第2回:社会という迷宮の攻略
第三章:アルム編 - カリスマ性の誤用
・保険会社「ライフプラン王都」- 入社初日
ハローワークでの絶望的な再会から1週間後、アルムは奇跡的に保険会社「ライフプラン王都」の営業職に採用された。面接では異世界の話は一切せず、「海外でのリーダーシップ経験」として包み隠した結果だった。
「新人の皆さん、ようこそライフプラン王都へ!」
研修室で、営業部長の田島が威勢良く挨拶した。40代後半の田島は、いかにもやり手の営業マンといった風貌で、金のネクタイピンを光らせながら話していた。
「保険営業は『人の人生を守る』素晴らしい仕事です。ただし、甘い世界ではありません。月のノルマは新契約10件。達成できなければ、給与は最低保証の18万円のみです」
アルムの隣に座っていた新人の佐々木が、青ざめた顔で資料を見つめていた。基本給は18万円で、契約を取れば歩合が加算される仕組みだった。10件のノルマを達成すれば約35万円、20件なら50万円以上の収入が見込める。
「まずは皆さんの親族、友人、知人から始めてください。『身内から契約を取る』これが営業の基本中の基本です」
アルムは戸惑った。異世界から帰還して以来、友人との連絡は途絶えている。家族との関係も冷え切っていた。「契約を取る相手」など、存在しなかった。
研修期間は2週間。保険商品の説明、契約の取り方、クロージングの技術など、アルムにとっては全く未知の世界だった。しかし、彼には一つだけ武器があった。それは、勇者として培った「カリスマ性」だった。
「アルム君、君は話し方に人を引きつける何かがあるね」
研修講師の佐藤が、アルムにそう声をかけた。確かに、アルムが話すと場の空気が変わった。勇者として多くの人々を鼓舞してきた経験が、自然と話術に現れていた。
・営業活動開始 - 1ヶ月目
研修を終えたアルムは、意気揚々と営業活動を始めた。最初のターゲットは、コンビニで知り合った常連客の中山さん、60歳の定年退職者だった。
「中山さん、お疲れ様です。実は今日は、とても良いお話があってお伺いしました」
アルムは、中山さんの自宅を訪問した。勇者時代の堂々とした振る舞いが、営業マンとしての第一印象を格段に良くしていた。
「保険ですか…実は、もう十分加入してるんですよ」
「そうですか。でも、中山さんのような立派な方でしたら、きっとご家族のことを第一に考えていらっしゃいますよね」
アルムの言葉には、勇者として培った「人の心を動かす力」が込められていた。しかし、それは純粋な善意から生まれたもので、営利目的で使うには不適切なものだった。
「確かに、家族のことは心配ですが…」
「この保険に加入すれば、万が一の時でもご家族に3000万円の保障をお渡しできます。中山さんの愛情を、確実な形で残すことができるんです」
中山さんは心を動かされ、その場で契約書にサインした。月額保険料は3万5千円。定年退職で収入が減った中山さんにとって、決して安い金額ではなかった。
「ありがとうございます!中山さんのご家族への愛情を、必ずお守りします!」
アルムは心から感謝を込めて頭を下げた。しかし、会社に戻ると、田島部長の反応は彼の期待とは全く違っていた。
「アルム、よくやった!中山って客はいいカモだったな。定年退職者は退職金があるから、高額商品でも契約してくれる」
「カモ…ですか?」
「そうそう。保険営業は、いかに『カモ』を見つけるかが勝負なんだ。アルム、君にはその才能がある」
アルムは困惑した。自分は中山さんの家族への愛情に共感し、それを守りたいと思って契約を勧めたのに、会社では「カモを騙した」という扱いを受けている。
・2ヶ月目 - 現実との衝突
アルムの営業成績は順調だった。持ち前のカリスマ性で、月に8件から10件の契約を取り続けていた。しかし、次第に彼の心には疑問が芽生え始めた。
「次はこの地域を攻めよう。高齢者が多い住宅街だ」
田島部長が地図を指差しながら言った。
「高齢者の方々をターゲットにするのは…」
