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海の底のメギド  作者: ノリマキトカゲ
第1章:バミューダ・トライアングル
3/5

アカシックレコード

『すると、その者たちは祈って手を彼らの上に置いた。』

ーー使徒口伝6章6節ーー

「あなたは、何を見ましたか?」


 ジョンが手を(かざ)してからしばらくの間、俺の四肢は自由がきかなくなった。金縛りのような状態で、脳だけは活発に働いていた。意識と体の剥離(はくり)が解消され、シナプスに従って体を動かせるようになったまさにその瞬間、ジョンはこう尋ねてきた。


 聴覚遮断のような現象は、知らぬ間に消えていた。過度の圧力のような物ももう感じない。自分の身体が音をたてて押し潰しされるのではないかと恐れるほど感じていたそれも、それはそれは綺麗に跡形もなく。あれは本当に現実だったのだろうか。


 何を()かれているのか、すぐには理解できなかった。五感と身体の正常性を取り戻して直ぐに質問されたのだ。これでも割と対応できている方ではないだろうか。ただ、オレの頭脳は未だ質問の意味を理解する段階に至っていなかった。いや、質問の意味は分かる。意味というよりは、言葉そのものか。例えるなら、習いたての外国語で話しかけられた状況だと表せるかもしれない。


「何を……見……た……?」


 0点の回答をした俺の様子を、ジョンが覗き込むように確認する。


「何が見えましたか?」


 今度は質問を変えて来た。内容に違いはないが。


「宇宙……星雲が見えました。」


 星雲。それは君が見た光。幸せの青い雲。あ、……失礼。青雲じゃなくて星雲でした。選ばれたのは綾鷹でした。


「うーん。それだけ? 他に何も見えなかった?」


 ジョンの後ろから出てきた別の男が、割り込みがてらフランクに問いかけてくる。この人の名前、何だっけ?


「一度に沢山の映像が見えたから……」


 あの時の映像を思い浮かべる。出来るだけ脳内に再現する。


 (よみがえ)る負荷。(せい)の世界ーーーー天の川銀河の彼方から、およそ人ならざる者の(まなこ)を借り受けたかの(ごと)き視界を得、星雲の中へと突っ込んで行く。その後、まるで別空間にワープしたように宇宙の香りの全くない視界へと切り替わる。()。そうとしか言いようがない。真っ白で何もない空間に、四方八方からスクリーンがオレの目の前に飛来して、それらのスクリーンには統一性の無い雑多なジャンルの映像が流れていて…………


「世界、そう……オレは世界を見た。」


 こいつ頭がおかしくなったなと思われるだろう。オレだったらそう思う。扉の向こうの真理を知って、錬成陣なしで錬金術を使えるようになったわけじゃない。


「世界? どんな映像を覚えているんだい?」


 スクリーンが全部で何枚ぐらいだったかなんて覚えていない。しかし、映像の中の物や背景から、時代がバラバラであることは見てとれた。万国バラバラ仰天スライドショー。


「えっと…………」


 マンモスに石槍で挑む毛皮を(まと)った男たち。絶世の美女に傾倒(けいとう)して行く東方の権力者。キノコ雲と世界大戦の終焉(しゅうえん)。草食恐竜を襲う肉食恐竜。ロケットの窓から(のぞ)く青い地球(ほし)。原住民たちから黄金や宝石を略奪して行く遠征軍。新種のウイルスによる世界的パンデミック。地下深くのマグマと地殻変動。溶けて行く北極の海氷。未開の土地を発見したと(おぼ)しき船団。東西を(わか)つ壁の破壊を祝う人々。白土を顔に塗りたくった女性が、恍惚(こうこつ)の表情で死者の言葉を(つむ)ぐ儀式。


「…………とかですかね。見えたのは。」


 後から出てきた方の男が、ジョンと顔を見合せたまま数刻停止する。何か良くないことでも言ったかしらなんて考えながら、同時にこの場をどうおさめようかと思案する。


「ポール、この子で間違いない。」


 あ、この人ポールって名前か。


「ああジョン、きっとそうだ。」


 互いの顔を見やっていたジョンとポールだが、その台詞を言い終えると同時に自身の正面へと向き直る。途端に二人の雰囲気が変わった。背筋を伸ばし、一段と真剣な表情を浮かべて彼らはオレを見据えた。


「江波 悟ーーーーあなたを待っていた。」


 あいべっぐゆあぱーどぅん?


 彼らは天を見上げ、各々の両の(たなごころ)を組んで合わせると、その場にひざまずきーー恐らくはーー神に祈りをささげはじめた。


 呆気(あっけ)にとられているオレを尻目に、小声でぼそぼそと数分祈り続けた彼らは、最後だけ通常の声量で言った。


「「アーメン!」」


 この時、2人が祈っている間に逃げ出しておけば、何かが変わっていただろうか。少なくとも、世界各国を旅して命を狙われるような羽目にはならなかっただろう。だがオレはこの場を去らなかった。


「祝福があらんことを。」


 ジョンはオレの手を取り、その手の甲に自らの掌を合わせ、満足そうに微笑んだ。

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