入学
桜吹雪の中、私はちょっと緊張しつつ坂を登っている。
通称遅刻坂というらしいけど高層ビルとビルの間に挟まれた
ちょっと急な坂道。ここ何年かまとまった積雪は無いらしいけど
雪が降ったらしんどそうだな。本来の通学路だと通る必要が無い
坂だけどこっちから上がる生徒も多いらしい。
入学式は一時間半後なのに集合時間が早い。
クラス分けとかそんなので時間かかるんだろう、
伯父達は懐かしいけど遊んでた店が無いとぼやきつつ
どっかでお茶してくるらしい。
坂を上りきって右側が正門、ソメイヨシノが植わっているのは
学校のお約束かな。伯父の時代は現在の校舎と違って、エアコンも
上履きと履き替える場所も無かったそうだけど、従姉妹の年代だと
学食も完備してたそうだ。エアコン無し、暖房はスチーム、プールは
穴が開いてて使えなかったとか本当なのかなぁ?
持参の上履きに履き替えて校庭に出るとクラスの割り振りが張り出してあった。
新入生が群がって喜んだり悲しんだり・・同じ中学から来てるとそれなりに
あるんだろうけど、私には縁の無い話だ。えーっと・・5組。出席番号24番。
これが1年生としての居場所かぁ。貼りだしてある指示に従って教室に入って
番号の貼ってある椅子に座って待つ。回りも8割がた座ってるけど緊張してる
らしく誰も話してない。周りの顔を認識する余裕もないことに気が付いて周りを
見回す。募集要項にあったとおり男子の比率が多少高いのかな。
昔は女子が3割強だったらしいから徐々に増えてる。お行儀が良いというか
静かというか・・・がさつさが無いのと馴れ馴れしさが無いんだ。
女子高だとスカートの中を下敷きで扇ぐとかあるらしいけど共学だとありえないし
男子も女子の前だと大人しい・・・らしいけど本当かな。
中学だととんでもないのがいたけど。
そんなことを考えていたら斜め後ろの女の子から声かけられた。
「あの・・・私、細川、細川かすみです、よろしくね」
「はいっ 滝沢貴美ですっ 秋田から来たんで良く分かりませんけど
よろしくです」
うん・・・噛まなかったぞ。
「え・・ご家族の転勤か何か?」
「伯父のところで世話になってますから。生まれは東京ですけど小学校は大阪
中学は秋田、です。大阪弁と秋田弁が混じって変かも・・・」
「ううん、全然気にならないから大丈夫。ところで髪の毛染めてるの?」
「これ地毛ですよ。珍しい色らしいですけど」
「へぇー 見たこと無い色だから注目してたんだ。あ、私、陣内瑞恵です。
割り込んじゃったけどよろしく」
それぞれ自己紹介してたら担任がやってきた。
「はいはい。とりあえず座って。担任の吉田宏といいます。担当は化学ね」
40位かな。眼鏡をかけた優しげな先生。まぁどうなのかはまだ分からないけど。
「入学式まで1時間ちょっとあるから一人ずつ自己紹介。最初から顔と名前が
一致するわきゃないけど、やらないのも無理があるからな。それじゃ・・
一番最後の渡辺君から」
入学式が終わったらそのまま解散ってのはよく分からない。父兄と記念撮影
したりしながら三々五々帰る。これは伯父の時代から変わらないらしい。
従姉妹達が何か話が長引いているから待ってるようにメールが来たから
校庭のベンチに座っていたらいきなり呼ばれた。
「あの・・・僕と付き合ってもらえませんか?」
ふむふむ・・・これがナンパというものですか。告るというのは違うんだろうな
ちょっとイケメン風だけどチャラい。・・ところでこの人誰?
「・・・どちら様でしょう?」
「あ・・3組の川島雄二といいます」
「で、私の名前はご存知なんですか?」
「細川さんですよね?」
「言われるまで名乗らず、人の名前も覚えていないし、
話したこともない相手に付き合えと?」
「あ・・違いましたか?お名前は?」
こいつ馬鹿じゃね?
「ごめんなさい。名乗るほどの者じゃないですから。失礼します」
従姉妹が戻ったので坂を下ったところで先ほどの話をしてみる
「さっそく来たのねー 入学式からかぁ」
「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!って名前も確認しないで付き合えって
慌ててたのかねぇ・・可愛い男の子じゃない。どうするの?」
「どうするって、ごめんなさいしましたケド・・・どうしてこうなるんでしょ?
