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ボールキャッチと幻影ラムネ菓子

「網の持ち方はこうですっ!」


ジーモン先生(7歳)が一生懸命になって5歳児たちへ指導している。


ボールキャッチって、前世でのキャッチボールのようなものだと思っていたら甘かった。

手に持つ『(アミ)』は、虫取り網を短くしたようなものだ。これで飛んでくるボールを網に入れるのだが、簡単というわけでもない。

最初に練習としてジーモンが優しく投げてくれたのを網ですくい受けていた。これで出来た気になっていたが本番は別次元!

まず、本番ではボールを人が投げない。魔道具が飛ばすのだ。


「先日に新しく発売された新魔道具ですっ!」


ジーモンとヨナスタンは試しに使ってみたことがあるそうで、彼らにお手本を見せてもらう。


地面に置かれたカゴから、いくつもボールが飛び出してくる。蝶のように飛ぶような動きのものもあれば、カエルのように地面をピョンピョン跳ねてくるものもあり多種多様。これらを網の中に入れるのだ。

一度でも網の中に入ればボールは消えるので、手あたり次第網に入れるといった遊び。


これ、すっごく楽しい!!!


お手本を見せてもらっている途中で、カーリンが突撃する。


「つかまえました~♪」


初めて見る魔道具にエロインも興味津々だ。公爵家では見たことがなかった。欲しい!

マユリエールと一緒に加わって、4人でボールをキャッチしはじめた。ちなみに女児は3人とも動きやすい恰好をしてきている。ミニスカートの下にズボンを履いているような恰好だ。


「カーリン嬢、いいですね。マユリエール嬢も上手いですよ!…エロイン様、惜しかったですねっ!」


ジーモンはそれぞれにアドバイスしている。私にだけ『様』をつけてくれるのだが、こういう時は同列に扱って欲しいと思ってしまうわね。


「このっ!ちょっと待ちなさいっ!!」


ピョンコピョンコ跳ねていくボールを追いかけて、大きく網を振りかぶった。

圧倒的に網を振り下ろす速度が間に合っていないっ!

こんなに運動神経悪かったっけ私。ドレスめくりの時にはあんなに駆けまわれていたのにっ!!



かなりの体力を使う遊びだが、夢中でボールを追ってしまう。今ならネコの気持ちもわかりそう。

カゴの四方を取り囲み、どの方向に飛んできても誰かが取れるように位置について再スタート。しかし全員が色々動くので、最初の配置が意味をなさなくなっていく。ボールはどこまでも追っていいので、草陰に転がったものを探して網で捕えたり。

しばらくしたらジーモンも加わって、5人でボールを追うようになった。


「これ、体力と動体視力が鍛えられそうねッ!!」

「ですよねっ!僕頑張ります!!」


なぜかヨナスタンが返事した。体を鍛えているのだろうか。


「きゃあ〜!逃げちゃう。ジーモさまとって~~♪」

「あーん待って~~!」


女児たちは精いっぱいだ。

ジーモンとヨナスタンは素早くボールを捕らえている。見たところヨナスタンがかなり俊敏だ。


ちなみにボールの速度は調節可能なようだが、今やっているのが一番遅い速度とのこと……

おそらく子供用遊戯アイテムだから、これくらいは追いつけないとダメなんでしょうね。


鈍足ともったりした腕の動きに絶望!同じもの買って鍛えようっと。





「はぁ〜!運動したっ!!」

「エロイン、楽しかったねっ!」

「つかれました~♪」


女児3人が座り込む。ズボンを履いているからいいのだ。

ペチャっと地面にお尻をつけてたら、ジーモンが慌てて休憩のできるテラスへと案内してくれた。

お!私の持ってきたものが出番かしら…。みんな喉も乾いているしいいタイミングね。



「おもたせで失礼ですが…エロイン令嬢より差し入れいただきました、お飲み物を用意いたしました」


きたわー!おもたせ登場っ!


