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黒箱

──神器へアクセスしようとしている者がいる。

ヴォルフラムがその騒動を知ったのはつい先月のことだ。

何者かがメロウディングの持つ魔防技術をくぐりぬけ、『黒箱』まで近づいた形跡を見つけた。そういう報告があった。


実際に黒箱の元へ行って確かめたのではない。黒箱の周辺へ置いた魔防具からの信号で分かったことだった。

直接確認がしたく焦るが慎重に対応しなくてはならない。

黒箱の場所は隠されているから、誰かが確かめに行くのを狙っている可能性もあるからだ。

ここ数日はエロールド公爵との密談を重ねていた。


だが、最近特にマリアーウェ奥様の様子が思わしくない。

ヴォルフラムはエロールド公爵が小さい頃から坊ちゃん、坊ちゃんと何かと世話をし面倒を見ており、メロウディング侯爵家の中でも一番エロティカーナ公爵家に近い存在だ。

家族内での悩みを抱える公爵を支えるべく、神器についての騒動を早く抑えたいとは思うのだが。。



ヴォルフラムは5年前を思い出す。


エロティカーナ公爵家は代々強い跡継ぎに恵まれていた。

さらにここ3代は、ご子息として男児ひとりのみという状態。

ご兄弟がいらっしゃらないというのは貴族としては不安に思うかもしれないが、エロティカーナ公爵家ではものともしない。現当主も、先代も、先々代もみな傑物だ。


そんな中、久しぶりに女児が誕生した。

公爵家は喜びにあふれ広く祝われたのを覚えている。

エロイン様の曾祖父にあたる3代前のエロディヴァン様などは、エロインお嬢様を抱き上げて公爵邸の屋根に飛びあがり歌いだすほど。なかなか降りてこられなかったので、先代に頼まれ魔道具の網を用意したくらいだった。エロディヴァン様を屋根から降ろすのに大変だった。



そんなお祝いムードのしばらく後、奥様の様子が急変する。

人前に出ることはなくなり、別邸に引きこもられた。周囲に詳しい状況は明かされず、奥様の状況は限られた者だけが知ることであった。

この5年の間に2度流産されており、お命も危ない様子の日もあるとか……。


そしてエロイン令嬢はとても小さくか弱く、育つにつれて同じ年頃の子供とくらべても全体的にパワー不足である様子が見受けられた。

幼少の頃に測定される魔力も、普通の貴族より低い結果。こんなことはエロティカーナ公爵家で起きたことがない事象だ。測定結果を含むお嬢様についてのすべては口外禁止とされた。


5歳を迎えるパーティも開催されていない。

貴族にとって5歳は最初の節目だ。おはなしの御殿へ通う前の入園祝いやお披露目会といった感じでパーティを開く貴族は多かった。

ヴォルフラムは何度も、お嬢様のお披露目会をしましょうとエロールド公爵へ言い募っていた。


しかしこの国には『お祝いごとに招待しなかった人は自分から離れていく』という考え方がある。

奥様が参加できないならば、お祝いをしない。公爵は奥様の回復を待ちたいと考えられていた。



もし今後に男児が生まれなかったら。エロイン様がこのまま頼りなくお育ちになられたら。

エロティカーナ公爵家の派閥内の貴族も揺れるだろう。

この派閥は公爵家に恩がある貴族が多い。しかし直接のかかわりはなく、事業や政治での兼ね合いで寄り添っている貴族もまた多いのだ。


エロインお嬢様を理由に関係がぐらつくような貴族をあぶり出してやろうか。自分は当然ながら命尽きるまでエロティカーナ公爵家を支える姿勢だ。

だがまずは神器に起こった出来事を解決しなくては。新しく入手した情報を元にエロティカーナ公爵家へ急ぐ。



すると珍しい。エロールド様がエロインお嬢様と共におられる。


薄い紫色のワンピースドレスに身をつつんだお嬢様は、まさに紫の妖精といった様子で儚く可愛らしい。自分にも孫がいるのだが、孫と比べてもエロイン様はおとなしい性格のようであった。

奥方とのふれあいも少なくお育ちになられた。さみしく思う日々が内気な性格に影響しているのだろうか。


今は子供時代を大いに楽しんでほしい。大人の問題は大人が解決するのだ。

そう意識を新たにして、エロイン令嬢へ話しかけた。


「やや、これはお久しい!エロインお嬢様、ま~た一段と可愛らしくなられましたな!」



*


なんだか今日のお嬢様は、とても子供らしいというか愛らしい一面が強く見られた。いつも下を向きがちなおとなしい子なので、楽しそうにされているのを見るとホっとする。

カリカリお菓子がいい仕事をした。


エロールド様は、大事な一人娘であるのになかなか「可愛がる」という習慣を持てない様子。

本心では、奥様と一緒に娘が成長していく日々を楽しく過ごしたいのだろう。

エロイン様が生まれるまでの幸せな2人をヴォルフラムは見てきた。


奥様が臥せられて、その様子を相談され、力になれないことを何度悔やんだことか。

奥様は、何かのお病気というわけではないのだ。怪我をされていたわけでもない。

他国にある珍しい薬品や、気鬱の状態を回復させる魔道具を取り寄せるなど様々試されたが一向に良くならず。逆に奥様から現状を謝罪され、何もしないで良いと気遣われる始末。


ところが今日、長く臥せられていた奥様の状況に変化の兆しが!

