第6話 S級お嬢様とのダンジョン探索
「ううっ、すみませんトラくん。途中から自分でも楽しくなってしまって~。級友の皆様をトラくんに近づけないための策だったのですが~」
ダンジョンフィールドに俺のダンジョンを展開し終え、ダンジョン内に足を踏み入れた俺たち。
二人きりになったせいか、加恋のお嬢様モードは終了らしい。
「いや、加恋。楽しくなったって何だよ……」
あの悪役令嬢ムーブが楽しいとはなかなかヤバい子である。
とはいえ、先ほどから俺の心臓もドキドキしっぱなしなのだが。
「えっとその。少しシチュエーションは異なるのですが、屈強なT-REXが小さな草食恐竜に倒されるシーンとかドキドキしません?」
「そ、そうだな」
力説する加恋に困惑するが、その感覚は分からなくもない。
確かに、格ゲーで屈強なキャラを使って幼女格闘家とかに負けると興奮する。
「ですよね♪」
いつの間にか声に出ていたらしく、笑顔を浮かべる加恋。
いや、なんだよこの会話……。
そんな事をしているうちに、マイダンジョンのプライマリーブロックである大部屋に到着した。
「さ、さて。今回のモンスターは」
加恋の人間椅子は想定外だったが、朝が早かったのでビデオ映写室でのウォーミングアップはしていない。
正直Eランクのモンスターが出れば御の字だろう。
ズオオオオオッ
「……はっ!?」
だが、部屋の中央に出現した格子模様を見て思わず声を上げてしまう。格子模様の色は、虹。最低Aランク以上のモンスターが出現する証である。
「う、ウソですよね!? チンピラトラくんのGランクダンジョンで虹格子が出現するなんて!」
加恋も目を真ん丸にして驚いている。
失礼だな、加恋。俺のダンジョンはFランクだぞ?
ドドドドッ
巨大な虹格子の中から現れたのは……。
グオオオオオオオオオオンッ!
10メートルを超える巨体。樹齢千年の大木より太い後ろ足に屈強な前足。
背中には巨大な羽根が生えている青い鱗を持った皆様おなじみの……。
「ド、ドラゴンっ!?」
今まで俺のマイダンジョンで出現したことのない、Aランクモンスターだった。
ギャオオオオオオンッ!
ドガアッ!
丸太のようなドラゴンの尻尾が、ダンジョンの床にひびを作る。
「加恋、下がれっ!!」
ダンジョン学園に通っているとはいえ、ダンジョン生成者能力発現前の彼女が戦えるレベルのモンスターじゃない。
「は、はいっ!」
即座に大部屋の端に下がる加恋。さすがの反応だ。
「さあて、どうしてやろうかね?」
ドラゴンが出現した時には一瞬焦ったものの、追加のエンカウントはない。
「ドラゴンのHPは、確か1500くらいだったはず」
ダンジョンアプリに表示されたステータスに表示されたHPは、1511。しかも。
「しめたっ!」
続いて表示された詳細情報に、思わず声を上げる。
弱点属性が、炎。コイツは氷属性のブルードラゴンと言うらしい。
「なら!」
俺のマイダンジョンで出現するE~Cランクモンスターを一撃で殲滅する為に身に着けた爆炎の上位魔法、グランバースト(15回ローン)。
そいつを連打すれば、普通に倒せるんじゃないか?
だっ!
俺は、ブルードラゴンに向けて走りながら術式を展開する。
滅多に使わないショートソードも抜刀しておく。
「おおおおおおおおっ!! グランバーストッ!!」
ズッドオオオオオオオオオンッ!
爆炎魔法を発動させた瞬間、巨大な爆炎がブルードラゴンを包む。
「もう一つ、うらあああああああっ!!」
ドオオオオオオオオンッ!
爆炎から逃れようとしたブルードラゴンの頭上にもう一発。
「トドメっ!」
大ダメージを受け、倒れ込んできたブルードラゴンめがけてショートソードを振りかぶる。
ザンッ!
