動画
東京では桜が咲いているのにここは鉛色の空と湿った雪。
高校の制服と薄手のスプリングコートに婆シャツだとまだ寒い
泊まっていたホテルから5分もかからないで中学に着く。
自分の中で嫌な記憶が甦ってくるのが良く分かるんだけど、
何か違和感がある。何だろう?半月前だったら足が竦んだり
恐怖感で家を出るのも嫌だったんだけど、今は何の感情もなく
見ていられる。後2時間半で卒業式が終わったら良い思い出が
まったくなかったこの町から出て行くんだ。
そこまで馬鹿だとは思わないが万が一ってこともあるからと
超小型のビデオレコーダーを何台か身に付けさせられた上に
ボールペン型の隠し撮りができるのが胸のポケットに刺さった
状態で稼動してるし、携帯を使った通信システムもスタンバイ。
「さ、行こうか」
伯父に促されて校門へ向かうと懐かしい顔を見つけた
「師範、先輩、おはようございます。お仕事ですか?」
「あぁ、滝沢さんかぁ!誰だか分からなかった。おはよう!
卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます・・こちらが私の伯父と従姉妹です。
こちら合気道でお世話になっていた師範と先輩です」
「これはこれは・・貴美がお世話になりました。急なことでご挨拶も
できずに東京へ転居することになりまして」
如才なく伯父と従姉妹が挨拶する。
「今日は警察官としての仕事ですよ。何もなければそれで良いんですけどね
マスコミも取材に来てるし。雪があるから族が乗り付ける可能性も薄いです
・・・それにしても大変身だねぇ・・声かけられなかったら分からなかったよ」
「中学の制服も無いですからね。服が違うのは教育委員会のお墨付き」
持参した上履きに履き替えて伯父達と別れて教室へ向かう。
「それじゃ行ってきます」
「うん。しっかり顔見てこい」
伯父が私の頭をぽんぽんと叩く
「まぁ、もちつけ」
亜美さんが両肩をぎゅっと握ってくれる
「いっけー」
由美さんがお尻をぽんと叩く
ゆっくり歩いて教室の入り口に立ち、深呼吸して扉を開けた瞬間
ざわついていた教室が一瞬にして静まりかえる。みんなこちらを
見てるけど見慣れない制服を着ているのが誰だか認識できないみたい。
さっさと自分の席に座る。机の中もロッカーの中も全部持ち出してるから
再チェックの必要もない。隣の女子が恐る恐る声をかけてきた。
「た、滝沢さん?」
「そ。髪切ってコンタクトにしただけだけど」
「嘘ー。言われないと分からないよ!知らない制服だし」
わらわらと女子が集まってきて矢継ぎ早の質問責め
東京の学校?一人暮らし?何処に住むの?髪の毛染めた?etc,etc
「これ都立高校の制服。伯父のとこに世話になってる。これ地毛」
こちらはわいわい話してるけどいじめた奴等はひと塊になって
こちらを見ながら小声で何か話している。なんだ、やっぱり
人目があると何もできないヘタレだったんだ。
どうして今まであの程度の連中が怖かったんだろう?
自分の中で気がつかないでいたスイッチがかちりと入った。
担任が教室にやってきて目が合ったけど、挙動不審でおどおどと
目を逸らす。何かあったのかな?
「えー最後のホームルームを始める。最後の出欠だな。返事の後で
立って行き先言ってくれ。後でプリントしたの配るけど恒例だからな」
「相沢英明」
「はい。秋田南」
「五十嵐有紀」
「はい。秋田」
「・・・・・」
「・・・・・」
「滝沢貴美」
「はい。永田町」
一瞬教室の空気が凍ったみたい。担任がこちらを見る。
「都立だよな?それが制服か」
「はい」
まっすぐ目を見据えて返事ができる自分に驚いてる。頑張れ自分
「スカート少し短くね?」
「制服じゃなくて標準服ですから。スカートの長さは規定が無いそうです」
「ま、いっか。おめでとう。・・で・・津山雅彦」
「はい。秋田北」
目を逸らすようにして出欠の続きをやってる。傲岸不遜組合マンセーに
何があったんだろう?