サンエード子爵家の侍女が、エロインの持参した飲み物一式のセットをテーブルへ並べた。

飲み方の説明は私からする予定。驚いてくれるかしら。

子供たちは同じテーブルに、大人たちもそれぞれ固まって席についた。


「こちらには飲み方があるんですの。今からひとつお手本を見せますわ。ドリンクはこのままですと少し酸っぱい炭酸水なのですが……」


グラスへ注いでもらった果実炭酸水へ、緑とピンクのラムネ菓子を選んで入れてみる。


──ポチャポチャン…しゅわしゅわ~~ーー


途端、そのグラス周辺に草原の幻影が広がった。横に草原が広がり、グラスの上の方にはピンクの花びらがフワフワ浮いていく。

そこへ青いラムネ菓子を追加すると……!美しい青いチョウチョの影が花びらと共に舞い上がった。


「きれーい!!!」

「チョウチョもう一個いれましょ〜!♪」

「あまり入れちゃうと甘くなりすぎるから、入れるのは3個までよ」


色ごとに見えるイリュージョンの種類が異なることに注意して、好きな3つの色を選んでもらった。

ラムネ菓子は、それぞれの色ごとにビンに入っている。ビンのラベルに幻影の絵がついているので、ある程度出てくる内容が予想できるようになっていた。

緑は草原、ピンクは花びら、青はチョウチョ。

黄色は雷、紫はつむじ風、茶色はドラゴン。

男児向けのラムネ菓子もあるので、いろいろ組み合わせてみてほしい。


ヨナスタンは男児向けラムネの3種を選んだ。

グラスに入れる順番も重要だ。ヨナスタンはストーリー性を持たせて、最初に紫のつむじ風を起こし、次に茶色のドラゴンが登場。最後に黄色で雷を降らせた。いい構成力である。

幻影は細かい描写ではなく、それぞれの色合いの影絵のようなものだ。だからドラゴンといっても、茶色い鳥に見えてしまう場合もありそう。


カーリンはピンクを2つと青を1つ。花びらが多く舞いあがる中にちょうちょが飛ぶ。

マユリエールはなんと青色を3つ!青いちょうちょにマユリエールごと包まれている。


ジーモンのチョイスも少しストーリー性を感じる。

最初に緑の草原、次に紫のつむじ風を吹かせ、最後にピンクの花びらが舞った。つむじ風の後なので、花びらは軽く旋回して舞っている。

ドラゴンだとか雷を使わない分、ヨナスタンとは性格が違うように思った。


見た目が楽しく味も美味しいジュースに子供たちは大喜びだ。侍女やサンエード子爵家の皆さんからも高評価の様子!嬉しい。


「エロイン様。このような飲み物は初めてでございます。どちらでお求めになられたのでしょう?」


ジーモンからの質問だ。

エロインはどう答えるか迷った。炭酸やラムネ菓子というのはこの世界に既にあるものだ。自分はそこに幻影を魔法で仕込んでもらっただけで、もしかしたら似たようなものが既にあったかもしれない。


「ふふっ…気に入っていただけました?どこかで買い入れたものではないから、またの機会に詳しく教えてあげますわ」


今度調理スタッフに、どのような手配で今回の飲み物が用意できたのか聞いてみよう。

自分も気になっていたところだ。何より、想像していたものよりずっといい仕上がりなので、作ってくれた調理スタッフを褒めたたえたい。うんと褒めたい。


ふと思いついた。

サンエード子爵家は『サンエルド』という大きな商業施設を持っている。商い事に明るく、貴族・平民それぞれに伝手があるのだ。この世界の物品について詳しいだろう。公爵家で得にくい情報を知っているかもしれない。


「ジーモンは、これと同じものでなくとも面白い飲み物を他にも知っていて?」


「いえ、このように幻影を見て楽しむ飲み物は初めて見ました。組み合わせがあるというのも面白いです。グラスに添えられた飾りが光ったり、色合いが変わる飲み物などは見たことがございますが…」


父にも聞いてみてよろしいでしょうか?と断りをいれて、ジーモンはサンエード卿に尋ねた。


「エロイン様、お持ちいただきました飲み物は画期的なものでございます。やはり他では類を見ないようです!」


サンエード卿が続けて答える。

「ラムネ菓子自体は珍しいものではありませんが、単体で食べる菓子ですから飲み物に溶かしいれるというのは目新しいですね。飲み物を甘くするには砂糖やシロップを使うのが一般的ですから、シュワシュワと泡を出して溶けるラムネ菓子で甘さを調節するというのが面白い発想に思いました。幻影は、この泡の部分にかかっているのですね」


