第27話 チームの形
夜の湯けむりが、障子越しにほの白く揺れていた。
小春の実家の温泉宿――その離れに、俺たちは再び集まっていた。畳の匂いに混じって、夕餉の味噌汁の残り香がかすかに漂っている。
机の上には、昨日ダイヤが老人ホームで集めてきたアンケート用紙が並んでいた。手書きの文字は震えていたり、殴り書きだったり。それでも、そこに刻まれた言葉はひとつひとつ重みを持っていた。
「こんなに集まるとは思わなかったな……」
俺がそう呟くと、小春が頷く。
「うん。なんか、ほんとに役に立てるかもしれないって思った」
ダイヤは胸を張って、いつもの調子で笑った。
「だろ? じいちゃんも張り切っててさ。みんな結構ノリノリで書いてくれたんだ!」
そんな空気の中、俺はノートPCを机の端に置いた。
「実は……ちょっと形にしてみた」
カチリと電源を入れる。薄暗い部屋の中に、液晶の光が浮かび上がった。
画面には、まだ粗削りなフォームと簡単な一覧が表示されていた。
「困りごとを入力 → 依頼として一覧に表示 → “完了”を押すと解決済みに移動」
そんな単純な流れだ。
「え……これ……」
小春が画面を覗き込んで目を丸くする。
「ほんとにアプリみたいじゃん!」
「マジかよ!」
ダイヤは感嘆の声を上げ、手を叩いた。
成田も覗き込み、言葉を失っていた。普段の冷静さが消え、眉が跳ね上がる。
「……いや、ちょっと待ってください。昨日の夜にアンケート作って……もうデモ? この速さは、普通あり得ないですよ」
その声色には驚きと、ほんのわずかな苛立ちが混じっていた。彼は昨日まで少し俺を見下していた。だが、いまは違う。まるで自分の常識をひっくり返されたように目を瞬かせている。
「……すごいね 誠君」
成田は苦い顔で吐き出した。
「まあ、見ての通りまだシンプルなんだ。だけどこれ、金銭のやり取りまで入れると一気に複雑になる」
俺は画面を指で示しながら続けた。
「法律の問題もあるし、セキュリティも整えなきゃならない。だから、まずは“買い物の受け渡し専用”に絞ろうと思う。困ってる人が“代わりに買ってきて”って依頼して、それを誰かが届ける。それだけ金銭の受け渡しとかは現金のみにするといいかもむしろそっちのほうが需要あるだろうし」
小春がぱっと顔を明るくした。
「それなら、すぐ使えるよね!」
成田は腕を組んで、しばし沈黙した後、低く呟いた。
「……確かに、それは現実的だ」
俺は深呼吸をして、机の上に手を置いた。
「それで……これから役割を分けようと思うんだ」
三人の視線が一斉に集まる。
「複雑なシステム部分は、俺が担当する。で、フロントの表示とか簡単な部分は、成田に任せてもいいかな」
成田は一瞬目を伏せ、それから小さく頷いた。
「……ああ、やってみるよ」
その声には、驚きと嫉妬と、でもどこか挑戦心が混ざっていた。
「色とか文字とか、見やすさは私がやる!」
小春が勢いよく手を挙げた。
「勉強は得意じゃないけど、見やすさとか分かりやすさなら工夫できると思う」
「じゃあ宣伝はオレだな!」
ダイヤがにかっと笑って胸を叩く。
「クラファンのときもそうだったけど、オレに任せとけ!」
それぞれが、自分の役割を口にした瞬間。
広間の空気が変わった気がした。
ただの「法人ごっこ」ではない。
はじめて、ひとつのチームとして形になった。
俺は胸の奥で、熱いものがふつふつと湧き上がるのを感じていた。
「……これが、始まりだ」
小さな声が、広間の畳に吸い込まれていった。




