外伝:マリア先生の紅茶会(第13話の裏側)
――マリア先生が俺の部屋を訪れたあの日。
実は途中で、とんでもない茶番が繰り広げられていた。
◆レンジ事件
俺はティーバッグをマグカップに放り込み、水を注いで――電子レンジへ。
「チンすりゃ紅茶になるっしょ」
ピッ、とスタートボタンを押した瞬間。
「……工藤くん」
背後から低い声。振り向くと、マリア先生の目が細く光っていた。
「――今、あなたは紅茶を、電子レンジで煮殺そうとしたのね?」
「え、いや……」
その瞬間、先生の口から理性の枷が外れた。
「Bloody hell, what on earth are you doing!?」
「ひぃっ!?」
「水温! 蒸らし! 茶葉の呼吸! すべてを無視してレンジ!? Unbelievable! How dare you disgrace the tea like this!」
普段の冷静沈着な医師の顔はどこへやら。
電子レンジの前で、俺はただ縮こまるしかなかった。
◆紅茶講義
「紅茶は化学よ。水温、時間、空気との接触……それが一度でも狂えば味は死ぬの」
「死ぬって言い方やめろ!」
かぐわしい香りに誘われ、注がれた紅茶を口に運ぼうとした瞬間――
マリア先生が鋭く声を飛ばした。
「――待ちなさい! 最初はミルクが必要です」
「ミルク……うーん、豆乳でもいいですか?」
先生の目がすっと細くなり、氷のような視線が誠を射抜いた。
「……」
「ひ、ひぃっ!? す、すみません……やっぱり普通のミルクで……! いますぐ買いに行きますから!!」
誠はカップを抱えたまま、情けなく肩をすくめる。
そんな彼の前で、先生は懐から小さなミルクポーションを誇らしげに取り出した。
「紅茶と共に生きる者は、常にこれを携帯するの。……紅茶にミルクを入れるのは常識よ。砂糖も、いかがです?」
「(サバイバル装備かよ……! しかも丁寧な給仕モードに入ってる!?)」――誠の心の声
言いながらも、カップに注がれた紅茶を口に含む。
――香りが段違いだった。
「……うま」
「でしょ?」
勝ち誇った笑みを浮かべる先生。
完全に勝ち誇った顔。
◆紅茶狂の告白
「でも先生、俺にはコンビニのペットボトルで十分なんだけど」
その一言で、先生の目が再び冷たく光った。
「……あれは紅茶じゃないわ。着色料と甘味料をまとった、ただの“茶色い液体”よ」
「言い方!!」
先生はため息をつき、ティーカップを指でなぞりながら言った。
「工藤くん、あなたは知らないでしょうけど……U国人の大多数はコーヒーを飲むわ。でもね、一部には紅茶を徹底的に愛する人間がいるの」
「へえ、そんなマイノリティが……」
「ええ。彼らは紅茶の蒸らし時間が十秒狂っただけで怒鳴り合いになる。私も学生時代、寮で電子レンジで紅茶を作ろうとした同級生を……本気で怒鳴りつけたことがあるの」
「えええ!? 先生、昔からガチギレしてたのかよ!」
「当然よ。紅茶を殺す行為に国籍は関係ないわ」
先生の目は、その時だけ過去を思い出すように鋭く光った。
……その同級生、たぶんトラウマになってる。
◆お茶会の終わりに
結局その日。
先生は何度もポットを使い分け、ダージリン、アッサム、アールグレイ……次々に淹れてみせた。
「……結局、飲みたかっただけなんじゃ」
ぼそっと漏らすと、先生はすました顔で答えた。
「当然でしょ。ほら、工藤くんも付き合いなさい」
机の上はティーカップだらけ。
その光景はまるで優雅なお茶会――いや、紅茶狂の実験場だった。
俺は観念してカップを口に運ぶ。
たしかに、うまい。だけど……。
「……俺の部屋、なんでこんなに紅茶臭いんだ」
リリアの冷静な声が頭に響いた。
『嗜好傾向を記録しました。市販品では満足できない体質へ移行中』
「やめろおおお!!」
――結局最後は、お茶になりました。
ただの紅茶茶番会でした☕
笑ったり“紅茶警察”に震えた方は、ぜひブクマで供養してください(笑)




