第3話 不法侵入お嬢様の話を聞いてみよう
――― 時刻を戻し、私立兎島ダンジョンリゾート学園の生成ダンジョン内
「あ~、なんつーか」
ガシガシと軽く頭を掻く。
モンスターかと思ったら、そこにいたのは今をときめくS級お嬢様。どうやってここに入ったんだとか、綾瀬川ダンジョン学園の制服可愛いな幾らするんだろうとか色々思う所はあったが。
(うーむ)
つい先ほどまでオカズ(しかも違法コラ画像で)にしようとしていた子が目の前にいるというのは、どうにもバツが悪い。
「……わたくしの顔に何かついてますか。トラくん」
憮然とした表情で俺を睨む加恋。
「あ、あのな」
トラ、とは俺の渾名で親しい友人は俺のことをそう呼ぶ。友人どころか親や妹たちまでそうなので、本名で呼んでくれるのは行きつけの居酒屋のマスターくらいだ。何でアンタが俺の渾名を知っているんだ、など聞きたいことは沢山あったが、まずは。
「他人のダンジョンに勝手に入るのは、ダンジョン基本法違反な事は知ってるよな」
「……つっ⁉」
渋い顔をして、俺から視線を逸らす加恋お嬢様。ひとまず精神的賢者モードに突入した俺は、年上のお兄さんとして常識論から攻めることにした。
「どうやって入ったのか知らんけどさ、ダンジョンは生成した人間が自由に展開と格納を行える。アンタが侵入したことを知らずに俺がこのダンジョンを『閉じ』たら、良くて生き埋め、ヘタをしたら一瞬でぺしゃんこだぞ?」
「うっ」
そう。俺たちダンジョン生成者はダンジョンフィールドに対してのみダンジョン展開が許可される。探索が終われば後の利用者の為に『格納』することが義務付けられている。まあ、この学園のダンジョンフィールドは俺しか使わないが。ともかく、ダンジョンを格納すると、ダンジョンフィールドは元の状態に戻るため、勝手に他人のダンジョンに侵入する事がどれだけ危険な行為か分かってもらえるだろう。
世の中には他人のダンジョンで素材を『盗掘』するため侵入する不届き者もいるにはいるが……。
「アンタはそんな事をする必要ないだろ?」
いまだ不満げに腕を組んだまま、俺から視線を逸らす加恋。人のダンジョンに不法侵入したくせに、なかなかの態度だ。そういえば、何人もの取り巻きを引き連れ、肩で風を切って歩いているのを市内で何度か見たことがある。
高級デパートで買い物をし、荷物を取り巻きに持たせ迎えの高級外車に乗って去っていく……アレがガチの上級ムーブか、と感心したことを覚えている。
「俺としては、アンタを通報してもいいんだけど?」
ちょっとくらい喋ったらどうなんだ? 少しイラついた俺は、スマホを取り出し通報するふりをしたのだが、加恋お嬢様は微動だにしなかった。
◇ ◇ ◇
(うう~、どうしましょう……!)
綾瀬川加恋エルフィードはひたすら混乱していた。
最初はトラくんがダンジョン探索を終えるタイミングを狙ってダンジョンに入り、普通に協力を依頼するつもりだった。
とはいえ、加恋が一方的に(街中で見かけて)知っているだけの関係。どうやって切り出したらいいか。
素モードの加恋で行くべきか、お嬢様モードで行くべきか。悩みながら彼のダンジョンに忍び込んだ加恋が目にしたのは驚くべき光景だった。
(トラくんってめっちゃ強いのですね)
巨大な部屋で、上位魔法を連打してモンスターを殲滅……凝ったダンジョンを生成して効率的に上位モンスターを出現させ、ある程度時間をかけてクリアする。ダンジョン業界のトレンドからかけ離れた探索スタイルにも驚いたのだが。
(そ、それだけじゃなく、まさかトラくんがわたくしの写真で……!)
紳士的行為(意味深)をするなんて!
最Loveは可憐なお嬢様と屈強な執事との倒錯物語なのだが、もちろんBL方面も嗜む加恋である。男性が煩悩の発散の為にあれやこれやすることは知っていた。
少女たちが嗜む業界とは別の、ピンクな世界があることも。
(ふおおっ!)
お忍びで出かけた街中の繁華街で見かけた、髪を赤く染めた厳ついヤンキー。
正直、加恋が理想とする屈強な執事とはベクトルが違うのだけれど、現実で倒錯したい!と感じてしまった男性。美崎に命じてすでに住所も突き止めており、今回の件を通してお知り合いになりたいと密かに思っていた。
(なんという事でしょうっ!?)
そんな彼が、自分の写真をネタにダンジョンの片隅で一人慰め行為にふけっているなんて。
ぶるり
謎の衝動が加恋の全身を駆け巡る。抑圧された欲望が斜めに振り切れた加恋はぶっ飛んだ求道者(変態)だった。
(って、まってまってまって!)
その時、天啓ともいえるアイディアが脳裏にひらめく。
(……これをネタに脅すことで、言う事を聞いてもらえるのでは?)
過酷なお嬢様業界(?)を生き抜いてきた加恋は、それなりにゲスな女だった。
「ふうっ」
彼女は大きく息を吐くと、トラくんに向き直った。
◇ ◇ ◇
「おっ」
俺の言葉にこれと言った反応を示さない加恋に、いい加減しびれを切らしていたその時。加恋が突然こちらを向いた。
キッ
同時に、鋭い視線が俺を射抜く。
「!!」
加恋はかなり長身だ。もちろん俺のほうが背が高いのだが、深みのあるサファイアのような目で射竦められると、まるで遥か上方から見下ろされるような錯覚に陥る。
ぞくり
背中を寒気が掛けのぼり、謎の感覚が全身を覆う。
「では」
桜色の唇が開かれ、そこから打ち出されたのは……。
「わたくしの違法コラ画像で自慰行為に及ぶなど、許しがたい蛮行です! この事をSNSにばら撒かれたくなければ、わたくしの依頼を受けて頂きますよ?」
「!?!?!?」
お嬢様とは思えない、特大の脅し文句だった。