悪役令嬢、現代に転生して乙女ゲームで過去の男を罵倒する
「はぁぁぁぁ……ムッかつきますわ!!!なんですのこの男!!!」
そう叫びをあげながら彼女は隣に置いてあった枕を殴る。しかしそれでもイライラが収まらないのか、罵倒しながらブンブン振り回す。
何故彼女がここまで怒っているのか。それを説明するには約一時間程前まで遡ることになる。
*
約一時間前
休日の真昼間にリビングで寝っ転がりながらスマホを弄ってぐうたらしている少女が居た。
少女の名前は佐々木麗羅。頭はそこそこ良く、顔も割と美人な部類に入るが、何処にでもいる16歳の普通の女子高生だ。そんな麗羅は花のJKともあろうに外に遊びに行くことも無く暇を持て余していた。
「あぁ……暇だわ〜。イン○タも更新されないし、遊びに行く程用事があるわけじゃないし……」
暇を持て余し過ぎて溶けてしまうわーと呟きながらソファーでぐでんとしていたら、突然リビングの扉が開いた。そこには、欠伸をしながらのそのそと入ってくる姉の莉亜の姿が見えた。
「あっ、おねーちゃんおはよー」
「んー……おはよー麗羅。あんたJKだってのに日曜日の昼間にこんなグダグダしてていいわけ?外に遊びに行きなさいよ」
「やだよ、暑いしさー。でもさー暇なんだよね。なんか面白いことない?」
「面白いことねぇ……」
莉亜は一度考えたあと、ちょっと待ってなさいと言ってリビングから出て行く。そしてその数分後、何らかのゲーム機らしきものと、ソフトらしきものを手に持って戻ってきた。
莉亜はそれをこれ、やってみない?と言って麗羅に渡してきた。
「これ、この間出た新作ゲーム『恋のパラダイス~貴方のハートにロックオン♡~』って乙女ゲームなんだけど」
「なにそのコッテコテなタイトル!?面白いわけ!?」
「面白かったわよ!特にルイス様!素敵すぎる……!!」
「へぇ……どれ?」
「うーんとね」
これよ、と指を指したのは表紙に居る沢山のイケメンの中の右奥に居た緑の髪の人だった。へぇお姉ちゃんこんなのがタイプなのか……意外かも。……と考えていたら、この表紙にいる男達が何となく見覚えのある気がした。そんなわけがないのに。
(おかしいな……。こんな表紙見た事ないのに無性に腹が立ってきたわ)
なんかとてつもなく殴ってやりたい。特に表紙の真ん中にいる金髪のやつ。と思いながら無意識に拳を握っていると、莉亜は気に入ったと勘違いをしたのか「気に入ってくれたみたいで嬉しいわ!是非ともルイス様をよろしくねぇ〜」と言って自身の用事を済ませて部屋へ戻っていってしまった。
残された麗羅はゲーム機とソフトを交互に見る。
「……なんか、無性にムカつくけど……まぁ暇だし、やってみようか」
何故こんなにも腹が立つのだろうか?そう思いながらも麗羅はゲーム機とソフトを持って自身の部屋に向かって行った。
それから、部屋に戻った麗羅はゲーム機にソフトを入れて電源をつける。ついた画面にはあのコッテコテなタイトルがドンッ!!と出ており、暫くするとOP映像が流れ始めた。
とりあえず一通り観ておくか……と考えながら眺めていたその時だった。
「えっ……?」
OP映像の一瞬、たった一瞬だった。
だけど、何故だか目が離せなかった。
そう、私はコレを『知っている』。見たことがあるんじゃない『体験』をしているんだ。
「私は、このゲームの……。この中に居た令嬢だ」
たった一瞬に映っていたモノ。
それは佐々木麗羅の前世だった。金の髪にドリドリのドリルを纏い、取り巻きを従え、常に高笑いをしていたこのゲームの悪役……『レイラ・アクヤークレイジョー』その人だった。
それを思い出した瞬間、麗羅は前世……この世界で起こった全ての記憶が蘇った。
婚約者だった王子が別の女を選んだことも。
どうしても王子を振り向かせたくて頑張ってアピールしていたことも。
そのアピールが全くの無駄だったことも。
あの女が私を嵌めたことも。
……私が、追放された先で殺されたことも。
全部全部思い出した。
「はぁぁぁぁ……ムッかつきますわ!!!なんですのこの男!!!」
そして冒頭に戻る。
麗羅はかつてこのゲームのヒロイン……アンジェリカと、その時にくっついた王子、レオンにありったけの暴言を吐きまくった。だって、ムカつくでしょ?