仕組みを簡単に見抜かれた。

この世界の魔法は、何かしらの起動を必要とする。今回は、泡を出して溶けていくラムネ菓子の化学反応の部分に、溶ける間に幻影が出るように魔法を付与してもらっているのだ。


「あまり類を見ないのであれば、王都でも話題を呼べそうね。量産して売るとしたらどうなるかしら?」


売れるもんかしら?といった意味を含めて聞いてみる。


「素材の手配コストによりますが、もしある程度の量産体制が可能となりましたら大きく話題を呼ぶお品物となるでしょう」


「まぁ。流行となるようなものになると嬉しいわ。コスト、ね。」

よーし商品化を考えてみるか!5才児にどこまでできるかな。


余ったラムネ菓子は、小分けにして子供たちへのお土産に渡した。水でもお茶でも溶けるけど、味的にお茶には合わないと思うわよ〜と付け加えておいた。



そうだ、サンエード卿にボールキャッチについても聞いておこう。


「先ほどのボールキャッチですけど楽しい体験でしたわ。あちらは話題の魔道具なのかしら?」


「はい。もともとは訓練用で的として使われているものでした。素早くうごく的を弓や弾で狙うのです。これを遊具として開発し、子供用のものを去年売り始めました。人気がありまして、今年新しいタイプが出ましたので、本日はそちらをお持ちしました」


まるで自社製品のような説明だ。


「販売元をご存じなの?」


サンエード卿が誇らしげに、穏やかな笑顔で答える。

「我がサンエルド商品企画にて開発され販売してございます」



おお~。サンエード子爵家はできる貴族!

メロウディング侯爵家が軍需メインの事業を持っているが、その伝手もつかっているのだろう。

軍需品として開発された訓練アイテムから、一般市民も使うような遊具へ。


『サンエルド』は商店というかデパートに近いイメージだ。

大型商業施設として広く知られている。私たちのいる王都では別に幅を利かせる大型ライバル店もあるのだが、サンエルドは田舎、、地方にも支店があるのが魅力。購入者層の数でいうと最大手ではないだろうか。


この世界は大型商業施設といったものが既にあるのに、地方各地へも支店を持つことの重要さに気づいていない貴族は多いのではないだろうか。貴族が持つ事業は、基本的に貴族向けのビジネスといった感じなのだ。

平民が使う道具をつくる、ということに抵抗があるからだろう。平民が使うものは平民が作ればよいという風潮なのである。

しかしサンエード子爵家は、堂々と一般市民向けの商品開発をしている。誰でも楽しく遊べる遊具もだ。

サンエード卿の主導する事業や人柄に、エロインは好印象を持った。



おっと子供たちが話についていけずポカンとしてる。


「マユリエール、カーリン。今日は疲れてしまったけど、またボールキャッチで遊びたいわね」


「またエロエロしましょ!」

「いえ、しませんけど、」

「エロエロします~~♪」


またエロトーク(エロくはない)がはじまった。ちょっと恥ずかしく思いながらも、にこやかな笑顔は崩さずサンエード卿に聞いてみた。


「私たち先ほど、エロエロと言って遊んでいましたけど、もしかしたら大人の皆さまから見て恥ずかしいことだったりしません?」


「いえいえ、大変可愛らしいご様子でしたよ。エロエロというのは何かの合言葉のようなものでしょうか?」


からかっているようにも見えない。真面目に話してくれている。エロエロという言葉を知らず、合言葉か何かだと思っているようだ。


「エロリンだからエロエロだよっ!」

「エロリンさまはエロエロなのです~♪」


もう少し深く聞いてみようと思っていたところ、女児2人が実例でエロエロ言い出した。

そうそう。こういう風にいうことって恥ずかしいことではないの?だってエロエロよ?


「なんと、エロイン様のお名前からでしたか!?大変可愛らしいご愛称ですね。しかしカーリン嬢、マユリエール嬢。愛称というものはご本人様が良しとされていれば良いですが、いかがかな?」


サンエード卿がフォロー的な言葉をかけてくれる。よし!愛称を変えられるチャーンスッ!


