第26話 原石の輝き
翌朝。
古びた下宿の机に腰を下ろし、誠はノートPCを閉じてスマホを手に取った。
昨夜、リリアの助言をもとに紙に書き出した「困りごとアンケート」。寝る前にスマホに清書しておいた。思えば、自分ひとりの頭の中だけで悩んでいたものが、ようやく形になったのだ。
「……よし」
深呼吸してから、グループLINEに送信ボタンを押す。
ただし、送ったのは小春とダイヤの二人だけ。成田にはまだ見せる気になれなかった。昨日の議論で彼が示した冷静な数字の視線に、今の段階ではまだ耐えられないと思ったからだ。
すぐに通知が鳴った。
《すごい、本当にアンケートっぽい!》
小春の反応は驚きと嬉しさが混ざった絵文字つき。
《なんかガチじゃん! 誠、やるなぁ!》
ダイヤは相変わらず勢いのある返事を寄越す。
「……いや、やるのはこれからなんだけどな」
独りごちた瞬間、またダイヤからメッセージが飛んできた。
《これ、じいちゃんに見せたらすぐ協力してくれるべ! この前顔出した老人ホーム、あそこ使えるぞ!》
画面を見て誠は一瞬固まる。まさか、こんなに早く動くとは思わなかった。
その日の午後。
ダイヤはもう老人ホームに顔を出していた。
港町の狭い道を自転車で駆け抜け、祖父と知り合いの職員に頼み込む。勢いと人懐っこさで、大人たちは「しょうがねぇな」と笑いながら協力してくれた。
「お年寄りが困ってること、なんでも書いてください!」
アンケート用紙を手にした老人たちは、最初こそ戸惑っていた。だが、一人が鉛筆を走らせ始めると、次々にペンが動き出す。
「買い物の荷物が重くてなぁ……」
「バスが少なくて、病院に行くのが大変だ」
「一人でいると、誰とも話さない日があるんだ」
思い思いに書かれる字は震えていたり、勢いよく大きかったり。けれど、その一行一行が確かな実感を帯びていた。
「おお、めっちゃ埋まってる! じいちゃん、すげぇな!」
ダイヤはその場でスマホを取り出し、用紙を撮影して誠のLINEに送る。
下宿の机にいた誠は、次々と届く画像に目を見張った。
ただの雛形だったアンケートが、現実の声で満たされていく。
「……これ、ほんとに集まってるんだ」
胸の奥で何かが震えた。小春からも「すごいね……」とメッセージが届く。
『データとして裏付けが得られました。次は整理と分類です』
リリアの声が冷静に差し挟まれる。だが誠には、その冷たさすら心地よく感じられた。
夕方になると、クラウドファンディングの通知が止まらなくなった。
ダイヤは港の漁師仲間に声をかけるだけでは飽き足らず、同級生にLINEを送り、商店街のおばちゃんにまでスマホを見せていた。
「ほら、誠がやってんだ! 面白そうだべ?」
その勢いに押され、釣具屋の店主は「しょうがねぇな」と笑いながら支援を済ませ、
別の若者は「じゃあ友達にも回すよ」と拡散していく。
友達の友達、親戚、港の飲み仲間。あらゆる人脈が網の目みたいに動き出し、支援者一覧に名前がどんどん増えていった。
《若いもんが頑張ってるなら応援しねぇとな》
《おれも昔は苦労したんだ。頑張れ!》
《孫のためにやる気になったよ》
応援コメントが流れ続け、スマホの画面は次第にスクロールしきれなくなるほどの熱気に包まれた。
「……すごい。ほんとに反響があるんだ」
金額はまだ表示しなかった。ただ、支援者の数と勢いだけで十分だった。
夜。
誠は集まったアンケートをノートに写し取り、カテゴリごとに整理していた。
困りごとは、買い物・交通・交流の三つに大きく分けられる。思ったよりも単純で、けれど深い問題。
「これで……裏付けが取れた」
小さく呟いた瞬間、胸の中のもやが晴れていく気がした。
理想だけじゃない。数字だけでもない。人の声がある。
ノートを閉じ、誠は顔を上げた。
数日後、また小春の温泉宿の離れ。
畳の匂いがする広間に仲間たちが集まり、灯りの下で再び議論が始まろうとしていた。