「・・ということで最後の学校行事、卒業式だ。締まっていくべ」
全員立ち上がって体育館に向かう。予行練習とか全然出てないけど
大丈夫かなぁ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うん。転ばなかったし歌は口パクで誤魔化したし。
卒業証書と証明書は貰ったからもう用はないんだけど
奴等が最後にからんできた。空き教室に連れ込まれて
生意気だの何だの例によって難癖つけてるつもりなんだろうけど
チンピラ以下がいきがってるとしか見えないんですが。
刃物持ち出さない限りきゃーとか怖いとか止めてとか
騒げと言われてるけど誰も来ない。殴られたら痛いと
騒げって・・どうしたんだろ?とうとうカッターナイフ
ポケットから出して脅かしかけてきたんですが。
人の顔切るですって?胸倉掴んでそれは無いでしょう。
師匠も言ってたっけ。
『やるしかないときはやれ。最初の一撃で全力を出せ』
息を吐きながら腰を落す。胸倉掴まれてるから首が絞まるけど
気にしない。左手で奴のカッターナイフを握った手首を押さえて
右手の掌底一発。ストローク大きいと首の骨折りかねないから
ほんの10㎝。周りも何やったか見えないし。
「ぐぇっ」
脳震盪起こした瞬間に右手をひねり上げてカッターナイフを落すと
同時に巻き込んでおもいっきり投げ飛ばしてやった。
頭から落すと危ないから肩から落ちてもらったけど白目剥いて失神してる。
「このっ」
取り巻き連中が唖然としながらも周りを囲む。5:1だと手加減できないな・・
「そこまでっ! 動くなっ」
師範と先輩が入ってきて止めてくれた。
「こいつが投げ飛ばして暴れたんですよ」
腰巾着が人を指差して原因を捏造する。
「「「「そうだそうだ」」」」
回りも調子に乗って自分達はいい子を演じているつもりらしい。
刃物振り回していたのは意識が戻ったけど何が起きたか理解していない
「それじゃこちらで一人ずつ話聞こうか」
校長室の前に椅子が離して置かれ一人ずつ事情聴取された。
「失礼します」
校長室に入ると校長、教頭、担任、警部補の師範の他に伯父と従姉妹がいた。
「すまん。本当にあそこまで馬鹿が揃ってるとは思ってなかった。
亜美由美押し留めるのに手間取ってしまったんだよ。とりあえず胸のペンカメラ貸して
亜美由美、診断書書いて。刑事告発に必要だから」
「ふん・・・相手が刃物持ってるのが分かったから乱入して
ぶっとばそうと思ってたのに。貴美ちゃん大丈夫?こっちへ」
パーティションの陰で怪我が無いかざっとチェックされた。
「腹部を殴ってるんだね。顔だとすぐばれるからか・・陰湿だわ」
「痛む?全治2週間ってとこだね。しばらく安静にして要観察っと」
「今までやられたのに比べれば大したことないです・・でもあんな程度の低い
奴等にいじめられてたなんで嘘みたい。刃物取り上げるつもりで払ったら
簡単に飛んだし。」
伯父がペンをパソコンのUSBに接続して動画を関係者に見せている。
「言いがかりをつけて教室から誘い出すところからいじめ、暴行、刃物を
取り出したので抵抗して手首押さえられて払われるとこまで鮮明に映ってますね。
刑事告発の証拠として十分だと思います。医師の作成した診断書、後は
供述調書で我々の提出物は全てですね?」
伯父が警部補に対して確認していた。
校長が青い顔して伯父に抗議する
「卒業式当日の不祥事で申し訳ありません。生徒の将来もありますのでここは
穏便な処理を・・・」
校長の言葉を遮り伯父が反論する。
「去年も同じ生徒達が問題を起こして刑事告発見送ってますよね?学校に提出した
証拠や書類が警察に廻っていないともれ聞いていますが?で、あの連中をこのまま
高校へ送り出し問題を先送りすると・・・・」
「それは・・・」
「自己防衛ですか?当然管理職としての責任は問われるわけですわな。
担任の先生はいじめを見てみぬふりをしていた・・・っと」
担任が堪りかねて私に向かって怒鳴りだした
「知るかボケェ!毎回俺に逆らいやがって!気に喰わないんだよ!」
すっと亜美さん由美さんが私の前に割り込む・・・アーモンド形の大きな目が
釣りあがってから細められた。瞳の色が無い・・まじで怖い。
大きな猫科の動物が怒ってる
「本音が出たわね。この無能教師が」
「ひっ・・・お前らが何騒いでも組合員だから首にはできねぇんだよ!」
にやーと由美さんが笑って桜色の唇をつりあげた。
「はいはい、ワロスワロス。いじめを放置して怪我しても放置していた
教師が報道されて叩かれるのを組合が助けるとでも?おめでてーな。
鑑識の車追尾してきたのかねーマスコミの人間らしきのが校内に
入ってきてるけどさぁ。卒業式の日にいじめがからんだ傷害事件!