何とかブルードラゴンの太い首を斬り落とす事に成功したものの、ショートソードは根元から折れてしまった。
「これは、あとで加恋に請求だな」
バシュウッ
じゃらららんっ
ブルードラゴンは光と共に消え去り、大量のダンジョン素材が後に残る。
「プラチナメダルに、ドラゴンファング……マジかよ」
軽く見積もっても、300万円以上のアガリ。たった一度のダンジョン探索で、である。何が影響したのかはよく分からないが、俺は大満足だった。
「う、ウソぉ」
改めてトラくんの戦いぶりを目の当たりにした加恋は、驚愕していた。
大部屋が一つに短い通路が一つ。単純極まりない構造のFランクダンジョンでドラゴンが出現したことも驚きだがトラくんの強さも驚異的である。
(魔法はともかくですね……)
彼が使ったグランバーストは、爆炎系の上位魔法とはいえダンジョンアプリのスキルショップで購入する事が出来る。
つまり、マイダンジョンがFランクのトラくんでもお金を払えば使えるのだが。
(剣技の威力も、一流!)
グランバーストで大きなダメージを与えていたとはいえ、安物(綾瀬川ウエポンズ製、メーカー希望小売価格32,000円)のショートソードでドラゴンの首を斬り落とすだなんて。
(ど、どういうことなのでしょう)
加恋は自身のダンジョンアプリを起動すると、こっそりハッキング機能(彼女の侍女である美崎作成)を有効にする。
「ぶうっ!?」
そこに表示されたトラくんのステータスを見て、思わず咳き込んでしまった。
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氏名:尾路 田井我
年齢:21歳
ダンジョンランク:F
エディットブロック:2
HP:910/1200
MP:0/280
攻撃力:320
……
ダンジョン展開回数:2,932
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ダンジョンランクFとは思えない能力値だけではなく、加恋を驚かせたのは3000近いダンジョン展開回数である。
(トラくんが能力を発現させたのは、19歳って言ってましたよね……えぇ!?)
誕生日に発現したと仮定しても2年と少し。
毎日3~4回ダンジョンに潜っている事になる。
(いやいやいやいや、ありえませんっ!)
ダンジョン生成能力が発現したら、まずはダンジョンランクを上げることに腐心する。ダンジョンランクが上がるほど、獲得できるダンジョン素材やステータスアップに使う能力ポイントが上昇するから当然である。
ダンジョンランクの上昇には、生成ダンジョンの拡張素材であるエディットブロックの数と形が重要になる。限られたサイズのダンジョンフィールドにどれだけ沢山のエディットブロックを組み込むか……売りに出されているエディットブロックを購入したり、ドロップを狙って上位ランクのダンジョン生成者にパーティメンバーとして参加したり。はたまたダンジョンコンサルタントにお世話になったり。
(下積み期間が数年続くのが普通です)
金持ちの家に生まれたダンジョン生成者は金にモノを言わせてエディットブロックを買いあさり、テ○リスのごとく複雑なマイダンジョンを組み立てたりする。
(まあ、いきなりダンジョンランクを上げすぎるとクリアできなくなるのでやりすぎは禁物ですけど)
ある程度ダンジョンランクを上げたら、パーティメンバーを募り1日~数日掛けてダンジョンをクリアし、素材を回収すると言うのが一般的なダンジョン生成者のスタイルである。
だが、このトラくんは。
ダンジョンランクを上げないまま、とんでもない回数ダンジョンに潜っている。
1回の報酬はしょぼくとも、試行回数でカバーしているのだろうか?
(興味深い……とても興味深いですっ!)
綾瀬川グループの人間として、がぜん興味が湧いてきた。
それに、それだけではなく。そんな彼を……。
(組み敷き踏みつけたら…………どういう声で鳴くのでしょうか?)
ぞくり
彼を人間椅子にしたときの愉悦を思い出し、全身を震わせる加恋。
「ふへへ」
実利と趣味の両面から、トラくんへの興味が増大していく。
「おーい、加恋、どうした?」
そんな彼女を、いぶかしげに見つめるトラくんなのだった。