「あああああ!!!!よく良く考えれば私何も悪く無いですわ!!!確かにちょーっと意地の悪いことをしてしまったかもしれませんが……。でも全てはあの男が悪いんですわ!!だって、だって私というものがありながら、アンジェリカという庶民に行くんですのよ!?おかしくありません!?」
麗羅は思い出した途端、無意識に過去の口調が乗り移っていた。だが、言葉は留まることを知らない。アレはおかしい。これはムカつく……と。
しかし、ムカつく反面悔しかったのだ。何故ならレイラは……王子レオンの事が好きだったからだ。
婚約者だったレオンの事は、出会ったその時からレイラは好きだった。所詮一目惚れというものだ。それからずっとレイラはレオンの為にお嬢様の勉強を積んできた。いつか来るであろう結婚という日のためにひたすら頑張ってきた。
なのに……それは全てがひっくり返った。
「私だって……私だって!!小さいころから王子様との結婚を夢見てたのに……!!レオン王子のクソッタレ!!!禿げてしまえクソ王子!!!あんな女に引っかかる男なんてこっちから願い下げですわー!!!」
突然現れた女……。このゲームのヒロイン、『アンジェリカ・ヒロウィーン』と言う名の女が来るまでは。
アンジェリカはとても可愛らしい見た目の少女だった。ピンクのふわふわの髪に、可愛らしい顔立ち。目もくりくりでそれはもう世の男性が放って置くわけねぇな?ってぐらいの可愛い少女だった。
……性格を除けば。
「……あの女、性格はクソでしたわね。でもレオンやその辺の男にはそういう隙を一切見せない完璧さは見習わいたいところでしたわ。性格クソですが」
はームカつきますわ〜と麗羅はため息を吐く。
だが、麗羅はふと思う。これはゲームだ。顔が似ているだけで全くの別物なのでは無いか……?と。ヒロインのアンジェリカを操作するのは全くやる気は出ないが、実際のところどんな感じなのかは興味がある。
「……やって、みましょうか」
麗羅は恐る恐るスタートボタンを押す。
すると、『恋のパラダイス~貴方のハートにロックオン♡~』と野太い男達の声でタイトルコールをされて早くも腹筋が吊りそうになったのだった。
*
麗羅は暫く進めていてある事に気が付いた。
『アンジェリカ……!』
『レオン様……!!』
「うーん……。確かにレオンはレオンなんだけど……ちょーっと違う気がするなぁ……。あとこの顔、なんか見た事がある気が……」
するなーと思って考えていたら、突然ブーッとスマホが鳴った。メッセージが届いたみたいでそれを見ると、そこには『齋藤 玲央』と書かれていた。
玲央とは隣の家に住む同い年の幼なじみだ。容姿端麗、勉強は……多分普通。サッカー部のキャプテンで毎日のようにキャーキャー言われている大変モテモテな男である。
そして残念なことに麗羅が恋する相手でもある。
小さい頃は良く手を繋いで遊んでいたり、お互いの家に行って遊んだりもしたが、今はもう無くなっていた。好きだと気がついたのはいつの頃だったか?よく覚えては無いが、とりあえず物心着く前にはもう好意は寄せていた気がする。
でも報われるとは思っていない。だって相手は大変モテるのだ。毎日モテモテなのだ。私では釣り合わない……そう思って距離を少し開けているのだが、何故だか毎日のように話しかけてきたり、メッセージを送ってくる。一体なんなんだ……?
まぁいいか暫く放っておこう。
「しかし……なんか玲央の距離感ってコイツみたいだな……」
麗羅は画面に映っているレオンをジトっと見る。もしもこの話が本当にあの時にあった話ならば、この王子、相当ヒロイン……アンジェリカにアピールをしていたことになる。
『あっレオン様……!』
『やぁ、偶然だねアンジェリカ。今日は何処に行くんだい?』
『今日は図書館へ……。私は庶民ですからもっと頑張らないと……。レイラ様に認めて頂けませんから』
『レイラに?……大丈夫さ。君ならばきっとレイラも認めてくれるよ』
『本当でしょうか……』
「…………刺してぇ」
やっぱり腹が立つ。
私のいない所でコイツはこんな事を言っていたのか!!!!ああああああ!!!!