「何を言ってるんだ。高齢者は一番契約してくれる層だぞ。不安を煽れば、簡単に契約する」
「不安を煽る?」
「そうだ。『もしもの時のために』『家族のために』『老後の不安』…これらのキーワードを使えば、大抵の高齢者は契約してくれる」
アルムは愕然とした。自分が行っていたのは「営業」ではなく、「詐欺まがいの行為」だったのかもしれない。
その日の午後、アルムは新しいターゲットである高橋さん(75歳、年金生活者)の家を訪問した。
「高橋さん、老後の医療費について、ご心配はありませんか?」
「そりゃあ、心配ですよ。年金だけじゃ、病気になったら大変で…」
「そうですよね。でも、この医療保険に加入すれば、どんな病気になっても安心です」
アルムは商品説明を始めた。しかし、説明を進めるうちに、彼は重大な事実に気づいた。この保険は75歳の高齢者には全く適さない商品だった。保険料は月額4万円で、高橋さんの年金収入の半分近くを占める。しかも、既往症の制限が厳しく、実際に病気になっても保険金が支払われない可能性が高い。
「月額4万円…それは、ちょっと厳しいかもしれません」
「大丈夫です。高橋さんの健康はお金には代えられませんから」
アルムは言いかけて、口をつぐんだ。勇者としての正義感が、彼の営業トークを止めていた。
「すみません、高橋さん。実は、この保険は高橋さんには適さないかもしれません」
「え?」
「高橋さんの年齢と収入を考えると、もっと別の選択肢の方が良いと思います」
アルムは、会社の商品ではなく、高橋さんに本当に適した保障について説明し始めた。結果として、契約は取れなかった。
・会社での衝突
「アルム!何をやってるんだ!」
田島部長が怒鳴り声を上げた。
「せっかく契約寸前だった客を、なんで逃がすんだ!」
「でも、あの保険は高橋さんには不適切で…」
「不適切?馬鹿なことを言うな!客が何を必要としているかなんて、客自身にも分からないんだ。我々プロが判断して、売り込むのが営業だ!」
「しかし、明らかに経済的負担が大きすぎます」
「それは客の問題だ!我々の仕事は保険を売ることで、客の家計を心配することじゃない!」
アルムと田島部長の価値観は、根本的に相いれなかった。勇者として「人々を守る」ことを信念としてきたアルムにとって、「人々を騙してでも利益を上げる」という営業手法は受け入れられなかった。
・3ヶ月目 - 同僚との軋轢
アルムの「顧客ファースト」の営業スタイルは、同僚たちとの関係も悪化させていた。
「アルム、君のせいで俺たちの営業がやりにくくなってるんだよ」
同期入社の山内が、昼休みにアルムに文句を言った。
「どういうですか?」
「君が客に正直に話すもんだから、他の営業マンが嘘を言ってるみたいに見えるだろう。客が疑心暗鬼になって、契約してくれなくなった」
「でも、正直に話すのは当然では…」
「当然?営業の世界に『正直』なんて言葉はないんだよ。客から金を取るのが仕事なんだから」
アルムは孤立していった。勇者時代には、正義感は最大の武器だった。しかし、営業の世界では、それは「チームワークを乱す要因」でしかなかった。
・ブラック企業の実態
4ヶ月目に入ると、アルムは会社の真の姿を知ることになった。
「今月ノルマを達成できなかった人は、残業して電話営業をしてもらいます」
田島部長の指示で、ノルマ未達成者は毎日深夜まで会社に残り、高齢者宅に電話をかけ続けることになった。
「こんばんは、保険のご案内でお電話しました」
夜9時、10時に高齢者の家に営業電話をかける。多くの高齢者は迷惑そうな声で電話を切る。中には、騙されて不要な保険に加入してしまう人もいた。
「こんなのは営業じゃない…」
アルムは呟いた。
「何か文句があるのか?」
田島部長が冷たい視線を向けた。
「これは…お客様のためになっているとは思えません」
「客のため?客のためを思うなら、しっかりと保険に加入してもらうことだ。それが客の将来のためになるんだ」
「でも、本当に必要のない保険まで売るのは…」
