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凡人の俺にだけ“声”が聞こえるようになった件 ―地方創生チート始動―  作者: バグ製造機
高校生出会い編

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第18話 ついに動いた!


 宿の離れの和室。座卓を囲んで、俺たちは再び顔をそろえていた。

 ――さっきまでの話し合いの続き、そのままの空気だ。湯呑みにはまだ湯気が立っている。


 マリア先生が鞄を開け、薄型のタブレットを取り出した。画面を指先でさっと拭い、当然のように卓上へ置く。どうやら先生は、資料確認や記録のために、いつもこうした端末を持ち歩いているらしい。


「今日は、このまま基礎的な勉強会をしましょう。全員が“最低限の仕組み”を共有しておいた方がいいわ」


 黒い画面が光を帯び、電子音が和室に小さく響く。先生はメモアプリを開き、スタイラスで線を引いた。左から右へ、矢印でつながる三つの枠。


「“入力”、それを“処理”、そして“出力”。アプリケーションはこの三段階で動いています」


「え、それだけ?」

 大哉がぽかんと口を開ける。


 俺は横から、必要最低限だけ補足した。

「たとえばスマホで天気を見るとき。『知りたい』ってタップが入力。サーバーが探して計算するのが処理。出てくる予報が出力。――こんな感じ」


「あー、なるほど。それなら分かる」


「ここからが本題です」

 先生は一つ目の枠を丸で囲み、そこに大きな四角を重ね描いた。

「人が最初に触れる“入口”の設計、それが“UI”――ユーザーインターフェース。ボタンが押しにくい、文字が読みにくい、そういう問題はUIの設計ミスに当たります」


「じゃ、“UX”ってやつは?」

 小春が小さく手を挙げる。


「ユーザーエクスペリエンス。操作できるかどうかだけでなく、『使ってどう感じるか』――安心か、不安か、楽しいか、疲れるか。体験の質そのものです」


「……じゃあさ」

 腕を組んでいた大哉が、ふと口を開いた。

「おばあちゃんが指ふるえてても、押せるくらいのボタンにするってことか」


 その一言に、先生の表情がわずかに緩む。

「ええ、その通りね。対象の人が“ためらわずに触れる”こと。それが出発点になります」


「でもさ、デザインなんて私には無理だよ」

 小春は苦笑いして肩をすくめた。

「絵も得意じゃないし、美術部でもないし……」


「小春にしかできない部分があるよ」

 俺はスマホを取り出し、簡単なデザイン作成アプリを起動する。

「ほら、こういうツールなら、専門知識がなくても“見た目”を触れる。ボタンの大きさや色、間隔、文字の太さ。直感でいじってみて」


「え……私でも?」

 恐る恐る指でスライダーを動かす。青だったボタンが、するりと柔らかい橙に変わった。角丸が少し大きくなり、指先に吸い付くような形になる。


「……変わった。なんか、こっちの方が押しやすそう」

「それ、もう立派な“設計の判断”だよ」

 俺は最低限だけ言葉を添える。

「“誰がどこで、どう触るか”を想像するのがスタート。数値の裏に“人”がいるってだけで、見え方は変わる」


 小春は画面を覗き込みながら、小さく息をのんだ。

「……私、やってみる。色とか間隔とか、触ってみて“こっちが安心できる”って思えるもの、探してみる」


「俺は方言、集めりゃいいんだな」

 大哉が鼻の頭をこすり、ぶっきらぼうに言う。


「うん。録音できるだけで十分助かる。日常の言い回し、相づち、呼びかけ――“いつも通り”がほしい」


「任せとけ。じいちゃんばあちゃんに、普段しゃべってる感じで話してもらうわ」


 先生はタブレットに要点を箇条書きした。

「それではまとめます。――誠くんは“動くもの”を最小で作る。小春さんは“押しやすく、読める見た目”を探す。大哉くんは“ふだんの言葉”を集める。私は、必要な時に基礎を補います。分からない点は、つど質問してください」


 俺たちは顔を見合わせ、うなずいた。

 たった数十分の勉強会。けれど、ばらばらだった“やれそうなこと”が一本の線につながって見えた。


 ――そして、そこから二、三週間。


 放課後、休日、待ち合わせは決まってこの離れの和室。

 小春は配色と余白の“組み合わせ帳”を作り、指で触れながらひたすら比べた。「白地に濃い色だと、年配の方は安心するかな」「夜は暗い背景の方がまぶしくない?」――問いが増えるたび、線は細く、文字は大きくなり、ボタンは余裕を得ていく。


 大哉はスマホ片手に近所を回った。録音アプリの波形に、日常が乗る。

「へば、まんだな」「んだんだ」「おばんです」

 笑い声、合いの手、少し照れた沈黙。ノイズも多いが、それがかえって体温になった。


 俺はその音たちを切り分け、つなぎ合わせ、夜な夜な小さな“返事の回路”をつくる。

(入力――“呼びかけ”。処理――“対応する言い回し”。出力――“あいさつひとつ”でいい)

 最小の輪っかを、まず一つ。

『必要最小限からで構いません。成功体験が次の改善速度を上げます』

 リリアの声は、相変わらず穏やかで平板だ。

(分かってる。……でも、これは俺たち全員の手で作る)

 声にならない返事を胸のうちでつぶやき、俺はもう少しだけ前のめりにキーボードを叩いた。


 その合間にも、先生は何度か短い勉強会を開いてくれた。

「“押せたどうか”の前に、“押す前から不安になっていないか”を観察してみましょう」

「文字は“読ませる”より“読めるようにする”。行間とコントラストを意識して」

 短い一言が、迷いを削っていく。


 ――そして、ついにその日が来た。


「……よし、試してみるか」

 俺はタブレットを座卓の真ん中に置いた。小春と大哉が身を乗り出し、先生は少し離れて様子を見る。畳の上に、わずかな緊張が落ちる。


 深呼吸を一つ。マイクのアイコンを軽くタップ。

「今日はいい天気だな」


 波形が揺れる。沈黙。わずか数秒なのに、心臓が爆音みたいに響く。


『今日はあっつはんで、まいねなぁ』


 その一言は、機械の声なのに、人の体温を宿していた。

 標準語よりもやさしく、耳の奥に残って離れない。


「しゃ、しゃべった!」

「天気の話に、方言で返してる……!」


 小春の声が弾み、大哉が笑う。

 俺の胸の奥から熱がせり上がり、喉の奥が詰まった。


 ――たった一言。だけど、それで十分だった。


 畳の上に置いたタブレットの画面には、波形がまだ揺れていた。


『んだんだ』


 アプリの声が、どこかあたたかく部屋に響く。

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