格好のネタだねぇ」
「ぐぅ・・・・」
担任が真っ赤な顔で口ごもる。ここまで馬鹿なのが先生やってるなんて
どこか間違ってるんでしょうけど。見ていて悲しくなってきた。
「分かった! 謝る、謝るからっ」
担任は2人に向かって頭を下げた。
「はぁ?何ボケかましてんの?この無能が。謝るのは貴美に対してでしょうに!」
「分かった!すまなかった!」
担任がこちらへ頭を下げる。頭の中が空になって勝手に言葉が紡ぎ出される
「先生、服装が乱れてますよ。。服装の乱れは心の乱れ、反省だけなら猿でもできる
これ、先生の決めセリフでしたよね・・・いつも生徒に反省させるときどんな格好
させてましたっけ? その格好で反省してもらえます? まさか自分でできないポーズを
生徒に強要していたってことはないですよね」
頭の血管が切れそうな顔色で正座する担任。でも見苦しいだけ、美しくないな
「校長教頭は教育上の指導として許可していたってことですか。で、管理職として
生徒に対する反省の上謝罪はいっしょになさらないんですかぁ?」
雁首揃えて3人土下座。でも全然すっきりしない。謝罪されても忌まわしい記憶は
消えないんだ。
「ふっ・・・無様ね・・謝罪してもらっても気分悪いだけだからもうお終い」
30分ほどかかって調書を取られた。伯父も同席してくれたけど正直に答えなさい
と言って後は黙っていてくれた。最後に容疑者に対する処分をどうしたいか
聞かれたけど少年法のからみで重罰は無いみたい。でも、厳罰に処してくださいと
言った。終わって部屋を出ると亜美さんが動画のコピーを警部補に渡すところだった。
「あぁ、お疲れ様でした。せっかくの卒業式が大変なことになったねぇ・・
でもこれで終わりですから帰ってかまいませんよ」
警部補が続ける。
「前回の件は別ルートから証拠の収集ができましたので立件する方針です。今回
の件は暴行と銃刀法違反、傷害未遂、同幇助、犯人隠匿と悪質で動画の証拠付
ですから確定でしょうね。一人ずつ保護者同席で動画見せたら全員簡単に自供
しました。主犯格は保護施設にお泊りです」
「あのう・・私が払ったのも傷害罪になるんでしょうか?」
「刃物持ち出して脅かされ刃物取り押さえようとして抵抗して投げただけだから
正当防衛。あの動画見て起訴できる検事はいないでしょう。公判担当する検事では
ないですけど、証人として呼ばれる可能性もほとんど無いでしょう。さっさと忘れて
新しい生活になじんでください。もし合気道と護身術続けるなら東京の道場紹介
しますから」
「大変お世話になりました」
タクシーに乗り込む前に伯父が師範に深々と頭を下げる。私達も慌ててそれに倣う。
「「「ありがとうございました」」」
「いい人達にめぐり合えたみたいだね これからも頑張って!」
師範も深々と答礼してタクシーを見送ってくれた。
「はぁ・・終わった・・・腹減ったけど空港で何か食う時間あるかね?」
伯父がのんびりした口調で呟く
「ったく・・搭乗まで1時間以上あるから大丈夫でしょ」
「あのう・・・奴等は学校どうなるんでしょう?」
最後まで気になってたことを口にしてみる
「気にすることもないんじゃない?関係ないし。中学は卒業、高校で退学は無いな」
「そうですか・・良かった」
亜美さんが猫科の笑いを浮かべながら付け足す
「確かに・・入学取り消されりゃ退学のしようがないか」
「え?入学取り消し?」
「まぁ、高校で欲しい生徒でないことは確かだな。警察は高校に連絡する必要は無いし
高校が個々の生徒に関して警察に調査依頼することもないからそのままか。
でも、今度警察沙汰何かやらかすと普通の生徒と扱いが違うだろうね。抑止力にはなるよ」
「いじめられてやりかえすのも嫌なもんでしょ?自分が悪くなくても何か動けば
自分が傷つくし。やっぱりちゃんと周りと付き合わないとね」
「ですねー結果的に投げ飛ばして罠にかけたようなもんだけと面白くもなんともなかった」
「だあね。高校で友達ができるとは思うけどさ、彼氏はどうよ?」
「さぁ?予定は未定だし・・・」
「とりあえず最初から携帯とアドレス聞いてくるのはパス。名乗らないのも同じだね」
「きりたんぽ食べて酒飲む時間はあるかなぁ・・秋田には大吟醸で秀吉という酒があってだな・・」
この人達で助かったのは事実だけどやっぱり変・・・・・・・