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第7話 お嬢様と侍女に迫られる

「と、言う事でっ! わたくしたちはもっとお互いの事を知るべきだと思うんですっ!」

「は、はぁ」


 加恋の依頼で綾瀬川ダンジョン学園を訪れ、彼女のダンジョン下僕として俺のダンジョンに潜った数日後。俺は朝から加恋に呼び出されていた。


「んなことより、いつあの動画を消してくれる……」

「トラくんのダンジョン生成・探索スタイルはまさに革命! わたくしとしても興味びんびんなのですっ!」

「…………」


 山盛りパフェを目の前に、力説する加恋。

 だめだ、こうなった女子が人の話を聞かない事は妹共と接して身に染みている。


「はぁ、ブラックコーヒー一つ」


 諦めた俺は、アプリで注文を投げる。


「で、なんでファミレスなんだよ」


 加恋が待ち合わせ場所として指定したのは、何の変哲もないファミリーレストラン。

 隣にはイ○ンとド○キがある言ってみれば庶民レベルMAXのエリアである。お嬢様なら、山の手のパティスリーで高級紅茶をしばくのが普通じゃないのか。


「へへ~、月に何度か美崎……わたくしの侍女に手伝ってもらい、庶民成分を摂取してストレス解消しているんです」


 ふにゃりっ、と屈託のない笑みを浮かべる加恋。

 そんな彼女は、長い金髪をお団子にしてハンチングの中に収めており、少し色の入ったアンダーリムの眼鏡をかけ、仕立ては良いものの同世代の女子が着るようなスポーティなTシャツにショートパンツというコーディネート。とても今をときめくS級お嬢様には見えない。むしろ俺のヤンキースタイルの方が目立つくらいだ。


「んん~、メロンソーダ美味しいですっ! このクソケミカルなチープさが最高ですね!」


 節々にナチュラル失礼発言が混じるものの、はしゃぐ加恋は年相応の無邪気さでとても可愛い。


「さて、本題に参りましょうか」


 山盛りパフェをパクつく加恋の相貌がきらりと光った。


「わたくしの推測では……トラくんの『ブースト条件』はかなり特殊ですね? 詳しく聞かせてくれませんか?」

「!!」


 加恋の言葉に、目を見開く。

 そう。俺のマイダンジョンは興奮度合い……ぶっちゃけどれだけエロイ気分になったかで報酬レベルが変化する。だが、その特異性を一度の探索で見抜くなんて……このお嬢様、やはりただ者ではない。