「私が……私が!!!!あんなに厳しい作法や勉強をしていたところでこーんなイチャコラしてやがりましたのね!!!!本当殺意ですわー!!!!私が今レイラだったらこの王子刺し殺して私も死んでますわー!!!でも……!!!」
麗羅はチラリとレオンを見る。
綺麗なブロンドヘアに美しい顔立ち。瞳は青く、爽やかな笑顔。勿論頭もよく、家柄も大変良いこの男。ムカつくことに麗羅の好みの顔ドンピシャなのだ。
「うぅぅぅぅ悔しい……!!でも顔は好きだった……!!」
『アンジェリカ……。私は、君と結婚したい』
『そんな……!でも私は庶民で……』
『そんなことなんか気にしない。私は、君がいいんだ』
『レオン様……!』
「あああああああ!!!!!死ねちくしょうぅぅぅぅぅぅぅ……!!!!」
横にある枕をバンバンと叩いた後にうっ……と顔を手で覆う。
ちくしょう、顔が良い。でも言ってることとやってることはクズだ。私が何をしたって言うんだ。
私が…………
『あーら、アンジェリカさん?冴えない顔してどうかしたのかしら?』
……この声は
『れ、レイラ様……!!』
「私だー!!私が来たぞ!!!えっ私結構美人じゃない……?ドリッドリの縦ロールだけど可愛くない……?やだ、凄く悪役顔してる……!」
マジマジと前世の自分らしいこのゲームの悪役令嬢、『レイラ・アクヤークレイジョー』の姿が登場した。少し前までは名前しか出てこなかったが、ここに来て満を持して登場。
記憶上では私はそこまで言っていない。私は悪くないと思っている。だが、色々と言ってしまったから最後追放されてしまったのだ。解せぬ。
「まぁ確かにちょっとキツかったかなと今となっては思うけど……。でも追放まではないでしょ〜」
と思っていた時も私にはありました。
『アンジェリカさん。レオン様や他の方々に媚び売って楽しいですか?あぁなるほど、可哀想に……。庶民ではこういう手を使わないと振り向いてくれませんものね?本当……汚い子』
『レオン様がお好きらしいですわね。……あら、貴方にあの方が釣り合うと思って?勘違いも甚だしいですわね。階級を一から勉強しなさってはどう?』
『あぁ……嫌ですわ。庶民と私を同じ扱いなんて……。お父様に伝えて差し上げましょうか……?』
「……………………やっべぇ」
麗羅は画面に居るレイラを見てガタガタと震えていた。勿論、怖いわけじゃない。
震えている理由……それは、あまりにもヒロイン目線の自分が酷すぎたせいだ。そりゃアンジェリカから話を聞いていたレオンもこっちへ(ヒロイン)行くよなぁー!?と麗羅は叫ぶ。
「まっっって?私そんなに酷いこと言ってたの?……嫌でも確かにこのセリフに聞き覚えが……。で、でも!!それは全てレオンが悪いんだから!レオンがアンジェリカなんかに惚れなきゃ私は……!」
レイラは、本当に正しく美しい令嬢になれていたか?
分からない。でも今ならわかる。これは最後追放されても文句は言えない。他の攻略対象の男達に文句言われても仕方がないレベルの罵倒だ。
いや、文句はこっちも言いたいが。
「はぁ……本当、酷いですわ。こんな記憶なら思い出したくなんてなかったのに……」
ここまでプレイして来て完全に気付いていた。
このストーリーは確実に自分の記憶の中にあった前世と同じ流れだと。確かに自分目線では無く、アンジェリカ目線の話ではあるが、着々とレイラの追放の時間が近付いている。
「なんかもう、色々と辛い。……ってあ、返事忘れてた」
そういえばメッセージ来てたなと突然思い出した麗羅はメッセージアプリを開く。するとそこには目を見張るような事が書かれていた。
『麗羅、お前の声めちゃくちゃ聴こえるんだけど……。何叫んでるわけ?』
「…………」
おっと、まさか日曜日の今日、隣に居るとは思わなかったぜ。そう思った麗羅は、ガラッと窓を開けて玲央の名前を呼んだ。
「ごめんね玲央!!クソ王子に罵倒してた!!」
「いや、クソ王子って誰!?」
ガラッと同じく窓を開けて向かいに居る玲央は叫んだ。麗羅はクソ王子はクソ王子だよ……と説明しようとして、止まった。
玲央は突然止まった麗羅に不信感を抱きながら「麗羅……?」と呟くが、麗羅の中はそれどころじゃなかった。
(待って?玲央ってレオンに似てない……?髪の色とか話し方は違うけど、顔立ちとか背格好とか……。待って……待ってよ……!)
