おはなしの御殿
今日はちょっと『夜更かし』だ。
令嬢は5歳になったばかり。子供心に、少し遅い時間に起きていることにドキドキしていた。
とはいっても少し夜更けになったくらいの時間帯。
世話をしてくれる侍女も先ほどまで部屋にいた。
寝たふりに気づかれていない。そんなことに嬉しくなってしまうお年頃だった。
あれ、『ヨフカシ』ってなんだっけ?
昨日もその前の日も、なんかむつかしい言葉で考えていたような気がする。
自分自身の行動や考え方に疑問を持つ時点で、5歳児としてはおかしくない?
そんな思いも混ざってくる。最近の自分はおかしい。
ジブンはおかしいってなんで?エロインはおかしくないよ?
うん?…エロイン? エロイン!!???
明かりを消された部屋の中で、ぐわっと目をかっぴらいて驚愕の表情をする幼女。
その記憶の中に、前世の記憶が走馬灯のように入り込んできた。
それは数日前から少しずつ入り込んできていたのだが、はっきりと自覚したのは今この瞬間だ。
私、異世界に来ている……… ??
5歳児の小さな体で、夜更けの時間に、公爵令嬢エロインは大人の意識を持って目覚めた。
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「エロイン様、おはようございます」
朝が来て、自分専用の侍女が部屋を訪れる。
てきぱきと令嬢の起床を手伝い、着替えの準備をしにいった。
幼女の姿で目覚めてから、ここでの生い立ちを振り返った。
ありがたいことに、記憶がすっ飛ぶということはなく、エロインとしての人生の記憶はしっかりある。
自分の名前は『エロイン』。とんでもない名前だわ…。
そして公爵令嬢として生まれているらしい。
というか名前。名前がひどくないか?
しかもこの公爵家、エロティカーナ家という。
つまり私は、『エロイン・エロティカーナ』となる。
略してエロエロだ。
まぁ、略称で呼ばれるような家格ではないけれど。
しかしエロエロである。
どう生きればいいのか。
そんなどうしようもない事を考えていたら、侍女から声がかかった。
「本日はこちらの赤いワンピースはいかがですか?」
赤を基調に白い襟ぐりがワンポイントの、すっきりしたデザインだった。
あまりフリフリしたのが付いていないのに可愛い。
「それがいいわ」
おっと、5歳児ってどう返事しているのだっけ。
「では髪飾りはこちらに」
侍女のセンスが良い。選ばれた白いリボンは、赤いワンピースを着た自分にピッタリ似合いそうだ。嬉しい。
「それがいいっ!むすんで!」
小さな化粧台についている子供用の椅子に座り、侍女をせかした。
前世の記憶があっても、体が子供だからなのか気持ちがピュアな気がしてくる。
嬉しいものは裏表なく純粋にうれしい。
可愛い服を着れるというのが、ただうれしい。
前世では大人まで生きていたのを覚えている。
その時の『うれしい』とは大分違うものを感じて、少しはしゃいでしまった。
「セクシー、はやくはやく!」
ちなみに侍女の名前はセクシーである。
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お母さまは体調が優れないようで、今日も食卓には居なかった。
エロインには母の体調不良の詳細が聞かされていないので、少し不安になる。
食事の後には、貴族の5歳~7歳児が通う『おはなしの御殿』という場所へ連れていかれる。
前世でいう、幼稚園のような場所だ。
歌を歌ったり、お話を聞いたりと和やかな時間を過ごすことが多い。しかし貴族なので、簡単な礼儀作法や階級について教わる時間もあった。
貴族の子供は基本的に通わなければならず、一般常識を知る場としては良い施設ではないかと思う。
『おはなしの御殿』を卒業したら、それぞれ専門に分かれた学園やどこかへ師事に通うのが普通だ。魔術の素質があれば魔導学園へ、武道に長けていれば剣技学園へ。
公爵令嬢エロインは、公爵家の長女ではあるが政治的な絡みがあって家督を継ぐか嫁として出るかが決まっていない。
まだ将来の展望が分からない5歳児だった。
***
「エロエロイ~ンッ!今日は何してあそぶ?」
さっそくエロエロ言われている。
ただ、そう呼ぶ友(同じ5歳児)は、親しみをもって私を呼んでいる。
「ねぇわたし、今日からロインって呼んでほしいの」
ダメ元で言ってみる。エロ呼びを避けられるものか、試してみたい。
「なんで~~!?エロエロのほうがずっとかわいいよっ!!ぜったいだめー!」
ダメだった。
エインかロインかで悩んでいた時間を返せ。
ここは5歳児~7歳児ほどしか居ないからなのか、『エロ』としてからかってくる奴がいない。
だが違和感を覚える。ピリリと直観的に感じる。
子供のほうが『エロ』なんて言葉に敏感じゃない?
