第4話 綾瀬川ダンジョン学園
ざわざわざわ……
大勢の制服姿の男女が、遠巻きに俺を囲む。
翌日朝、俺は神戸空港沖の人工島にある綾瀬川ダンジョン学園の校門前にいた。
(ちっ)
どいつもこいつも、揃いも揃って染み一つない制服に、俺でも高いと分かるブランド物の通学バッグを持っている。ちなみに、俺が所有する兎島ダンジョンリゾート学園は制服でも私服でも自由だ。一応加恋の学園にお邪魔するので、高校時代に着ていたブレザー制服を引っ張り出してきたのだが、身体が大きくなった影響かジャケットの前が閉まらない。ネクタイなんてする気にならないので結果的に制服を大きく着崩したヤンキースタイルになっていた。
「な、なんでこんなところに他校の生徒が?」「ふ、不良ですわ! 守衛を呼ばないと」「いやでも、加恋さまのサインの入った入校章を持っているぞ!」「お嬢様、近づいてはなりません。あの風体……触れるだけで妊娠しますわよ」
(うーむ)
私立綾瀬川ダンジョン学園は、世界でも有数のダンジョン関連企業である綾瀬川グループが運営するダンジョン関連学園。学費はビックリするほど高く、生徒も一部を除きほとんどが良家の子女だという。
当然のごとく、俺は浮きまくりなわけで。
「ん? 来たか」
周囲がにわかに色めき立ち、俺は背中を預けていた無駄に豪華な石造りの校門から離れる。
(両親へのウソの尻ぬぐい……ねぇ)
なんでこんなことになったのか。俺は昨夜の出来事を思い出していた。
◇ ◇ ◇
「まあまあ、お互い言い分があるだろうから、ひとまず話し合おう」
とんでもない脅しを掛けられた俺は、彼女と交渉を試みることにした。
「あ、はい。わたくしもいきなり不躾なことを言ってしまい申し訳ありません。内容にウソ偽りはありませんが」
本気なのかよ……アンタのダンジョン侵入は違法行為なんだぞ?
とは思うものの、よく考えれば彼女は上級国民である。本気を出せば俺みたいなチンピラヤンキーを破滅させるのはたやすいだろう。
俺は彼女の機嫌を取るべく、ザックから折り畳み椅子を取り出し、スポーツドリンクとお菓子を手渡す。
「ん~、なんか座りにくい椅子ですね。安物?」
先ほどとは異なり物腰は穏やかなのだが、発言が少々失礼な加恋。悪気は(多分)なさそうだし、これが彼女の素なのかもしれない。
「わたくしが将来を嘱望される綾瀬川家の跡取りであることはご存じだと思うのですが」
黒タイツで覆われた両脚をぴったりと揃え、俯く加恋。
「わたくし、実はまだダンジョン生成者の能力が発現していないのです」
傷一つないコインローファーが、ダンジョン内の照明魔法を反射してきらりと光る。うん、いい脚だ。やはり(自主規制)
「加恋、さんは確か16歳だろ? 特に遅くはないと思うが……」
クラウドに保存したコラ画像を思い出しながら、口は常識的な言葉を紡ぎ出す。俺の得意技である。
「綾瀬川家の人間として、なるべく早く発現したいのです」
ちなみに、ダンジョン生成者の能力発現の平均は17歳。俺の発現は平均より遅く19歳の時。
彼女の年齢なら、別に遅くはないとはいえ、綾瀬川グループの跡取りとして何か事情があるのだろうか。深刻な彼女の表情に、話を聞いてみようという気になる。
「実は能力が発現したと両親にウソをついてしまいまして。ダンジョン素材を回収する為にトラくんのダンジョンを貸してくれませんか」
「…………」
思ったよりしょうもない事情に、頭痛を覚える。正直依頼を断って帰りたかったのだが。
ちらり
「ふふ」
これ見よがしに、スマホの写真を見せてくる加恋。そこには俺がダンジョンの壁にもたれて座り込み、アレな表情で加恋のコラ画像を物色するシーンが映っていた。くそ、いつの間に。
「……しかたない、一度だけなら」
観念した俺は、不承不承頷く。
「だけど、報酬はくれよ?」
ダンジョン生成者として仕事をするのだから、タダ働きは嫌だ。念のためそう申し出る。
「もちろんです♪ それでは早速、明日の朝八時に綾瀬川ダンジョン学園の校門前にお越しください!」
にこりと笑った彼女の笑顔は、あまりに可憐だった。
◇ ◇ ◇
「ま、やることやりますか」
地面に置いていたザックを背負いなおす。
彼女の依頼は、両親へのウソをごまかすため俺のダンジョンで素材を取らせてほしいというもの。正直、両親にちゃんと事情を説明すべきじゃないかと思ったし、今回誤魔化してもすぐにバレるだろうと思ってはいるが。
「報酬も美味いしな」
二百万近いお礼金は、依頼のアレさを補って余りあるものだっだ。さすが上級お嬢様である。
「って、えぇ?」
ギイイッ
そんな事を考えていた俺の前に、轟音を立てて某トムが乗っていそうな大型バイク型のセ○ウェイが停まる。
「皆様、おはよう」
初夏のそよ風に金髪をなびかせながら、地面に降り立つ加恋。そそくさと使用人らしき男性がお嬢様に似つかわしくない大型電動バイクを駐輪場に運んでいく。
「「加恋お嬢様、おはようございます! 今日もお綺麗です!」」
数名の女子生徒が、加恋の元に走り寄る。
加恋の取り巻きだろうか。そういえば何度か街中で見かけたことがある。
「ふふ、当然ですわ」
「加恋さま! 今朝は加恋さまから勧められた香水を使いました。いかがでしょう?」
「あら、貴方なりに奮発したのね。庶民レベルが5ほど下がったように感じるわ」
「か、加恋さまっ!」
いやいや、庶民レベルってなかなかの暴言である。それなのに、感激の面持ちを浮かべる女子生徒たち。さきほどの大型バイクと言い、誰か突っ込まないのか。これが上級の世界か。
ツッコミ不在の異様な空間に、思わず背中に汗をかく。
「ん、んんっ!」
咳ばらいを一つ、何とかメンタルを立て直す。加恋いわく、今の彼女はお嬢様モードだという。何のことかよく分からないがここは大人しくしておいた方が良いだろう。
「…………」
かつんっ!
加恋は取り巻き達に挨拶を返すと、足音高く俺の前に立つ。腕を組み、僅かに顎を上げた高慢お嬢様ポーズ。目力の強い碧眼に射抜かれると、背筋がゾクゾクする。やはりリアルの加恋はイイ……コラ画像なんて目じゃないぜ。
「皆様に紹介しますわ」
桜色の唇が開かれ、涼やかな声が俺の耳を打つ。
「この綾瀬川 加恋エルフィード。本日より彼、オミチ・トラを……」
いや、俺の名前は「たいが」なんだが。相変わらず本名で呼ばれない俺である。
「ダンジョン下僕として雇ったこと、ここに宣言いたします‼」
「…………はあ?」
そして、続けて彼女が口にしたのはとんでもないセリフだった。