くるくるエロエロ
サンエード子爵家を訪問する(お友達の家へ遊びにいく)予定は確定となり、下準備を進めた。
持っていくものはジュースにした。酸っぱい果実と炭酸が合わさったレモンスカッシュ的なものだ。サンエード子爵家へも持参するドリンクについて詳細が伝わるよう手配した。
セクシーも「どのようなものをお持ち込みされるか、先にお知らせいただけるのは大変ありがたいことです!」と言っていた。
この世界には炭酸飲料や発泡酒が普通にあった。しゅわしゅわ系の嗜好品もあり、ラムネ菓子もある。残念ながら前世でイメージするラムネ菓子は平民が食べる安い駄菓子で、貴族はそう口にすることがない。
今回は持っていく炭酸果実水を用意するにあたって、ひとつ注文をしていた。
純粋に果実と炭酸水だけだと酸っぱいが甘みがほぼ無い。そこで、ラムネ菓子で味をつけるのだ。
いくつかの形と色に分けたラムネの入った瓶を合わせて持っていく。色によって味は違うので、好みで好きなだけ入れてもらうのだ。
エロインから要望を侍女へ、侍女から厨房の調理スタッフへ。
人伝えだと思ったようなものが手配できないかな〜?と心配もしたが、想像以上に良い試作品が上がってきた時はテンションがぶちあがった。
ラムネの砂糖菓子には魔法がかけられていて、溶け込む時にちょっとしたイリュージョンがみられるのだ。
「セクシー!これは凄いわ!……とても綺麗ね」
「ええ。私もこんなに可愛らしく美味しい飲み物は初めてですよ!」
センスに全幅の信頼を置く侍女が言うのでまちがいない。これは5歳児達に大ウケ確定ね!
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時は変わって数日前。
サンエード卿は息子たちの報告を聞いて、ひとつ息をついた。
息子たちが通う『おはなしの御殿』で知り合った貴族子女が我が子爵家に訪れる。3名。
そのうちの1人は、知人であるマグネッタ子爵家のカーリン嬢だ。
次に、マユリエール嬢。男爵家の令嬢のようだが、聞いたことはない家名だった。
サンエード卿は貴族、平民ともに付き合いが広い。顔の広い貴族だった。それでも聞いた事がないとなると…。まぁ、それは後で調べてみようと置いておくこととした。
問題は、公爵家の令嬢が訪れるということである。
しかも、エロティカーナ公爵家の長女だ。
エロティカーナ公爵家は、古くは侯爵家、さらに以前には別の小国家であった。
国の重要地域を領地としており、魔法技術革新と辺境防衛で大きな功績があって公爵に叙せられた貴族である。
公爵となってからも躍進めざましく、その地位と権力は揺るがない。
代々跡継ぎには優秀な男児に恵まれていたのが、今代では第一子が女児。その後にお子が生まれたという話は無く5年ほど経っていた。
もしかすると、将来公爵家を継がれるという可能性もある。
まだ幼いご年齢だが、人となりをじっくり見ておきたい…。じっくり見ておきたいが、その前に貴族としてのつきあいに注意するべきことがないか思案に暮れた。
大きな争いがあるわけではないが、この国での貴族間には派閥がある。
サンエード子爵家は、広い領地を持つメロウディング侯爵家の傘下にあった。そのメロウディング侯爵家は、エロティカーナ公爵家の派閥にいる。
なので同じ派閥ではあるのだが、エロティカーナ公爵とは面識がない。身分に差がありすぎて、何かしら事業や政界での関わりでもない限り目通りすらなかっただろう。
寄り親のようなメロウディング侯爵家を差し置いて、思わぬところでエロティカーナ公爵家との繋がりができることに懸念を抱いたのだ。
が、サンエード卿の懸念は杞憂に終わる。
メロウディング侯爵家を通してエロティカーナ公爵家からの連絡が来たのだ。
当日にエロインお嬢様がお持ちになるお飲み物が、大変美しく美味と噂でして…とメロウディング侯爵家の使いが笑顔で話す。どうやらメロウディング侯爵家へも、我が子爵家へ訪れることの共有とお持ちになられる物のおすそ分けがあったようだ。