「いえいえ、人間椅……こほんっ、わたくしのケツに敷かれてトラくんが昂っているようでしたので、そこに秘密があるのではと思っただけです」


 恥ずかしそうに頬を染める加恋。


「いや、そこを言い換えるな。別の意味になるだろ」


 ことり


「……貴方の住所と家族構成は既に把握しております。正直にお話しになられた方が賢明かと。あ、こちらミルクココアです」


 加恋へのツッコミを遮り、見事なゴシックメイド衣装に身を包んだ女性が

 俺の前にミルクココアを置く。


「いや、俺が頼んだのはブラックコーヒーだし、アンタ誰だよ?」


 ギラリ


 俺の正面に立ったメイドの女性が、鋭い視線を投げる。あれ、これってもしかして……。


「さあさあトラくん、全部ゲロっちゃいましょう?」

「…………」


 いつの間にか、周囲のテーブルから人が消えている。

 メイドの女性には一部の隙も無く、この場から逃げることは出来そうにない。


「くっ」


 また彼女に嵌められてしまった……。

 観念した俺は、自身の秘密(と性癖)を加恋に披露する事になった。


 ◇ ◇ ◇


「ふう~ん、ふう~ん♪ ナルホドぉ」


 数分後、己の性癖をしゃべり終えた俺の前で、加恋がひたすらニヤニヤしている。


「トラくんはケツフェチで脚フェチなんですね。わたくしのヒップサイズご存じですか?」


 そんなの、彼女の公式サイトに載っている公開情報である。それを分かってからかっているのだ。ああそうだよ、89だよ。なんだアンタ、ケツデカすぎかよ。最高だ。

 それに、クールなお嬢様だと思ったらメスガキ属性まで備えていやがる。

 正直嫌いではないが、妹共の影がちらつくのがよろしくない。


「……加恋お嬢様? 殿方の劣情をからかうのは失礼ですよ。本能なのですし、重要なのは彼の特性です」


 本能、とまで言われてしまうと俺がエロ猿みたいじゃないか。

 加恋の隣には、先ほどのメイド女性が座っている。

 年のころは二十代後半だろうか。青みがかった黒髪を持つ、目つきの鋭い美人さん。


「名乗りが遅れ、失礼いたしました。私は加恋お嬢様の筆頭侍女、山田美崎と申します。まずは尾路田井我様、お嬢様の手助けをして頂き、まことにありがとうございます」


 筆頭侍女……なかなか聞くことのない肩書である。そして俺の本名を呼んでくれた。彼女に対する好感度を加算する。脅されているけど。


「それにしても、興奮度合いで素材報酬が向上する、ですか……聞いた事のない特性ですね」

「はい、ダンジョン研究者の伯父もそう言ってました」


 未だニヤニヤしている加恋は放っておいて、美崎さんに向き直る。彼女はダンジョンについて詳しそうだ。


「タイガ様も知っての通り、この考えなし脳みそスポンジお嬢様はいまだダンジョン生成者能力が発現せず、あさましくもお館様に虚偽の報告をして窮地に陥っています。私としては見捨てても良いのですが、先代にお世話になった身、まあフォローしてやるかといった感じなのです」

「美崎!? 言い方!!」


 言葉は辛らつだが、声色と表情は優しい。仲がいいんだろう、という事が察せられた。


「先日採取させていただいたダンジョン素材で、当面の危険は去りましたがお嬢様がダンジョン生成能力を発現させるまでは工作を続ける必要があります」


 ざっ


「今一度お願いいたします。お嬢様を助けてあげてください」


 その場から立ち上がり、見事な一礼をする美崎さん。

 事情は分かったけど、こうして外堀を埋めながら半ば脅すようなやり方……正直気に入らないんだが。ちょっとくらい抵抗してもいいだろう。露骨に眉をひそめてみる。


「……もちろんタダでとは申しません。十分な報酬をお約束しますよ」

「!?!?!?」


 そんな反発心は、美崎さんが示した報酬額の前に吹き飛んでしまう。俺のダンジョン探索二月分。高級外車が数台買えるくらいのとんでもない金額である。


「さらに、私からお嬢様の秘密をお教えします」

「……へ?」

「ギブアンドテイクですよ、お嬢様。一方的に恥ずかしいネタを披露させるというのは、フェアではありません」

「ちょっと、美崎!?」

「では、まずお嬢様の最初のオ○ニーネタから……」

「うきゃあああああああっ!?」


 そのまま、俺はお嬢様の赤裸々な秘密を聞かされたのだった。


 ◇ ◇ ◇


「ふう~ん、ふう~ん、なるほどねぇ?」

「しゅうう……」


 十分後、美崎さんに全ての性癖を開示された加恋は、テーブルの上で灰になっている。この可憐なお嬢様は、俺を上回るド変態だということが分かった。


「ということで、タイガ様。改めて契約をさせて頂けますか?」


 すっ


 美崎さんが一通の契約書をテーブルの上に置く。

 先ほど提示された報酬額と契約期間が目を惹くが、欄外の細かい文章にヤバいことが書いてないだろうか。


「……ちなみに、タイガ様の性癖告白はばっちり録音し、ワンクリックでばら撒けるようにしてありますこと、ご留意ください」

「断る余地がねぇんだけど!?!?」


 かくして、美崎さんの手管により、もうしばらく加恋のダンジョン下僕を続けることになってしまった。


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