避けられていらっしゃったエロイン様と会われたいと。


良い傾向なのではないだろうか。

エロールド坊ちゃん、いや公爵様も奥様のいる庭を気にしてやまないご様子。

黒箱についての相談は後にして、奥様たちの様子をみませんか?とすすめてみる。


「よし行こう!」

即答だった。







お母さまが、驚いた表情でこちらを見ている。

妊娠中の様子なのに痩せすぎている。こりゃアカン。


「エ、エロインなの……?」

「はい。エロインです」


先ほどまで虚ろな様子だったし理解を急がせるような会話をせず、まずは私との会話に慣れてもらおう。にっこり笑顔キープッ


「急いで来てくれたのね。お父様とお話していたのでしょう?迷惑じゃなかった?」

「お父様とお話しました。迷惑なんてありません。うれしいです」


結構しっかり会話できる状態ね。こちらからも話題を振ってもよさそうかな?


「お母さま、今日のワンピース、紫色でお気に入りです」

「ええ、とても可愛いわ!エロインは紫色がとても似合うわね」

「はい!ありがとうございます♪」


──いい感触である。しばらく和やかな会話が続いた後、


「エロイン。このラムネ菓子について詳しく教えてくれる?」


と母から質問された。



簡単に、幻影ラムネ菓子誕生までのいきさつを話す。調理スタッフへお願いしたこと、おはなしの御殿で仲良くなった友人たちへ飲んでもらったこと、お世話になってるメロウディング侯爵家へもおすそ分けした褒められポイントも忘れない。


母はところどころ質問を挟んで、真剣に聞き入っているようだった。

そして目を閉じ額をおさえ、俯かれる。

ちょっと話し過ぎてしまっただろうか。不安になり母の言葉を待った。


「あなたは……エロインなの?」


………。

もしかしたら、中身が大人だと見抜かれた?

ラムネ菓子については概略だけ子供口調で話したのだが、やはり今までのエロインの行動ではないと気づかれたのだろうか。とりあえず、


「はい。エロインです」


しれっと、何を聞かれているか分からない体で返事をした。


「本当に、私のエロインなの…?」

「はい。お母さまのエロインです」

「な、なら、……私の、私の好きな食べ物はなぁに?」


クイズきた。

ふふっ。これには自信がある。私は本当にエロインなので幼少期の記憶も結構覚えているのだ。

得意げな顔でチョコチョコと母へ近づき、耳元で内緒話のようにして告げた。


「お母さまは酸っぱいサラダが好き!あまいハニバーも好き!エロインの髪の毛を変なふうに結ぶのも ──そこまで伝えたとき、


──突然母が取り乱した!回答を間違ったか!?


「!!ああっ!エロイン!!!なんてこと...! ──ごめんなさい!ごめんなさい!苦しかったでしょう。痛かったでしょう!あなたを一人にして......」


「い、いいえ!痛くないし苦しくないです!大丈夫です!」


あわてて母をなだめる。だいじょうぶ、大丈夫。手をにぎにぎ、背中をなでなで。

母が泣いて私へ謝っている。母が悲しいと私も悲しい。なんとか泣き止んでほしい気持ちでいっぱいになる。気づけば、自分の頬にも熱い涙が伝っていた。




母と一緒にガン泣きしてたら父が来た。私たちを宥めるようにウロウロしていたが、やがて母を連れていこうとする。

しかし母は私を離さない。私も離れない。


「エロインもいっしょに行くのっ!」


感情のままにダダっ子ムーブした。効果はあった。





ヴォルフラムは目の前の状況を驚き見守っていた。


奥様とエロインお嬢様が抱き合って泣かれている。

そんな2人のそばをエロールド様がウロウロと歩きまわり宥めている。まったく効果が無さそうであったが。

長らくエロインお嬢様は奥方との触れ合いが無かったのだ。今は存分に泣かせてあげるべきではないだろうか。思わず自分ももらい泣きをしてしまう。周囲の侍女たちも涙していた。


しかしやがて奥様がぐったりとされたので、エロインお嬢様ごと寝所へ運ぶことになった。

一旦エロールド様とわかれ、夕方頃に改めて話し合いの場をもつことにする。



新しく入手した『黒箱』についての情報は良くないものだった。

ご家族が大事な時であるのに、こんなことで悩ませてしまうとは…。



黒箱に「届いた」者がいる。

しかし、いつなのかが分からない。

もし何者かが黒箱へ触れたら、どのような者がいつ触れたのかの状況が記録されるようになっていたのだが、人が触れたというのだけが分かり「いつ」という部分はさっぱり分からなかった。



神器は世界を変えるほどの力を持っている。


由々しき事態であった。








--------------------------------------



母の寝所に一緒に連れられ、一緒に寝る。2人して泣き疲れちゃったのだ。

ベッドは広いのでエロインが添い寝しても問題ない。

母に抱きしめられながらぐっすり眠った。





──エロインは夢を見た。


紫色の渦の中心へ向かって手を伸ばす母。その先には真っ黒な四角い部屋のようなものがある。

バチバチ、ビリビリと紫電が走り、黒い部屋へ近づくものを攻撃する。

あと少し、届きそうなところで母は力尽き光の粒子となって消えてしまった。

エロインはその光を浴びて激怒する。


許さない!この世界を壊してやる!母を返せ──


バチバチと紫電があたり、エロインは砕けそうになりながらも前へ進む。


黒い部屋が近くなると、黒い稲妻が現れた。

あれにあたると魂が砕け散る…!


構うものか!引き返す気は起きない。憤る心があふれ、黒い部屋を壊そうと手を伸ばす。

全身全霊を向けた。すると黒い部屋はどんどん小さくなっていく。いや、エロインが大きくなっているのだろうか?


黒い稲妻が向かってくる。避けられない!──伸ばした手が、



届いた。掴んだ。















[あとがき]

黒箱の事件はいったんここまで。

次回、普段の日常が続きます。

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