「おーい?麗羅ー?」
「あんた、まさか……王子の生まれ変わりな訳?」
「何言ってるんだ麗羅?てかなんか顔赤くなってね?大丈夫か?」
「~~~~っ!!!うるっさい!あんたのせいよ!!」
「何で!!??」
ピシャンと窓を閉めてタオルケットを被る。
信じたくない。けど、気付いてしまった。
「私が玲央が好きな理由……。アイツと顔が似てるからだったなんて……信じたくないわ」
あんなクソ王子と玲央が似てるなんて考えたくもなかった。でも、『似てる』のだ。口調が違っても言動が、姿が、何処と無く面影があった。
ゲームの中では多分出てこない、レイラと二人で話していた時の……アンジェリカが来る前までのあの頃のあの人に似ている気がした。
「……そうだ、私は確かに幼い頃に顔が良いレオン王子に一目惚れした。その時はまだ婚約者では無かったけど、その後すぐに婚約者になった」
婚約者になってから二人は良く会っていた。歳も近いし、なんだかんだいって気が合っていたんだと思う。その頃のレオンに、レイラはすっかりとハマってしまっていた。会う度にソワソワとして、オシャレをして、可愛いと言ってもらうために頑張って来た。
そして、その頃のレオンはいつだってニコリと笑って『レイラはいつも綺麗だね』と言ってくれていたのだ。
「それからレオンとは勉強の話とか、最近の流行りの話とかもしてたっけ……?あぁ、本当に私はレオン王子が好きだったのね。……でも、それも長くは続かなかったけど」
麗羅は途中で止まっているゲーム画面を見つめた。
アンジェリカ……このゲームのヒロインだ。
もしも……もしも『私』がヒロインだったならば……
「レオン王子は私を見ていてくれたのかしら……?」
『アンジェリカ……!私は君の事が……!』
『レオン様……!私も……私もレオン様が……!』
「……やっぱり!!やっぱり悔しいですわー!!!!!!!!なんで!どうしてこの女なんですのー!!!!確かに見た目は可愛らしいですけど!!アンジェリカよりも私の方がずっとお慕いしておりましたわー!!!でもこのレオン王子顔良過ぎて私の顔面が壊れますわー!!!」
『麗羅ー!!お前筒抜けだぞー!!!誰だレオン王子ってー!?』
「……うるっさいですわね」
窓の外から苦情の言葉が飛んできた。
麗羅……レイラは、ため息を吐くともう一度窓をスパンと開け、同じく窓を開けていた玲央に言った。
「私が……私がずっと好きだったのにアンジェリカという女に靡いて私を捨てた男ですわ!!!」
「アンジェ……?いやてかお前何その口調……。というか、好きな人居たのか……?」
「うぅぅぅ……!!悔しいの!!刺し殺してしまいたいぐらい恨みしかないの……!!でも顔面良すぎて多分何も出来ないわぁぁぁぁ」
「……疲れてるな麗羅」
「うるっさい!全部あんたのせいよぉ……!」
「だからなんでだ!?」
意味がわからんという顔をしている玲央に麗羅はジトッと睨む。分かっている。こんなのは八つ当たりだってことは。でも似ているんだから仕方がない。少しぐらい当たっても許して欲しい。
すると、玲央ははぁ……とため息を吐いた後、呆れたように笑った。
「麗羅がそれだけ元気なら、俺は普通に嬉しいよ」
「……意味が分からないわ。まぁ、叫んだことは謝る。うるさくしてごめん」
「叫ばないと抱え込めない事情があったってことで、今日は特別に許してやるよ」
「玲央くんってばやさしー」
「茶化すな麗羅」
呆れながら呟く玲央に麗羅はクスッと笑う。
「ごめんね、多分叫ばないと思う」
「ふーんそうか」
「まぁレオンがアンジェリカにまたなんか言い始めたら罵倒が始まるかもしれないけどね……」
「…………なんか急に悪寒が」
「おっとこうしちゃいられないわ。じゃあまたね」
今度こそ玲央に別れを告げると、麗羅は窓を閉める。見れば見るほどムカつくが、枕を殴るだけに留めておこう。