「必要かどうかは我々が決めることじゃない。客が契約したということは、客が必要だと判断したということだ」
アルムは、田島部長の論理に反論することができなかった。しかし、心の奥底では「これは間違っている」という確信があった。
・転職活動の地獄
5ヶ月目、アルムは保険会社を退職する決意を固めた。しかし、転職活動は想像以上に困難だった。
「前職の退職理由は何ですか?」
面接官の質問に、アルムは答えに詰まった。「営業手法に疑問を感じたため」と正直に答えれば、「協調性がない」と判断される。かといって、嘘をつくのも勇者としての信念に反していた。
「社風が合わなかったため、です」
「具体的にはどのような点で?」
「えっと…」
アルムの面接は、連続で失敗に終わった。保険営業の経験はあるものの、わずか5ヶ月での退職歴は「忍耐力不足」として評価された。
「魔王討伐の経験があります」
ついに我慢の限界に達したアルムは、ある面接でそう口にした。
「は?」
面接官は困惑した表情を見せた。
「異世界で魔王と戦い、世界を救った経験があります。困難な状況でのリーダーシップ、チームワーク、問題解決能力…」
「ちょっと待ってください。異世界とは何ですか?」
「説明が難しいのですが…」
面接官は、アルムの精神状態を疑う表情を見せた。
「申し訳ございませんが、今回は見送らせていただきます」
30社、40社と不採用が続いた。アルムの心は完全に折れかけていた。
第四章:エルフィ編 - 知識の呪縛
・市立図書館 - 午後2時
賢者エルフィは、市立図書館の一角で分厚いプログラミング書籍と格闘していた。『JavaScript入門』『Python基礎講座』『データベース設計』…机の上には、IT関連の書籍が山積みされている。
「また分からない…」
エルフィは、画面に表示されたエラーメッセージを見つめながらため息をついた。
```javascript
function sumArray(arr) {
let sum = 0;
for(let i = 0; i < arr.length; i++) {
sum += arr[i];
}
return sum;
}
```
この簡単な配列の合計を求める関数ですら、エルフィには理解が困難だった。魔法では「数の精霊よ、この数値たちを一つに束ねよ」と唱えれば計算は完了する。しかし、プログラミングでは、一つ一つの処理を論理的に記述する必要があった。
異世界では、エルフィは「千年に一人の天才魔法使い」と呼ばれていた。火の魔法から始まり、水、風、土の四大元素魔法をマスターし、さらには光魔法、闇魔法、時空魔法まで操ることができた。魔法学院での成績は常にトップで、教授たちからは「魔法理論の革新者」として期待されていた。
しかし、現代日本では、その知識は全く役に立たない。
「魔法の理論とプログラミングの理論は、根本的に違うんです」
図書館の司書である百田さんが、エルフィに声をかけた。百田さんは元SEで、退職後に司書として働いている。
「魔法は感情と精神力が重要ですが、プログラミングは論理と正確性が全てです」
「でも、どちらも『法則』に従って動くものですよね?」
「確かにそうですが、その法則の性質が全く違います。魔法は『願い』を形にするものですが、プログラミングは『手順』を形にするものです」
エルフィは混乱していた。異世界では、彼女の直感的な理解力が全ての問題を解決してくれた。しかし、プログラミングの世界では、直感は通用しない。
・資格試験の地獄
エルフィの部屋には、様々な資格試験の結果通知書が積まれていた。
- 簿記2級:不合格(58点/70点)
- TOEIC:475点(目標600点)
- 宅建:不合格(32点/50点)
- FP2級:不合格(45点/60点)
- 基本情報技術者:不合格(午前試験で足切り)
「なぜ受からないの…」
エルフィは、FP2級の問題集を見つめながら呟いた。
【問題】江尻さん(30歳)が、毎月3万円を年利3%で複利運用した場合、30年後の資産額は?