セクシー(侍女)も、『エロイン様』と笑わずに呼んでくれていた。
というかセクシーって名前もすごくない?
エロエロ呼びしてくる友は、マユリエール嬢だ。私よりずっと普通の名前でうらやましい。
何をして遊ぶか、という議題であったのにエロ脱却の施策に余念がなく、お休み時間がだいぶ過ぎてしまった。
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『おはなしの御殿』には現在、公爵令息が4人、令嬢が3人いる。侯爵から男爵までは合計で数十人いて、わりと賑やかな御殿になっていた。
何かを指導したり教えてくれる先生にも、アシスタント的な側使えが複数いるので、どこかの大人が一人だけ来るということはない。貴族の子息令嬢を預かるだけあって、様々な権利や保証が絡んでいるのだろう。
さらに、ここには王族がいる。
公爵より上の立場となる王族は、ちょうどエロインやマユリエール嬢と同じ5歳児と、7歳児がいる。今期では2人も王族を預かるとなって、護衛の数が例年より多いようだった。
王族といっても、どちらもまだガキンチョである。
生意気盛りの、上から目線の男児どもであった。今のうちに潰しておきたい。
ここにいる貴族の令息・令嬢はみな王子と同世代となるので、『あわよくば王子のどちらかとお近づきに』なんて思う親もいるにちがいない。
既に、『一番仲良い女の子』というポジションについての取り合いらしき現場は何度か見てきていた。
まだ5~7歳児なのだが、王子たちは顔立ちが良く単純にモテるのだ。
かっこかわいい王子たちに群がる女児数十人。今日は誰と何して遊ぶのか。みんなの興味はそこにある。
王子は男児にとっても人気の的だった。
子供心にも、大人たちからひいきされている子供 という印象が王子たちにあるのだろう。
おはなしの御殿では貴族の階級についても教わるからなおさらだ。
年若くして階級ヒエラルキーを学ぶ場でもあった。
さて、王族の次に家格が高い公爵家の令息は4人、令嬢が3人。
エロインはその公爵令嬢のうちの1人だが、前世の記憶が戻るまでは児童に埋没する1人の少女だ。
特に強い意見も言わず、王子に群がったりはせず、仲の良いマユリエール嬢とばかり一緒にいる普通の女の子であった。昨日までは。
「レインネルドさま、こちらの『合わせ絵』におしろがあります!」
レインエルド王子。5歳のほうだ。子爵家の女児が遊具を持って王子と話している。木に絵が描かれていて、うまく組み合わせると絵が出来上がる積み木だ。
王子と遊びたい子供は公爵や侯爵のような高位貴族ばかりではない。
実はいま、侯爵家の女児が王子と遊んでいたところだった。そこを押しのけた形で子爵家の女児が王子に話しかけた。
「そのお城は、昨日ユランダとつくったよ」
ユランダは、先に王子と話していた侯爵家の女児だった。
見た目には可愛らしい子供同士のやりとりだが、大人目線で見ると世知辛い結末を想像してしまう。いつか子爵令嬢は、貴族の格差だとかを知って王子から距離を置いていくのだろうか。
二人の女児はどちらも王子が好きなようだった。
侯爵家のユランダ嬢は、わりとおとなしい性格の様子。しかし今ちょっとムっとしている。
横やりをいれた子爵家の女児は元気いっぱい。なんで私と遊んでくれないの?と純粋に思っていそうだ。そこを角が立たないように、やんわりと王子が断っていた。
王子はもしかして、すでに貴族との付き合い(あしらい)だとかを意識してるのかな?おませさんめ。
「皆様~~お集まりくださいな~~~」
先生の声が聞こえる。
わらわらっと生徒である貴族の児童が集まった。ちゃんと大人のいうことを聞くいい子たちである。今は。
「今日は”記念日”についてお話しますよ~!」
記念日。普段と違う特別な日。
昨日は『季節』の話があった。そうか。今日は曜日だとか祝日について教わるのかな。
この世界にも曜日というのがある。休日もあり、もちろん祝日のようなお休みもあるのだろう。
少しわくわくして先生の話に聞き入った。
***
期待はずれである。
『祝日』は、大人たちの取り決めで決まったものが変わらず数十年続いているらしい。
しかも心躍るものがない。王の即位記念日だとかも、決まった日があるので王ごとに変動するものではなかった。
そしてなにより、夏冬以外の連休がない!
