第24話 数字と成果の前に
旅館の離れに据えられた座卓の上。中古のノートPC数台と、小型サーバが並んでいた。ケーブルは壁際にまとめられ、簡素な棚には少しずつ資料が増えつつある。まだ雑然としているが、それでも「拠点」と呼べる空気が漂っていた。
湯呑みから上がる白い湯気の向こうに、5人の顔。
俺とマリア先生、小春、大哉、そして成田。
名刺もまだ「準備中」の彼は、とりあえず業務委託メンバーとして仮参加中だ。
「さて……今日の議題は“次に何を作るか”。」
タブレットを壁にミラーリングしながら、マリア先生が短く告げる。
背筋が自然と伸びる。俺たちの“会社”が、本当に何をするのか。最初の方向性を決める大事な場だった。
「このままじゃ“面白いおもちゃ”で終わる」
口を開いたのは俺だ。十八話の試作から数か月。あのときは、方言で返事をするアプリが動いたというだけで心が震えた。だが――それだけじゃ足りない。
『地域社会に対して、具体的な価値を定義する必要があります』
リリアの声が、頭の奥で冷たく響く。
胸の奥がわずかに強張った。俺自身が思っていたことを、ぴしゃりと突きつけられた気がした。
「じゃあさ!」
真っ先に声を張り上げたのは大哉だった。
「方言ゲーム! クイズ形式にしてさ、“正解したらご褒美動画”とか付けりゃバズるって!」
「え……ゲーム……?」
小春が戸惑いの笑みを浮かべる。
大哉は気にせず続ける。
「あと漁師の掛け声アプリ! “ヨーイドン!”って言ったら海の親父の声で返ってくるとか! 漁協で流行るだろ!」
「……楽しそうだけど……」
俺は苦笑する。確かに面白いが、継続して使われる姿が想像できない。
「私はね……」
小春が少しだけ手を挙げた。
「旅館に来たお客さんを、方言で迎える機能とかあったらいいなって。『おばんです』とか言われたら、きっと嬉しいと思う」
温かい発想に、俺の胸も和らぐ。だが、どこか“一過性”の匂いがする。
「でも、それだとマネタイズが難しいですよね」
冷ややかに水を差したのは、成田だった。
「観光向けだけじゃ、継続利用が望めません。結局は支援金や寄付頼みになってしまうでしょう」
言葉は穏やかで、整った姿勢も崩さない。けれど、どこか鼻につく響きが混じっていた。
大哉が少し不満げに眉をひそめたが、意外にも何も言わずに耳を傾ける
「観光と福祉、両方を“橋渡し”する形がいいと思う」
小春は落ち着いてそう言った。
「観光は一過性、福祉は持続性です」
成田は静かに眼鏡を押し上げる。
「でも両方を同時にやるのはリソース不足。理想論では進めません」
空気が一瞬、重たくなる。
「ちょっと待って……そもそも俺たちが最初にやりたかったのは、“老人の困っていることを拾う”ことだったよな それと、提案があるんだけど......」
ネイティブアプリとして出すのは……リリアには“早すぎる”って言われたけど、
結局は一番身近に触ってもらえる形だと思う。だから挑戦してみたい
……沈黙。
頭の中に、かすかな電子ノイズのようなざらつきが走る。
言葉は発せられない。だがそれは、リリアなりの“無言の否定”に思えた。
そして俺はもう一段深呼吸して口を開いた。
「前回のアプリをブラッシュアップしたやつをスマホのアプリとして再リリースしてだすのはどう?多分俺たちならできるかもしれない」
ホワイトボードに大きく書き加える。
「それから――スーパー、コンビニ、老人ホーム。規約に触れない範囲で連携して、“便利なお使い”や“声のやり取り”が本当にできるか、調査してみよう!」
大哉の目が輝く。「おお、そりゃいい!」
小春もうなずく。「それなら私も参加できる」
だが――成田は少しだけ口角を動かした。
「理想は良いですが……現実的には協力を取り付けるのは難しいですよ」
やんわりと、けれど確かに冷ややかに。
「まずは数字と成果を、小さくても明確に積み上げてから、ですよね」
……胸の奥がちくりとした。正論だと分かっている。けれど、その口調に滲む“上から目線”に、言い返したい気持ちが一瞬こみ上げた。
それでも飲み込む。今は反発より、前へ進む方が大事だから。
「……なんだよ、正論だけど冷めてんな!」
大哉がむっとする。
「やってみないと分からないよ....」
小春がすぐに間に入り、空気を和らげた。
マリア先生が静かにフォローする。
「高齢者支援の文脈なら、施設側も検討しやすいわ。まず観察シートと簡単な満足度指標を作り、使う前後の変化を見ましょう」
議論が終わり、部屋に小さな静けさが戻った。
湯呑みの湯気が細く揺れ、ホワイトボードには箇条書きのToDo。
その隅に、大きなボタンを描いた簡単なモックが残っている。
俺はその線を見つめながら、心の奥で言葉を反芻した。
成田の言葉にうっすら刺さるものを感じつつも、新しいメンバーが加わったことでチームは確かに強くなった。
「まずは一件でいい。最短で“実証の扉”を叩く」
そう心に刻み、俺はペンを握り直した。