「……最後まで見届けるのよ麗羅。見なきゃいけないわ!私の最期を!!」
そしてその日、麗羅は半日かけてレオンルートを攻略したのだった。
但し、その間に起こった枕の犠牲は止められなかったが。
*
「おはよう麗羅……って何その隈!?」
「お姉ちゃん……おはよう。これは……お姉ちゃんに借りた乙女ゲーのせいかな」
「えっアレ?まさかずっとやってたわけ?」
その莉亜の問いに麗羅は頷くと、莉亜はマジかよwwと爆笑し始めた。それに対し何か色々と言いたかったが、寝不足のせいで上手く言葉が出てこなかった為無視を決めた。
すると、莉亜は麗羅をガシッと捕まえてズイッと顔を近づけた。
「ねぇ、あんたどの人狙ったわけ?」
「えっ……あー」
「あっ、当ててあげよっか?レオン王子でしょ?」
「えっ……」
まさか当てられると思ってなかった麗羅は目を見開く。その様子で莉亜は分かったのか、当たり?やっぱりね〜と楽しそうに笑っていた。
「麗羅なら絶対レオン王子に行くと思ってたわ。だってあの子とそっくりだもん」
「……あの子って?」
「決まってるじゃない!お隣の玲央くんよ!顔とか、雰囲気が似てるし!絶対に行くと思ったのよー」
(やっぱりお姉ちゃんが見ていても雰囲気が似ているらしい。私の勘違いじゃなさそうでよかった。……いや、まだ確定じゃないけど。というか!!)
麗羅は姉の告げた絶対に行きそうって言葉に納得がいかなかった。別に他の人だっていけたはずだ。しかし、思い出してしまったのだから仕方がないじゃないか!
「王子にしたかった訳じゃなくて……。その、なんか勝手にいつの間にかレオンルートに入ってたから……!!」
「あぁなるほど、手の取るようにレオンルートの選択肢がわかったのね。それを選択してたらもうすでに入ってた……と」
「うぐっ……。まぁ確かに何も無く普通に入れちゃったけど!レオン王子なんてムカつくだけだよ!婚約者が居たのにヒロインを普通に口説いてさ!婚約者の気持ちも考えろって感じ!!」
「……乙女ゲームを悪役令嬢目線で語る人間は初めて見たよ」
莉亜はまぁ言われてみれば確かにねと肯定した。その後にあっそういえばと呟いた。
「あの悪役令嬢、麗羅と同じ名前だったわね。もしかしてそういうところで感情移入しちゃったとか?」
「あ、あぁ〜いやぁそのぉ……」
自分が本人ですー!とは言えるわけが無い。
だが、それで何となく理解したのか、まぁそういう目線もあるわよねと言って莉亜は納得してくれた。
「まぁ楽しんでもらえたなら良かったよ。じゃあ次はルイス様ルートもやってみてね♡」
「えー……」
「ま、暇つぶしにでも思ってね!」
莉亜はそう言うと、荷物を持って行ってきますと告げて学校へと向かっていった。
麗羅も学校へ行く支度をすると、数分後姉と同じように家を出たのだった。
*
学校へ着くと、サッカー部が朝練をしていた。朝から元気だなぁと思いながらキョロキョロと一人の男を探す。すると、よく通る声で「こっちだ!!」と手を挙げながら走っている玲央を見つけた。
(やっぱり顔は良いな)
そりゃモテるよなぁと考えながら教室へ向かっていると、その辺で見ていた女子がキャーキャーと騒いでいた。
「やっぱり齋藤先輩かっこいい〜!」
「ね!王子様みたいだよね!!」
という声が聞こえてきた麗羅は思わずボソッと「王子だったからな……」と呟いてしまった。でもあの王子は婚約者を差し置いて別の女を取るサイテークソ王子でしたよと心の中で罵倒しながら麗羅は教室へ向かった。
*
HRが始まるまで麗羅が教室で本を読んでいると、何の因果か同じクラスである玲央が話しかけてきた。麗羅は面倒くさそうに応えるが、玲央はいつもの事なので全く気にせずに話し始めた。
「なぁ、昨日のレオン?ってやつさ、まだ好きなわけ?」
「は?いやそれは……」
「麗羅を差し置いて浮気されてこっぴどく振られたんだろ?」
