏奈に死を告げる。


(あーぁ。ケーキ食べたかったなあ)


 グシャグシャになっているショートケーキが最期の記憶。

 こうして加隈杏奈の一生は終わった。



「う~ん。我ながら報われない死だった」


 あまりにも哀れでホロリと涙が出そうだ。


 現在の加隈杏奈は、アンナ・モリスという少女になって十七年経っていた。生前では大人の庇護下に置かれるはずの歳だが、この世界では立派な大人の一員だ。現在はオズ王国の首都で小さなハーブ店を営んでいる。露店から始まり今では店を持つなんて、生前には考えられなかった。


「十七歳で働くなんて考えられなかったなぁ」


 その理由はアンナが記憶を取り戻した十二年前に戻る。


 記憶を取り戻した五歳のアンナは、転生したことを大いに喜んだ。何せ趣味であったライトノベルの設定そのままの世界なのだから。

 一体自分はどんな小説の中に転生したのだろう。

 バッドエンドを回避する悪役令嬢もの?

 珍しい光魔法に目覚めた聖女?

 はたまた王族の庶子だったり?


「きゃ~! 楽しみ!」


 ベッドの上でピョンピョンと跳ね回った。前世の記憶を受け継ぎ、精神年齢がアップグレードされたとしても、子供のように浮き足立つ出来事だったのだ。

 加隈杏奈の頃の記憶がアンナに夢を抱かせた。しかし、アンナが生を受けたのは貴族の令嬢でも聖女でもない。ただの、いたって普通の家庭。そうアンナはただ前世の記憶を受け継いだ普通の五才児だった。

しかしチャンスは他にもある。

中身は二十三歳。前世の記憶を使って国を発展させれば、それなりの名誉は得られるだろうと、欲望にまみれた考えで行動したが、この世界は中世ヨーロッパのような生活様式でも、医療、ビジネス、生活水準共に不便など探してもなかったのだ。


(これって異世界転生した意味あるの!?)


仕方なく女性向け異世界転生のストーリーを諦めたアンナは、冒険者になるために腕を磨くことにした。しかし結果は散々であり、家庭魔法と多少の回復魔法が使えるくらいの能力だった。


(なによこれ……冒険者になることすら怪しいじゃない……)


落胆に溜息を吐き、うなだれるアンナを何度も見ていた父と母の心情は察するに余りある。


 勉強もまあまあ。運動も普通。秀でた才能もない。

 ここまで来ると、もう諦めて生まれ育った田舎でのんびり暮らそうという気になっていた。


 結局転生してから更に五年が過ぎ、十歳になったアンナは普通の女の子として生きていた。

 その人生が一転したのは、エブ国に大きな竜巻が横断した時だ。竜巻は田畑や作物を巻き上げ、街を飲み込み、数多の命を奪っていった。

 その中にはアンナの両親もいた。アンナが助かったのは、遠く深い森で暮らす祖母の家に遊びに行っていたからだ。当時の年齢は十歳。前世の記憶が蘇って五年経っていた。

 祖母の家に身を寄せたアンナは、祖母からあらゆる薬草学と魔法、そして生きる術を学んだ。

特に祖母は薬草学に秀でており、深い森に暮らしていたのもそのためだった。

 こうして森で過ごしたアンナは、十六歳になる頃に祖母が亡くなったのを機に、オズ国の王都へと移住することにした。


(いや、待って、オズ……?)


 ずっとエブ国の森で暮らしていたアンナは、オズ国にやってきて不思議なデジャヴを感じた。

 待て待て。どっかで聞いたことある……。オズ国、オズ……オズ……?

王都の門の前で考え込んでいるアンナを、門番は訝しげに見ている。

 ――そして


(まさか「普通の俺は異世界でも普通でした」!?)


 加隈杏奈が読んだ数あるライトノベルの内容に、普通ながらも鍛錬を積み冒険者として成功する異世界トリップ物があり、その舞台がオズ王国だった。


(女性向け異世界転生ものだと勝手に思い込んでた……)


 そう、ここは男性向け異世界物語の中だったのだ。


(あの話って努力を重ねていく内にヒロインたちが主人公を好きになっていく、実質ハーレムものだよね?)


 眉根にシワを寄せながら、ヒロインたちと出会うシーンを思い出す。確か初めて出会うのは白魔法を使うアンナだったはずだ。


(アンナ……?)


 思わず首から下げていた通行証を見つめた。そこには前世から慣れ親しんだアンナという名前が書かれている。


「いやいや。そんな、よくある名前だし」


 自分がヒロインの一人なわけないと首を振ってみるが、アンナの唯一使える魔法は回復や強化に特化した白魔法だ。


「貴方はアンナ・モリスですね?」


 手渡した通行証をしげしげと見ていた門番がアンナの名前を確認する。


「……あ、はい」

(確かアンナは竜巻で両親を亡くして、薬草学に詳しくて……)


 考えれば考えるほど、登場人物としてのアンナと今生のアンナの生い立ちは同じだった。

何度否定しても、事実は覆らない。


(ウソ、ウソよ、絶対ウソよ! お願いだから誰か嘘と言ってぇぇぇぇ!)


 こうしてアンナは男性向け異世界転移の世界へと転生した事実を知るのだった。

のんびり更新していきます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