この問題を見て、エルフィは魔法で計算しようとした。
「金貨よ、時の流れと共に増えよ。利の精霊よ、我が計算を助けよ」
しかし、魔法は発動しない。当然だが、現代日本には魔法は存在しない。
電卓を使って計算を始めたが、複利計算の仕組みが理解できない。異世界では、お金は冒険で得る戦利品であり、「投資」や「運用」という概念は存在しなかった。
「お姉ちゃん、また勉強してるの?」
妹の美咲が部屋に入ってきた。美咲は大手商社で働く28歳で、昨年結婚したばかりだった。
「FPの勉強…でも全然分からない」
「FP?お金の勉強ね。私、会社でFP1級持ってる人に教わったことあるよ」
美咲は、エルフィの問題集を見た。
「これ簡単よ。3万円×12ヶ月×30年で、元本が1080万円。それが年利3%で複利運用されるから…」
美咲は、スマートフォンの計算アプリを使って、あっという間に答えを出した。
「約1746万円になるわね」
「どうやって計算したの?」
「複利計算の公式よ。FV = PV × (1 + r)^n でしょ?」
エルフィには、美咲の説明が呪文のように聞こえた。
「お姉ちゃん、26歳でしょ?そろそろ就職しないと、本当にヤバイよ?」
美咲の言葉が、エルフィの心に突き刺さった。
・プログラミングスクールでの挫折
エルフィは、50万円を借金してプログラミングスクールに通うことにした。
「Webエンジニアコース、6ヶ月で即戦力を目指します!」
スクールの説明会で、講師の中井さんが熱弁を振るっていた。
「未経験からでも大丈夫。しっかりとしたカリキュラムで、必ずスキルが身につきます」
エルフィは希望を抱いた。しかし、スクールが始まると、現実は甘くなかった。
「今日はHTMLとCSSの基礎を学びます」
```html
<!DOCTYPE html>
<html>
<head>
<title>Hello World</title>
</head>
<body>
<h1>こんにちは世界</h1>
</body>
</html>
```
この簡単なHTMLコードですら、エルフィには理解が困難だった。
「なぜ<html>で始まって</html>で終わるの?」
「それがHTMLの文法です。決まりなので覚えてください」
「でも、なぜその決まりができたの?」
「えっと…仕様がそうなっているから…」
エルフィは、全ての「なぜ」を理解したがる性格だった。魔法では、全ての現象に理論的な説明があった。しかし、プログラミングの世界には「そういうものだから覚えろ」という暗記項目が多すぎた。
・クラスメートとの格差
プログラミングスクールには、様々な背景を持つ人々が通っていた。
「僕は大学でコンピューターサイエンスを専攻していたので、基礎は理解しています」
隣に座っていた清水君(24歳)は、理系大学卒業後に一般企業に就職したが、やはりプログラマーを目指してスクールに通っていた。
「私は文系だけど、独学で少し勉強してきました」
井口さん(30歳)は、前職で事務をしていたが、将来性を考えてプログラミングを学び始めた。
エルフィだけが、完全に浮いていた。他の受講生が順調に課題をこなしている間、彼女だけがHTMLの基本構造で躓いていた。
「エルフィさん、少し個別にお話ししませんか?」
講師の中井さんが、エルフィを別室に呼んだ。
「正直に申し上げますが、エルフィさんのペースでは、6ヶ月で就職レベルに達するのは困難かもしれません」
「そんな…」
「特に、論理的思考力の部分で苦戦されているようです。もう少し基礎から時間をかけて学ぶことをお勧めします」
エルフィの心は折れた。50万円の借金をして通っているスクールで、「向いていない」と言われたのだ。
・学歴コンプレックス
プログラミングスクールを中退したエルフィは、次に大学受験を考え始めた。
「26歳で大学受験…」
