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未来商会奇譚

サジタリウス未来商会と「仮想の時間」

川上という男がいた。

年齢は40代半ば、都内の企業で働く平凡なサラリーマンだ。


「時間が足りない……」


それが彼の口癖だった。

通勤に片道1時間、会社では書類に追われ、家に帰れば妻や子供の世話。

趣味に使う時間も、自分自身を見つめ直す余裕もないまま、ただ日々が過ぎていく。


そんな彼が、ある雨の夜、奇妙な屋台を見つけた。


路地裏にひっそりと佇む古びた屋台。

その看板には手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


川上は足を止めた。


屋台の中には、白髪交じりの髪と長い顎ひげをたくわえた痩せた初老の男が座っていた。

その男は、鋭い目でこちらを見上げると、穏やかに微笑んだ。


「おや、いらっしゃいませ。川上さん、お待ちしておりました」


「俺を待っていた?どういうことだ?」


「まあまあ、どうぞ。今日はあなたにぴったりの商品をご紹介しましょう」


男――ドクトル・サジタリウスは、懐から奇妙な装置を取り出した。


それは小さな楕円形のデバイスで、中央には時計の針のようなものが動いていた。

サジタリウスはその装置を川上に見せながら言った。


「これは『仮想時間生成装置』です」


「仮想時間?」


「ええ。この装置を使えば、あなたの1日に追加の時間を作り出すことができます。たとえば、あと1時間あればやりたかったことを、すぐに実現できるでしょう」


「追加の時間を……そんなことができるのか?」


「もちろん。使い方は簡単です。デバイスを起動し、増やしたい時間を設定するだけです。ただし、仮想時間を使った分だけ、現実の時間には少し影響が出ることがありますがね」


「影響って?」


「まあ、詳細はご自身で体験していただくとして。試してみませんか?」


川上は半信半疑だったが、試しに使ってみることにした。


家に帰ると、川上は装置を取り出し、説明書を読みながら操作を始めた。


「とりあえず、1時間増やしてみるか……」


装置の針を操作すると、ピタリと止まり、装置から微かな振動が伝わってきた。

その瞬間、時計の針が不思議な動きを始め、周囲の感覚が少しだけ変化したように感じた。


増えた1時間で川上は、久しぶりに趣味のギターを弾いてみた。

以前は手が回らなかった楽譜を練習し、満足感を得た。


「これはすごい……本当に時間が増えたんだ!」


翌日、彼は出勤前にさらに2時間を追加し、読みたかった本を読み切った。

さらにその翌日は、家族が寝静まった後に3時間を追加して、自宅の模様替えを終わらせた。


時間が増えることで、これまで先延ばしにしていたことを次々にこなしていく。

川上は装置に完全に魅了された。


だが、数日経つと、奇妙なことが起こり始めた。


朝、目を覚ますと体が重い。夜更かしをしたわけでもないのに、疲れが取れないのだ。

それだけではない。会社に行くと、部下のAが不満げに話しかけてきた。


「課長、昨日頼んだ書類、まだチェックしてもらえてませんよね?」


「そんなはずはない。確かに見たはずだ……」


川上は首を傾げた。だが、確認してみると、確かに書類は手付かずのままだった。


「おかしいな……」


さらに、家に帰ると妻がこう言った。


「昨日、約束してた子供の宿題を手伝ってくれるって言ったのに、やらなかったわね」


「そんなはずはない。確かにやった記憶があるんだが……」


周囲の人間との間で、現実の記憶に齟齬が生じ始めているのだ。


不安になった川上は再びサジタリウスの屋台を訪れた。


「おかしいんだ。この装置を使い始めてから、記憶が曖昧になるし、現実の時間に追いつけなくなってきた!」


サジタリウスは静かに頷いた。


「それが仮想時間の特性です。あなたが仮想の時間で何かを成し遂げたとしても、現実の世界ではその時間は存在しなかったことになります」


「存在しなかった?じゃあ、あのギターの練習も、模様替えも、何もかも?」


「あなたの頭の中には残ります。しかし、現実の人々には共有されていないのです。結果、あなたが現実から少しずつ浮き上がってしまうのです」


川上は愕然とした。


「じゃあ、どうすればいい?」


「簡単です。この装置を使うのをやめ、現実の時間を生きることです。仮想の時間は便利ですが、現実には何一つ残りません」


川上は迷ったが、最終的に装置を返却することを選んだ。


その日以降、川上は以前のように忙しいながらも、現実の時間の中で生活を送るようになった。


最初は不便に感じたが、家族との約束を守り、仕事を一つ一つこなすことで、小さな達成感を得られるようになった。


そして、ふと気づいた。


「時間は限られているからこそ、価値がある」


その言葉を胸に、川上は自分の歩幅で人生を歩み始めた。


【完】

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