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第5話 俺、お嬢様の椅子になる

「さすがです、加恋さま!」

「専門のダンジョン下僕を雇われるなんて、素晴らしい発想です!」


「ふふ、褒めても何も出ませんよ。今年の内になるべくわたくし自身のレベルとダンジョンランクを上げたいので。その為には、ハードな鍛錬が必要となります」


 太鼓持ち女子ズと会話しながら校門をくぐり、学園の中庭を歩く加恋。広い中庭の中央には大理石(多分)で出来た噴水があり、その周囲には上品な東屋が複数建っている。


 綺麗に整えられた花壇には、コスモスやサルビア(多分)が可憐な花を咲かせている。無意味に金箔加工がされた謎の成金オブジェが並ぶ俺の学園とは違い、とても落ち着いたセレブリティな雰囲気だ。


「自分も適性が発現しましたので、言って頂ければいつでもお相手しますのに……」


「ふふ、我ながらわたくしの適正は強すぎて未だコントロールは不十分……級友の皆様にケガをさせるわけにはいかないでしょう? ですからこのようなダンジョン下僕が必要なのです」


「か、加恋さま! 大事な級友だなんて!」


 感激の面持ちで、涙を流す太鼓持ちA。


(いや、ダンジョン下僕って何だよ)


 誰も加恋が下僕を雇ったことにツッコまない、コントみたいな会話である。とりあえず俺も加恋の一歩後ろを歩く。妙な緊張感にトイレに行きたくなるが、今は無理だ。それにしても、いいケツだな。


「……(ちらり)」


 加恋の後ろ姿を堪能しつつ周囲をこっそり見まわしていると、生ゴミを見るような加恋の視線が俺を射抜く。アナタはわたくしの下僕なのですよ? 落ち着きなさいという事か……ふぅ、たまらん。出来れば踏んで……。


 って、アレ? なんだこれ?


 どんっ


 身体の奥底から湧き上がる謎の感情に戸惑っていると、ワザとらしく肩にぶつかって来た男子生徒が俺を追い抜く。高身長だが線の細い優男だ。毛ほどのダメージもない。むしろ向こうが反動でふらついている。微笑ましいヤツである。


「な、なるほど! ボクのデータによると、こいつは潰れかけの底辺校所属の下級ダンジョン生成者。使いべりしないサンドバックとして、君のランクアップの為には有用だと。さすが加恋さんだ、感激したっ!」


 ソイツは加恋に走りよると見え透いたおべっかを捲し立てる。先ほどの女子生徒より高そうな通学かばんを持っている。加恋の太鼓もちレベル2ということろか。


 んなことより、私立兎島ダンジョンリゾート学園には俺の可愛い妹たちも通っている。底辺校と言われては腹が……。


(あ、やっぱ底辺だったわ)


 脳みその代わりにパウンドケーキが詰まっていそうなメスガキ妹共の姿を思い出し、考えを改める。


「それは一面的な見方ですね、酉巻。この潰れたトマトみたいな髪色をしている二号線ヤンキーくんには、もっと高尚な使い道があるのです」


 ふぁさり、と美しい金髪をかき上げる加恋。


「お、おおおおっ⁉」


 このモヤシ男は酉巻という名前らしい。やっぱりコントだ。それにしても加恋の言葉の切れ味よ……その失礼語彙の豊富さに、ちょっとだけ感心する。


「それでは、わたくしは一時限前にダンジョンに潜りますので」


 ここから先は、ダンジョンフィールドが設置されたグラウンドだ。取り巻きたちに優雅に一礼すると、ずんずんフィールドエリアを奥に向けて歩いていく加恋。

 加恋によれば、綾瀬川ダンジョン学園には十を超えるダンジョンフィールドがあり、彼女が目指すのは最奥に設置された標準サイズのフィールド。

 学園の校舎から一番遠いというのが選ばれた理由だ。


「……あら」


 目当てのダンジョンフィールドに近づいたところで、足を止める加恋。

 ダンジョンフィールドの入り口には電光掲示板が設置されており、フィールドの利用者、整備状況などが表示されている。


【現在フィールドの整備作業中。完了まで5分ほどお待ちください】


 無駄に高画質な電光掲示板には、箒のアイコンと共にそんな文字が踊っていた。


「……始業前に使うと、昨日連絡しましたのに」


 メッセージを読んだ加恋は、眉をひそめる。いつの間にかゴージャスな扇子(悪役令嬢が使いそうな金箔と白いファーがあしらわれたアレ)を取り出し、柔らかそうな頬に当てている。


「仕方ありませんね、トラ?」


 次の瞬間、右手に持った扇子で俺をびしりと指す加恋。


「この綾瀬川加恋エルフィードが命じます! わたくしの、椅子になりなさい!」

「!?!?!?!?」


 傲慢極まりない命令だが、細められた青い双眸に見すくめられた俺の背筋がぴしりと伸びる。


(お、うおおおおおおっ!?)


 謎の高揚感が全身を巡り、無意識のうちに俺はその場で四つん這いになっていた。


「ふふっ、良い心掛けです」


 ふわり


 ゆっくりと俺の背中に腰を下ろす加恋。彼女のぬくもりが、俺の背中を支配する。彼女の体重は思ったよりも軽く、上に乗られていても全く苦ではない。不思議な香水と、彼女自身の体臭だろうか、どこか甘い香りが鼻腔をくすぐる。


(こ、これはっ!?)


 紳士向け動画を見たときとは、異なる高ぶりが俺の脳髄を冒す。性的興奮とも違う、より深みのある高揚感。


(み、見えるっ)


 風にあおられ、コンクリート製の地面を転がる砂の動きまでがはっきりと知覚できる。それと同時に、俺の背中を覆う加恋のスカートの繊維の重なり具合まで。

 明らかに俺の感覚が拡張されているっ!?


 おおおっ……


 声にならないどよめきが、校舎の方から聞こえた気がした。


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