「んー……確かにそういうことになる、のかな?」
現代で言うとそんな感じかもしれない。と考えたところでやっぱりこの王子クソじゃないか?と思っていると、玲央は心配そうな顔をして「そんなやつ絶対やめておけよ」と告げた。
やめるもやめないも前世とゲームの話だから今更何も無い。だが、どうやら玲央は麗羅自身がそういう目にあっていると認識しているのかもしれないということに気がついた。
面倒だが、適当に良い感じに誤魔化そうと麗羅は決めて心配そうに見ている玲央に告げた。
「私も、あんな男こっちから願い下げだから。大丈夫だよ」
「そ、そうなのか……?でも昨日は……」
「もう、今更どうこうする気は無いよ。……私よりも、あの子の方が魅力的だっただけ。だから気にしないで。心配してくれてありがとう玲央」
「……別に、そんなことないのに」
玲央はその後もぶつぶつと呟いていたが、多少は納得してくれたようで「わかった。急に聞いて悪かったな」と言って自分の席に戻っていった。
その後に麗羅は小さくため息を吐いた。玲央に記憶が無い以上、何もする気などない。そもそも生まれ変わりかも断定は出来ない。でも麗羅の前世の感が彼が王子レオンだとそう言っているのだから仕方がない。それに対して八つ当たりはどうかと思う。これじゃ振られたって仕方がない。
……玲央は、全く悪くないのに。
「本当に、バカなんだから私は」
前の自分もそうだ。好きならば、素直に好きだと伝えればよかったのだ。でもそれはプライドが許さなかった。もし仮に前世のレイラが婚約者という建前に胡座をかいていなければ……もっと素直に伝えていたら、結果は変わっていたのだろうか?
今だってそうだ。幼なじみという枠に甘えて伝えようともしない。
裏切られるのが怖いから。
離れられるのが怖いから。
麗羅はこれ以上の関係を作ることが出来なかった。でももしも……またアンジェリカのような可愛らしい女の子が来たら、きっとまた玲央は行ってしまうだろう。
(それは、嫌だな……)
前世は悪役令嬢、今世はただの女子高生。もし今アンジェリカが来ても麗羅は何も止める術がない。前世にあった上流階級は今ではイーブンだ。
……負けたくない。誰にも。今度こそ。
そんなことを考えていた時だった。
予鈴を告げるチャイムが教室に鳴り響いた。それと同時に扉をガラッと開けて担任が入ってくる。
「おはようございます皆さん。今日は皆さんにお知らせしたいことがあります」
お知らせ……?と首を傾げていると、担任は扉の外に向かって「入ってください」と告げた。
すると、誰かが一人教室の中に入ってきた。その瞬間教室内はざわざわと騒ぎ出す。
しかし、麗羅はそれどころでは無かった。
その顔、その髪色、その笑顔……ずっと散々見せ付けられていたのだから。
「今日から新しくこのクラスの仲間になる人がいます。さぁ、皆さんに自己紹介をお願いします」
「はい」
その人物はクラスの皆に微笑みかけると、口を開いた。
「相川アンジェリカです。父が日本人、母がドイツ人のハーフで、少し前までドイツに住んで居ました。ですが、父の仕事の都合によりこちらで過ごすことになりました。色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします!」
と、自己紹介が終わった瞬間教室内がわぁぁぁぁ!!と歓声を上げた。
「えっ待って!!お人形さんみたいに可愛いんだけど……!」
「うわぁぁぁぁうちのクラスに天使が舞い降りた……!!」
「ピンクの髪って……二次元か??」
等々、クラスの人達は話し出す。
だが、麗羅だけは神妙な顔をしていた。というか、多分他の人には見せられないような顔をしていた。
(うっそでしょ……そんなことあるわけ……?てか……あの顔なんて、見たくもなかったのに……!!どうしてですのー!!!???意味が分かりませんわー!!!!!)