前世でのGWやSWというのが無い。
いや、夏冬の長期休暇があるだけマシだろうか。
「さぁ、皆さんで『祝日』についてお話しましょう!」
先生により組み分けされ集まる。そこで祝日について意見を出し合うというのだ。
ワークショップのようなものが開催された。
マユリエール嬢と同じ組にならず、少し寂しく思う。
だが、この組には王子(5歳)と侯爵家のユランダ嬢、さらに元気いっぱいな先ほどの子爵家の女児がいた。
さっきのプチ修羅場のメンバーじゃないの!
他にも5名ほど、令息、令嬢がいる組だった。
名前を知らない子たちもいたが、自己紹介とかはせずそのまま意見交換会となった。
まず口火を切ったのは王子(5歳)。
「国のたいせつな祝日は、貴族にも平民にも大事な日だとおもいます」
「レインネルドさま、わたしもそう思います~!」
即座に賛同したのは元気いっぱい子爵レディー。幼いながらの発音の未熟さなのか微妙に王子の名前を言い間違えている。
そんな子爵レディーを見つめる別の令嬢。
おっとユランダ嬢がムムッとされている!
「祝日の日には、とくべつな食べ物をたべますわ」
ユランダ嬢が言葉をかさねる。ふんふん。どんな食べ物だろう。
「レインネルドさまは、なにを食べるのですか~!?」
子爵レディーの攻撃。ユランダ嬢に3ムムムッのダメージ!
「エロインは、祝日にはなにを食べるの?」
あん?
王子(5歳)から急に話題を振られたぞ。
それはユランダ嬢から聞きたかったのに。
「申し訳ございませんが、とくに覚えておりません。ですがわたくし…」
本当は祝日の日に何か特別な食事が出されていたようにも思ったけど、話題を変えたかった。
「特別な食べ物を食べるのも素敵ですが、好きなものを食べられる日があるとうれしいですわ」
いかがですか?好きなたべものはどうですか? と他の児童へも話題を向けた。
「ぼくはミンミンが食べたい!」「わたしはケーキだけ食べる日がいい!」
好きな食べ物は? と同じくらいの敷居の低さが良かったのか、他の子から自由な意見が飛び交った。ミンミンってなんだろう。後でセクシー(侍女)に聞いてみよっと。
少し楽し気な会話になってきたので、ちょっと思ってたことをポロリした。
「わたくし、大人になったら『こどもの日』というのをつくりたいですわ。そしてその日には子供が好きなものを食べて、好きな遊びができるのです。そういう『祝日』がほしいですわ」
はっとした顔で数名の児童が固まる。
あれ、反応わるいかも?もう一押ししとこう。
「その日には、夜更かし解禁ですわ!」
「ヨフカシって?」
あ、夜更かしって言葉をまだ知らない子もいたのね。
「夜おそくまで、寝ないで起きているのです」
おお~!とか わぁ~! とか声があがった。声から賛同してくれているのが分かる。
王子とユランダ嬢も楽し気な表情になっているのが見て取れた。
やはり貴族の子供は、夜遅くまで起きられず寝かしつけられちゃうのだ。
真夜中への憧れを煽って「『こどもの日』っていいよね」というムードを作り出した。
この後には、こどもの日にはアレしたい、これ食べたい、そんな話題が続いた。
***
「皆様~~!『祝日』について、たくさんお話できましたか? そうしましたら、組ごとに発表してみましょう~!」
先生から集合の声がかかる。うん。これ完全にワークショップだったわ。
王子(7歳)がいる組から発表となった。発表する組の順は王族や高位貴族がいる組から先のようだが、発表する人は自由で組ごとに先生が聞いてくれるようだ。
王子(7歳)の組では男爵令嬢が発表していた。集まった子供たちは椅子に座っているが、発表する人は前に出て、立って話す。
「ベイアーの祝日には、ミンミンを焼いて食べるか、煮て食べるかで意見が分かれました。セマエーデでは焼く人が多く、セマライドでは煮ることが多いようです」
他の子どもより、少ししっかりした喋り方だった。王子(7歳)の組には7歳児が多い。少し年長さんのチームだ。