「私はエリンって呼んでもらえればいいかしら」

「エリ、……えー、エロリンのほうが可愛いよっ」

「エロエロリンも良いと思われますっ」


ヨナスタンまで言い出した。このやろう。


「ヨナスタン、エロイン様はエロティカーナ公爵家のご令嬢だ。おはなしの御殿でも習っただろう。エロイン様とお呼びするのだ」


ジーモンから真面目な意見でた。

なぜかマユリエールがはっと表情を変え、小さな声で聞いてきた。


「エロリン様、…は?」


わが友マユリエール嬢がしおらしい!急に塩でもんだ野菜みたいになった。てか敬称付けて呼ばれるの初めてじゃない?どうしたの!?


「では、私はエロリンね。ここにいる子供だけ特別にそう呼んでもいいわ!」


「うん…。」

マユリエールが少し困ったような笑顔で答える。くんにゃりしている。友よどうした!?


「マユリエールは、先ほどカーリンが呼んでたけどマユリンって可愛いと思う。どう?」

「うんっ!」


これはいいらしい。元気もどった。ホッ。


「私はエロリン、マユリエールはマユリン、カーリンはそのままカーリンね」

「は〜い!♪」元気いっぱい子爵レディーからも了承を得た。


「エロリン様、僕はどうなりますか!?」

「あなたはヨナタンで。」


ええっヨナリンではないのですかっ!?と抗議が来た。

男の子だから、そのほうがかっこいいかも?とか言ったら「僕はヨナタンで!」と嬉しそうにしていた。ちょろいんだから。





--------------------------------------


家に帰ってマユリエールは母を呼び、早速お土産にもらったラムネ菓子を披露した。

「エロエロがくれたの!」

家ではエロエロ言っていた。


「ラムネのお菓子なのね?マリーはお花を持っていったけど、どうだった?」

「ヨナリンがありがとうございますって言ってたよ!」


サンエード子爵家のご令息、ヨナスタン様のことだろう。

「マリー、ヨナスタン様とお呼びするのよ?」


マユリエールの母、エルデラは娘に持たせた手土産を用意した時のことを思い出した。


サンエード子爵家へ遊びにいく、と聞いた時には驚いたものだった。

マユリエールの家は貧しい。貴族としての繋がりもなく、エルデラは市井に日々働きに家を出ているのだ。貴族であれば貴賤を問わず通える『おはなしの御殿』には子供を預かってもらえるので大変助かっている。しかし、おはなしの御殿で娘がどのように過ごしているのか知る伝手もなく不安はあった。


最初の頃に、エロエロさんという男爵家令嬢のお友達ができたと聞いていた。一緒にお絵描きをしたり積み木で遊んだり、そういう話をマユリエールから聞いてほっこりしたものである。


そんな中、名高いサンエード子爵家へお招きいただいたのだ。


サンエードといえば、サンエルド。誰でも知っているような大きな商店を持っている貴族。

男爵家は一代限り。娘は貴族と縁づかなければ平民となる。しかし平民となっても、若いころに貴族の知り合いや伝手をつくることができれば将来は明るいものになるだろう。

子供時代の小さな出会いでも、大切にしなくてはならない。

下位貴族が豪華な手土産を用意する必要はないが、あまりに見劣りするのもまずい。だから花とはいえ少し上等な花束にしておいたのだ。


「お花を受け取ってもらえて良かったわ。さ、そろそろ夕食よ」

「1個だけっ!みてみてっ!」


夕飯前にお菓子を食べようとするので注意しようとしたら、水の入ったコップへ落そうとする。何を、そう思ったら…


──ポチャン…しゅわしゅわ~~ーー


青い蝶の幻影が数匹、グラスから舞い上がってきたのだ!


「ま、まぁ…蝶が飛んでいるわ!」


ただのラムネ菓子ではない。驚いた。


「エロエロがつくったんだよっ!」









[あとがき]

マユリエールの家庭の事情がチラ見えしました。


ところで「ボールキャッチ」でググると想定外なイメージが並んで驚きました!開き戸とかの扉を閉じた状態をキープするあの部品、ボールキャッチって呼ぶんですね・・・!

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