サンエード子爵家としては、寄り親の顔を立ててくださったことに感謝しかない。
まさかだが、エロティカーナ公爵家の方がお気遣いくださったのか。いやまさか。
◆
エロインはセクシーの他に『おもたせ』を運ぶ侍女を連れてサンエード子爵家を訪れた。
『おもたせ』とは招待する側が使う言葉だ。しかし前世で馴染みの強い言葉だったのを思い出し、手土産と言えばいいところを『おもたせ』と言ってはしゃいでいた。
どこからどう見てもウッキウキの子供である。
子爵家の屋敷に招き入れられ、まずはご挨拶。
サンエード子爵ご夫妻が出てこられた。あら、ジーモンみたいに真面目そうなパパさんね。
「はじめまして、エロティカーナ公爵家長女のエロインです。皆さんとの遊戯へ招待いただき感謝いたしますわ」
「ようこそ、エロイン・エロティカーナ公爵令嬢殿。この度は我がサンエード子爵家へお越しいただき、光栄に思ってございます」
ご夫妻と挨拶して、手土産受け渡しの手配などについて侍女へ指示する。
その時サンエード卿から声がかかった。
「何やら美しいお飲み物だとお聞きしておりますよ」
「ええ、自信作なの。メロウディング侯爵家の方々へも試作品を配りましたから、どのようなものか既にご存じですかしら?」
サンエード卿がハッとした様子でエロインを見る。すぐに柔らかな顔でこう告げた。
「あらかじめメロウディング侯爵家へもお知らせいただきましたこと、有難いことでした。美しく美味であると聞き及んでございます」
やはり、メロウディング侯爵家を通したのは正解ね。
この世界の貴族関係にはまだ疎いけど、かなりの縦社会の様子。
エロインは今回サンエード子爵家を訪れることで、セクシーからエロティカーナ公爵家をめぐる大まかな貴族の派閥について教えてもらっていたのだ。
メロウディング侯爵家は、エロティカーナ公爵家の派閥で関係も良い。しょっちゅう屋敷内に侯爵家の伝達係が訪れていた。
同じ派閥でなかったら、遊びに行くことも難しかったのかしら?
というか、ヨナスタンやジーモンは派閥とか知っていたのかしら。
にっこり頷いてから子供たちのいる場所へ向かった。
*
「エロイン様、ようこそお越しくださいました」
親の指導が入ったのか、ヨナスタンが畏まった挨拶をした。元気いっぱい子爵ボーイが今日は大人しい。おませさんめ。
こうしていると兄ジーモンとよく似ている。顔立ちは良いので、やんちゃな言動がなければいいところの坊ちゃんだ。このままイケメンに育つといいわね。
「エロリンさま~♪わたしも今日はむらさきのドレスなんです~」
「それは赤紫だから紫じゃないよっ!」
カーリンは今日もあいかわらず。そして我が友マユリエール嬢がすぐ噛みつくのもいつも通り。
テーブルに5人の子供が座り、今日遊ぶ『ボールキャッチ』について話し合った。
「この後、ボールをうけとめる網の使い方をお伝えしますね。まずは軽く練習をしてみましょう」
ジーモンの口調が固い。もっとくだけた口調で話してほしいけど、貴族としては正しいのだろう。先ほどサンエード卿と挨拶した時にも思ったが、この家族は教養ある礼儀正しい貴族に思えた。
「では、庭にまいりましょう」
ジーモンはまるで先生のようだ。2歳しか違わないのに。
庭へ移動し、準備体操を行う。
侍女たちはサンエード卿とともに日陰に置かれた椅子に座り、5人の子供がワイワイやっているのを見守る。
「みんなでエロエロしよう!」
「ヨ、ヨナスタンッ!!」
ちょっと親の目が離れた隙にヨナスタンが本性を表した!兄の制止を聞かずはしゃぎだす。
「エロエロエロ「「「エロエロエロエロ~~♪」」」
ヨナスタンの掛け声にカーリンが両手を広げてクルクル回りだした!…続けてヨナスタンとマユリエールも声を合わせて回りだしたっ!!