ベイアーとは、大規模な森林開拓で活躍した人物。多種の食べられる植物を研究し、食文化の発展に貢献した人物でもある。
そこはエロインの記憶にもあったのだが、ミンミンというのを知らない。ほんとなにそれ。
ちなみにセマというのは街を表す。エーデ街では焼かれて、ライド街では煮られるそうだ。
なかなか面白いことが聞けたな、なんて思っていたら次は自分の組の発表だった。
王子(5歳)がいるせいだな。
先生はまず、王子(5歳)に発表者を聞いた。
「エロインが発表します」
指名きた。
「わたくしたちの組では、新しい『祝日』の希望をたてました。題して『こどもの日』です」
「あらまぁ、それはどのような祝日なのですか?」
先生が合いの手をうってくれる。話しやすい。
「子供による子供のための『こどもの日』となります。その日に食べるものはすべて子供が決め、その日に遊ぶ内容も子供が決めます。そして、この日だけは夜も遅くまで起きていて良い日になります」
言いながら気づいてしまったが、なんとも欲望全開の発表である。先ほどは5歳児中心のメンバーだったから簡単に賛同が得られたが、発表の場では白けてしまいそうで不安になってきた。周りの児童の反応を確かめる余裕がちょっとない。
少しずるいが、大人パワーを混ぜてみた。
『こどもの日』を多角度から見たプレゼンへと変えるのだ。
「また、『こどもの日』という祝日ができることで多くの経済効果が見込まれます。おもちゃやお菓子を売っているお店では、この日にあわせて特別な商品を売り出すことができます。
子供の望む物品を増やすだけでなく、子供の活動を広げる日としてとらえても良さそうです。例えば、子供だけの劇や武道会の開催です。何歳まで、と決めての催し事は見たことがありませんが、10歳までの子供の演奏会などあれば面白そうです。
そこへ出場するためのお稽古、会場の用意、演奏会の近くで開かれる屋台など、さまざまな売り買いもされるはずです。
大人も楽しめる、こどもの日となります」
しまった。5歳児にはむずかしい言葉をたくさん使ってしまった。
一気に言い切って、少し周囲を見る。ほぉぉーといった表情で私を見上げていた。ちょっといい手ごたえだったのかな?
「こどもの日……大人のためにもなる『こどもの日』………!それはとても楽しそうですね!」
先生がこう言った後に、一斉に周りが騒ぎ出した。
「こどもの日が欲しい!」「先生つくって!」「大人になったらつくれるの?」
一部本末転倒になりそうな意見も飛び交ったが、ざわざわと子供たちが自由な発言をしだした。
「皆様~~お静かに。 素敵な発表でしたね。残念ながら『こどもの日』はまだありませんが、もしかしたらいつか出来るかもしれませんね!」
先生は子供たちの夢を壊さないように場をまとめた。
次の組の発表と交代しようと、自分の椅子に戻るときに先生から声がかかる
「エロイン様は、『こどもの日』がいつか出来ると思われますか?」
あれ、この話題ひっぱるの? まぁいいわ。答えてから椅子に戻ろう。
「わたくしが大人になって、国民の祝日について議論できる立場となるなら、『こどもの日』を必ずつくります」
言い切って、椅子に座った。
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エロティカーナ公爵家の屋敷にもどり、セクシー(侍女)に聞いてみた。
「ミンミンという食べ物を知っていて?」
「はい。エロインお嬢様、今朝召し上がっていらっしゃいましたよ。芋をすりおろして固めたものです」
あ~~~あれか!ニョッキみたいなやつか。スープに入ってたわ。うちは茹でる派ね。煮込む派でもあるのかしら。
良かったセミとかじゃなくて。
[あとがき]
エロインと記入するたびにヒロインと修正してこようとするツールの機能に抗いながらなんとか投稿。
楽しく夜更かしして『こどもの日』に間に合いませんでした(*ノ∀`*)