うわぁぁぁぁぁと頭を抱える麗羅を他所に、玲央はアンジェリカを見てから何処かざわざわとしていた。
(なんか、俺はあの子を知っている気がする)
確証はない。でも、玲央は何故かそう感じたその瞬間だった。玲央はパチリとアンジェリカと目が合った。すると、アンジェリカは驚いたように目を見張ると、玲央に微笑みかけた。その笑みにゾクリと来た玲央はすぐに目を逸らして麗羅の方を見た。
麗羅が未だに頭を抱え込んでいるのを見つけて玲央は少し心配していると、そういえば……と昨日のことを思い出した。
(昨日、麗羅はレオンという名の他に『アンジェリカ』とも言っていたような……。もしかして、アイツが麗羅から男を奪ったやつか……?)
もしそうなら……。
玲央は小さくニヤリと笑みを浮かべた。
(あの、アンジェリカってやつがもし麗羅の好きだった男を奪ったのなら感謝しないとな。だってそのおかげで今の麗羅はフリーだ。……誰にだって譲らねぇ)
負けてたまるか……と玲央が思ったと同時に、麗羅も同じ事を考えていた。
「……あんな女なんかに、今度は絶対に負けないんだから」
この瞬間、前世やゲームの枠を超えた新たなバトルが始まろうとしていたのだった。
[完]
キャラ紹介
・佐々木 麗羅 (レイラ・アクヤークレイジョー)
17歳のJK。玲央が好き。
現世では普通のJK。少し明るい茶髪のゆるふわロングを上で縛っている。顔は美人。姉が居る。
姉に貸してもらった乙女ゲームで前世の記憶を思い出した。しかも、そのゲームが前世の世界だった。意味が分からないがとりあえず罵倒しながら進めている。罵倒すると無意識に昔のお嬢様言葉になる。
前世は公爵令嬢で、皇太子レオンの婚約者だったが、レオンが裏切って庶民()のアンジェリカとくっついた為大変お怒り。その腹いせにアンジェリカをちょっと虐めてたら追放された。
また、その追放された先で殺されたので前世では恨みしか残ってない。王子もアンジェリカもあの世界は皆クソ。くたばれと思っているが、レオンの顔は世界一好みだった。無念。
ちなみに玲央の顔も大変好みで若干ムカついている。
姉の莉亜とは仲が良い。
・佐々木 莉亜
21歳の女子大生。ゲーム大好きアニメ大好きのオタク。特に最近は乙女ゲームにハマっており、その中のルイス様が大変お気に入り。
妹の麗羅とは仲良し。
隣の家の玲央と麗羅が両片想いなのは知ってる為に暇だと面白がってちょっかいかけている。
・齋藤 玲央 (レオン・オオージサマアー)
17歳のDK。麗羅が好き。サッカー部。
現世では普通のDK。前世は王子様。麗羅の前世、レイラの婚約者だったが、まんまとアンジェリカに引っかかって婚約破棄した人。
実は昔もレイラの事は好きだったが、アンジェリカに言い寄られていくうちに段々と忘れてしまった。
追放した後にその時の気持ちを思い出したがもう時すでに遅し。既にレイラは居なかった。
今世では麗羅とは幼なじみ。物心ついた時から好きで一途。しかし、一向にアピールに気づいて貰えない不憫。
今世アンジェリカが若干怖い。なんか関わってはダメだと本能が告げている。前世の記憶は無いが、時々謎の殺意に悪寒が走る。
・相川アンジェリカ (アンジェリカ・ヒロウィーン)
17歳JK。ピンクのふわふわ髪で可愛い顔してる。
今世はJK、前世は庶民からの略奪王女のゲームのヒロイン。前世では玉の輿狙ってた為、一番金持ってるレオンへと近付いて落とした。(ゲームでは違う)
その際にレイラが邪魔で、裏で色々とやって結果的に追放まで追い詰めた。その後、レオンと結婚をしたが、自分を本当に愛してくれてはいないと気付いていた。レオンのことは段々と本当に好きになっていた。
今世ではドイツ人と日本人のハーフで転入してきた。たまたま目のあった玲央が気になっている。それプラス、全く自分を見ない麗羅も気になっている。
前世の記憶はまだ分かっていない。
暇だったので読みたい悪役令嬢を書きました。
楽しんで貰えたら嬉しいです。