ジーモンの顔がこわばる。あら、ジーモンは一緒になってエロエロしないのね。
エロエロを阻止できなかった衝撃を、ジーモンの焦った様子を観察することでやり過ごす。
「ジーモンも一緒に準備運動しましょう」
仕方ないわね。ジーモンは年長さんだからエロエロしづらいのね。私から誘ってあげよう。
ジーモンの手をとって体の向きを逆にし、つないだ手を軸に回ってみた。ちょっとダンスみたいだ。慌てていたが、エロインが回る向きに合わせて動いてくれている。可愛い。
しばらくして反対向きにもクルクルしてたら、カーリン達も同じように2人で手をつないで回りはじめた。
あっ5人だと1人あぶれてしまうわ!
マユリエールが1人になってしまう…と思いきや、カーリンはマユリエールとクルクルしていた。まさかのヨナスタンがぼっちである。意外。
「ヨナスタンこっち」
エロインはジーモンと繋いだ手はそのままに、反対の手でヨナスタンと繋ぐ。そして自分を中心に回ってみた。両手が引っ張られてちょっと気持ちいい。
「マユリンさま、いっしょしましょ~~!♪」
5人でこれをやると外側の子が大変だ。外周は男児にまかせよう。
エロインを中心に左右に女児、その外側に男児という構成でクルクルしてみた。うん。サンエード子爵家のお庭は十分広いわね。
「「「「「エロロエロエロエロエロエロエロ~~♪」」」」」
5人でキャッキャした。楽しい。
おっとこれは準備体操としてカウントしていいのかしら。
*
座って様子を見守っていた大人組。
サンエード卿は中腰になったり座りなおしたり、立ち上がったりと忙しかった。
子供たちが準備体操をはじめるところで、ジーモンの掛け声のもとに集まった…が、ヨナスタンが突然和を乱す!ーあやつめっ!
ヨナスタンの掛け声で、カーリン嬢が何か呟きながらクルクルと回りだした。ヨナスタンとマユリエール嬢も回りだす…!ジーモンは想定外だったようで固まっている。
がヨナスタンを止めに向かい始めたのでホっとしていると、エロイン令嬢がジーモンの手を…取ったっ!?
ジーモンが一瞬こちらを見て指示を仰ぐそぶりをしたが、そのまま回りだすエロイン嬢に引きつられてクルクルと動きを合わせて回りだした。いやこれは仕方あるまい。今ここでエロイン令嬢の手を振り払うという選択肢は無い。回りながらもこちらの指示を待っているかもしれないので、うんうんと頷いておく。
そのうち子供たちは全員が手をつなぎ、エロイン令嬢を中心に大回転していた。
エロエロ…だとか声に出しているようだ。まさかエロイン令嬢の愛称なのだろうか?それは礼儀がなさすぎるので別の何かであろう。そうに違いない。
とにかくエロイン令嬢が楽しそうで何よりだった。
隣にいる妻は笑顔で子供たちが微笑ましいといった様子だ。侍女たちも「あら!」だとか「まぁぁ!」だとか楽しそうに子供たちを見ている。
怪我をするような遊びでもないし、落ち着いて見守ることにしよう。
後でヨナスタンにはじっくり言い聞かせておかねば。
サンエード卿のエロイン令嬢に対する第一印象は、「堂々として賢いレディ」だ。
メロウディング侯爵家を通して連絡くださっていたのは、エロイン令嬢の采配だったようだった。まだ5歳という幼さであるのに、貴族間での関係性に配慮されている。
エロイン令嬢を通してエロティカーナ公爵家の盛衰を推察するように、エロイン令嬢も自身と息子たちからサンエード子爵家を評価するのだろう。
何かの機会がある時、息子たちが上手く立ち回りできると良いが…。
今はこうして子供たちの中心となっているが、そのうち貴族の派閥の中心に立たれる方という気がしてならなかった。
いやまったく、ヨナスタンには言って聞かせておかねばなるまい。
[あとがき]
ヨナスタンの知らないところで礼儀作法の教育が厳しい方向へシフトしました。
元気いっぱい子爵令嬢カーリンは、純粋な好意からエロインをエロリン、マユリエールをマユリンと自分の名前に似せて呼んでます。