エルフィは、大学受験の参考書を見つめていた。異世界では魔法学院を首席で卒業したが、現代日本では「認可外教育機関卒業」として扱われる。つまり、学歴は「高校卒業」でしかなかった。
「情報系の大学に入れば、プログラミングも体系的に学べるかも」
しかし、大学受験の現実は厳しかった。
「数学I・A、数学II・B、数学III」
数学の参考書を開いたエルフィは、愕然とした。異世界の魔法数学とは全く異なる概念が並んでいる。
【問題】lim(x→0) sin(x)/x の値を求めよ。
「sin(x)って何?」
エルフィは、高校数学の基礎から学び直す必要があった。26歳から高校数学を学び直し、大学受験をして、4年間大学に通う。それを考えると、プログラマーとして就職できるのは30歳を過ぎてからになる。
「それまで、どうやって生活すれば…」
・奨学金制度の複雑さ
大学進学を考えたエルフィは、奨学金制度について調べ始めた。
「日本学生支援機構奨学金、給付型と貸与型があります」
市役所の窓口で、職員が説明してくれた。
「給付型は家計基準が厳しく、26歳の方では該当しない可能性が高いです」
「では、貸与型は?」
「第一種(無利子)と第二種(有利子)があります。ただし、年齢制限や学力基準があります」
職員が取り出した書類は、非常に複雑だった。
- 家計基準:世帯年収の上限
- 学力基準:高校の成績平均値
- 年齢制限:原則として高校卒業後5年以内
- 保証制度:人的保証と機関保証
「26歳ですと、年齢制限に引っかかる可能性があります」
「でも、特別な事情があれば例外は?」
「特別な事情とは、病気療養などが該当します。『異世界で冒険していた』というのは…」
職員は困惑した表情を見せた。
エルフィは、奨学金制度の複雑さに圧倒された。異世界では、学費は王国が全額負担してくれた。才能ある者には、惜しみなく教育の機会が与えられた。しかし、現代日本では、お金がなければ教育を受けることすらできない。
・深夜のコンビニバイト
奨学金が期待できないエルフィは、生活費を稼ぐためにコンビニの深夜バイトを始めた。
「いらっしゃいませ」
深夜2時、酔っ払った客が千鳥足で入店した。
「おい、お前、レジ打ち遅いんだよ!」
客の罵声が、エルフィの心を傷つけた。異世界では「賢者様」として尊敬されていた自分が、今は酔っ払いに怒鳴られている。
「すみません、気をつけます」
エルフィは頭を下げた。時給900円、月収約10万円。この収入では、大学の学費を貯めるのに何年かかるか分からない。
「私の人生、何だったの?」
深夜のコンビニで、エルフィは自分の境遇を嘆いた。千年に一人の天才魔法使いが、今はコンビニの深夜バイトをしている。この現実が、彼女の自尊心を完全に打ち砕いていた。
・魔法への憧憬
ある夜、エルフィは一人で公園にいた。月明かりの下で、彼女は久しぶりに魔法を使ってみようとした。
「炎の精霊よ、我が呼び声に応えよ」
手のひらに小さな炎が灯った。現代日本でも、魔法は使えるのだ。しかし、それを人前で見せるわけにはいかない。「超能力者」として研究対象にされるか、「トリックを使った詐欺師」として捕まるかのどちらかだろう。
「この力を、現代社会で活かす方法はないの?」
エルフィは考えた。魔法を使えることを秘密にしながら、それを間接的に活用できる職業はないだろうか。手品師?マジシャン?しかし、それらの職業で安定した収入を得るのは至難の業だった。
結局、エルフィの魔法は「使えない能力」でしかなかった。現代社会には、魔法の居場所はなかった。
「もう、疲れた…」
エルフィは公園のベンチに座り込んだ。26歳、無職、借金50万円、実家暮らし。かつて「千年に一人の天才」と呼ばれた自分の現在の姿が、あまりにも惨めだった。
月明かりに照らされたエルフィの表情には、深い絶望が刻まれていた。知識の呪縛に囚われた賢者は、現代社会という迷宮で完全に道を見失っていた。