夏休み
夏休みって何?それって美味しいの??
夏の強烈な日差しの中、坂を這い登って登校するのはしんどい。
冷房の効いていない更衣室で着替えるのはもっと辛い・・・
更衣室で道着に着替えるとき、ジャージに着替えるのと違うのは最初に
足袋を履くことかな。くるくるっと道着に着替えて帯を締めて
袴を着ければ準備完了。ん?簡単に書きすぎだと?
下着はそのままでも平気だし、キャミやTシャツは身に付けても
付けなくても構わないって言われた。
実際には道着の下に汗取り用Vネックのノースリーブシャツと
スパッツを着てる。道着だけだと透けるからエチケットみたいなもん。
最初は2年生総出で着付けというか着かたを教えてくれたけど、
合宿までに着崩れない着付けができるようにならないと話にならないらしい。
ちょっと、そこの貴方、そう、この文章読んでる鼻の下が伸びてる貴方ですよっ。
女子の袴姿に何かとんでもない妄想してない?妄想を撃砕くようですが、
ちゃんと下着着てます。それに馬乗り袴だから転んでも何しても下着は見えないし、
着物だからって道着着てるから脇の下もガードされてますから。
袴の脇から手を突っ込んでぼりぼり掻いても横から見えないという凶悪な
防御力を持っているから血走った目で期待を込めた視線を送らないようにね。
私は何年間か着ていたからざっくり着れるけど生まれて初めて着る人にとっては
大変みたい。きちんと帯が締められなくて女子だと着付けが下がって、
男子だとずり上がるのはお約束。
帯の結び方もざっと思いつくだけで6種類あるし。いつも使うのは
片ばさみか横一文字時々一文字かな。
「たっきー、手伝って!」
かすみが袴の紐で手間取ってる。帯の締め方がきつ過ぎるのと後下がりで
着付けると後で緩むのよねぇ
「しょうがないなぁ・・帯、締めすぎだよ?苦しいでしょ。」
ほどいてから締め直さないとどうしようもない。
和服を初めて着る人が帯をきつく締めれば着崩れないという
固定概念に囚われてる。
「このくらいで十分。そうしないと道着を整えるのもできないし
ゆったり呼吸できないでしょ?。
前が下がるような締め方にしないと後で解けるんだよ。
今度着付けの特訓だね。30回も着たり脱いだりすれば体で覚えるよ」
「いいなー 袴着慣れてるのって。今度特訓手伝ってくれる?」
「やろうやろう!うちでもいいし。ついでに浴衣の着付けも!
どっかエアコンの効いてるところでやろう!」
「浴衣かぁ・・従姉妹から借りるかな・・買ってもそんなに着ないし」
「たっきー、普通に着付けできるの?」
「さすがに振袖は無理があるけど普段着ならできるよ。
冬になったらみんな着物に袴でしょ?
着付けできるようにならないとマズーじゃない?」
「確かに・・・でも着物って高いよねー」
「そんな時は古着ですよ。私のは帯なんかも全部千円均一で揃えたし、
家で箪笥に眠ってるのが使うと言えば出てきたりするんだな。
ということでさっさと着替えて練習練習。急いで道場に集合して床掃除ね」
と主将に言われてぞろぞろと更衣室を後にする。
道場から更衣室が遠いのが欠点だわ。
実際に的を射るようになってから練習の密度が上がってきた。
巻藁を射るか的に向かって射るかその控えで射座の後で控えているか
矢の回収に廻っているか・・・手が空いた時に必ず水分を
補給するようにと言われているけどそれも忘れるくらい忙しい。
「ほらほら、余計なこと考えないでいいから、
上手くやろうなんて考えてもできないんだから」
先輩の叱責も以前の具体的なアドバイスや落ち着けといったことから
より実戦的なこと変わってる。3年生が出てこなくなったあたりから
2年生が気合入りまくりってのはどうなんだろう?
合宿は7月末に4泊5日だって。ランニングとかあるわけではないけど、
授業終わってからの練習でもけっこうきついのに、
1日弓を引いているってどうなるのかなぁ?
朝は座禅から始まるし、お坊さんがいるわけでもないからOBが代役で
1年生叩くとか叩かないとか脅かしてるんだよねぇ・・
人数の少ない伯父の時代はお寺で合宿してて本当に宿坊で寝泊りした上で
やってたみたいだけどその名残なんだそうだ。
それにしても上達しないなぁ・・・的に向かって一番前の射座につくと
目の前に大きな鏡があって全身が映るけど最後まで姿を見ながら
引けるわけではない。でも自分の姿が下手を表現しようとするとこれ以上の
描写は無いくらいなのが嫌になる。
主将の凛とした佇まいも村石先輩の豪快さも新井先輩の静寂さも
平田先輩の流れるような所作も無い。
初めて矢を放ったときの固まりきった緊張感は無いにしても
制御系の壊れたロボットみたいなのが弓を引いてる。
他の武道と決定的に違うのは人を相手にしないことだと先輩に言われたけど
段々その言葉の意味と重さが分かってきた。
「先輩~何かちゃちゃっと上達するこつみたいなのってないんですか?」
瑞恵が回収してきた矢を拭って矢立に納め、スポーツドリンクを
一口飲んで先輩に聞いている
「ねーよw あれば俺がとっくにやってるし」
村石先輩がかけを外して次の回収当番に廻るためにタオルで汗を拭いながら答えた。
「自己嫌悪に陥りそうな悪寒」
「気が付かないのが当たり前なんだけどさ、自分が下手だと自覚できる程度には
上達してるって分かる?」
「「あ・・・・」」
「そ。そーゆーこと。合宿終わればそれなりに見られる程度にはなるよ。
秋か冬の始まりには自分の弓というか方向が見えてくる・・かもね」
「合宿って大変そうですね・・・」
「1年の時は無我夢中だったな。珍しく平田先輩が本気モード入って全員涙目、
本郷さんなんか半分泣きながら・・うぐっ」
村石先輩の首に切れた弓の弦が巻きついてくいっと締まった。
「村石くぅ~ん、矢の回収お願いできるかしら?」
瞳の虹彩から彩色が消えて、黒いオーラ全開、唇がつり上がって
小悪魔が中悪魔にグレードアップしたように見える主将が村石先輩の耳元で囁く。
「うわ、何をするやめd:;5th」:dふじこ・・ぜーっぜーっ り、了解」
「うふっ 遊びに行く予定も無いし夏休みから合宿は本気モード全開で逝こうかしら」
主将がサディスティックな微笑を顔に貼り付けて弦を緩めた。
大丈夫かな、この合宿・・・・・・