この前秋葉原に買い物に行ったら大きいお兄さん達に写真撮らせてくれって
何回も頼まれたし、メイド喫茶の店員さんにバイトしないかって言われたし」
「どうしてって・・そりゃとりあえず見た目でしょー 会話したこともないのに
付き合えってのはそれだけしかないよねー」
「中身はどうでもいいってこと?何だか馬鹿にされてるみたい」
外見は確かに変わってるけど中の人が変化したとは思ってない。
相変わらず自分を表現するのが苦手でどんくさいのが実際のとこ。
「あのさぁ・・近頃はやりの一山いくらで売ってるアイドルグループあるでしょ?
あんなのより絶対可愛いから。個々で比較してったら全部撃破できるよ。むしろ
ストーカーとかまとわり付かないか心配なの。」
亜美さんが真面目な顔になって言う。
「話したっけ?私達、高校時代わざと髪型同じにしてたって。クラスの中や親しい
とこでは見分けが付いたけどそれ以外では混乱させるのが簡単だったのはストーカー
対策もあったのよ。お父さんのとこに来て、外見だけじゃなくて自分磨きしだしてから
かな。人生最高のモテ期に突入したのは。付き合えってのを毎週振り払ってたんだけどね
別の男子校の子がストーカーになっちゃって・・諦めさせるのに苦労したよ。
途中で入れ替わって振り切るつもりが彼は警察のお世話になっちゃったんだけど」
由美さんが携帯をいじりながら付け足す
「お父さんは教頭先生が後輩だと気が付いたんでちょっと話してくるって。
ちょっと話すんだかちょっと首絞めるんだか知らんけど・・・
ベルビー赤坂あたりで遊んでてくれって。お昼何がいいか決めといてくれ・・だそうよ
おねーさん、最初から脅かしてもしょうがないでしょ。今は携帯とかメールで簡単に
連絡取れる時代だからそこらへんだけ気をつけとけば大丈夫じゃないかな。電話番号と
メルアド簡単に教えないのと、どうして貴美ちゃんと付き合いたいのか聞いて
可愛いとか言われたら外見だけですか?と問い返してにっこり笑って
ごめんなさいでいいんじゃない?」
「あー別に男の子と付き合うなってことじゃないからね。それはそれで楽しいし、
お父さんもそこらへんは寛容だから。『門限無し。ただし遅くなるなら連絡しろ』だし
『腹ボテで相談に来ないように』だったっけ」
顔が赤くなる話を歩きながら平気でするのが困る。
「ちょ・・・エスカレーターに乗りながら公衆の面前でするような話では」
由美さんが耳元で囁くように
「高校1年のGW明けだったかな。居間の机の上にコンドームが置いてあって
失敗するなってメモが付いてたし。必要ならあげるからいつでも言ってね」
自分の耳まで真っ赤になってるのがわかるけどどう反応すれば良いのかな・・
いじられてるの分かってるけどしゃれた返事はできそうもない。
「もうっ、今のところ不要ですっ」
「ふむふむ・・・近い将来に必要になるっと」
2人して意地悪なんだからもう・・・
「冗談はともかく安売りすることもないよ。ぴちぴちだし今までの15年より
いい男が出てくるのは確実だからね。で、お昼何が食べたい?」
「赤坂だしおごり確定だからうなぎでどう?」
「うなぎ?行き着けでもあるんですか?大好きですけど」
「それじゃ決定ー」
アンティークのブローチ見ていると伯父がやってきた。
「お待たせ、うなぎでいいかな?入学祝の食事はどこかでちゃんとやるとして
とりあえずお昼にしよう」
「えー?どうして分かるんですか?」
「そりゃ、何年も同じような行動半径で一緒に行動してりゃそれなりに」
駅近くの店へ入って行く。小さな個室っぽいところへ通されて伯父が注文する
「えっと壜ビール2本エビスで。グラス4つ、先にお茶1つください
う巻2つ、肝焼き4本、お新香2つ、うな重4つ・・他にリクエストは?」
「骨せんべい1つ」
「え・・グラスは3名様と・・」
「あ、1つは献杯用だからそこに置いといてください」
仲居さんが納得したように私の前へお茶を置いてくれた。
「それじゃ献杯」
お茶がビールのグラスとすっと入れ替わる。未成年の言うことじゃないけど
美味しい。急に気温が上がったし、朝食後水分をとっていないことも
影響してるんだろう。しばらくすると、う巻きや肝焼きが出てきた。
卵と鰻のコラボレーション ♪ 肝焼きも苦くないし味が凝縮されてる感じ。
追加のビールが運ばれている間は目の前にお茶が置かれている。
何となくこの家のルールにも慣れてきたみたい。
ジュース飲みながらうなぎ食べるとかはご遠慮申し上げます。はい。
話の中心は高校のことになるのは当然で・・・
「クラブ活動とか盛んなんですか?」
「都立だしねぇ、しょぼいけど一通りあるからオリエンテーション聞いて
から選んだら?何でも好きなのやればいいよ。帰宅部で好きなことやってもいいし」
「伯父さんは何やってたんですか?」
「ん・・今言うと余計な先入観与えるから決めるまで黙ってる。
アドバイスできるとすれば・・運動系で中学でもありそうなのは
レギュラー取るのは難しいだろうね。3年間のアドバンテージはでかいよ」
「私達も黙ってるよ。自分で選ぶのが楽しいだろうし、気を使うこともないから」
「合気道はさすがに無いしねぇ・・自分で道場通ってもかまわないよ黒帯だっけ?」
「一応、、2段ですけど、このまま続けるか迷ってます。」
「生徒会なんてのもあるけど面倒なだけだし・・お父さんの頃は無かったけど」
「え?クラブの予算とか支給されたんですか?」
「学園紛争のあおりでな。かなり荒れた時期があってその時に生徒会が無くなった。
俺が入学する3年前に無くなって卒業後2年で復活したらしい。今じゃ考えられない
だろうけど学食も売店も校内に無かったから塀乗り越えて飯食いにいくのが
日常茶飯事でな。赤坂の街にパチンコ屋が一軒も無い時代で午後から
雀荘に入り浸ってそこで飯食ってるのもいた。
クラブの部費もみんなで持ち寄ってそれで自主運営してたんだわ。
JRじゃなくて国鉄がストやると休校になって、学校に来た奴らは暇だから弁慶橋や
千鳥が淵でボートに乗って集団デートというかなんというか・・・男女でボートに乗ってる
のは周りの女子高の連中に聞いたら凄く羨ましかったらしいぞ。
赤坂東急のロビーで学ラン脱いだだけで煙草吸ってたら目の前を教師が
横切ったんで停学覚悟したが教師がにやっと笑って手を挙げて
挨拶してお咎めなしとか・・今に比べれば無茶苦茶だったけどそれなりに楽しかった。」
「私達のときにはもう校舎も新しくなってたしね。ごく普通の都立高になってたよ。
定員割れするんで募集人数も少なくなってたし、ほのぼのしてて丘の上の別世界って
感じだったかなぁ?こじんまりしていて特徴が無いというか、馬鹿さ加減の次元が違う
というか。部活動の費用はちゃんと支給されてたね。」
「お父さんより前の最優秀都立高校、お父さん時代の学校群初期激闘篇時代、私達の
のほのん普通な平和維持時代、で、貴美ちゃん達の指定校受験に必死だな時代ってとこ」
「女の子に声かけるのは昔からの伝統?」
「どうかねぇ?時代が違うし。俺の頃は通学のバスの中で女子高の子と挨拶して喋った
だけで向こうの学校の話題1日独占できたらしい。
次の日バスん中で周りの視線が痛かったりしてな。
慶応女子とか東洋英和とかのさばけた学校じゃないのが回りに
多かったせいもあるんだろうね。
でも校内ではごく普通に女の子と喋ってたけどなぁ」
「私達のときにはけっこう多かったね。最初の頃は上級生とか校内が
多かったけど1年の終わりからは他の学校の子だあね。
ひどいのはごめんなさい言われるために下校待ちしてるしてる男子校の子とかまで。
今にしてみれば可哀想なことをしたと思うよ。後悔はしていないけど。
でもクラスの子とかはごく普通に喋ってたしみんなで遊びに行ったり全然平気だったよ。」
ふむふむと聞きながらうな重を食べてるけどこれ本当に美味しい。
香ばしいしうなぎがとろけるような食感、疲れたらうなぎでビタミンAを
補給するのがベストかも
消化に時間がかかるのが欠点だけど落ち着いてお昼食べる機会なんてそんなにないし。
「ま、失敗しなきゃいいよ」
伯父の一言でお茶を噴きそうになって悶絶したのは食後のお話。
この人達ちょっとH