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海の底のメギド  作者: ノリマキトカゲ
第1章:バミューダ・トライアングル
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マリー・セレスト号

『その地は、海路によって、水面に浮かぶ船によって使節を遣わすのであり、こう言われる。「速い使者たちよ、行け。背が高く滑らかな顔立ちの民、至る所で恐れられる民、水によってその地を洗い流された、強靭で淘汰する者たちの所へ。」』ーーイザヤ書18章2節ーー

 デイビッド・リード・モアハウスは、陽光を反射する海面を眺めていた。ただボーッと。ひたすら続く大海原は、彼にとって珍しくもなんともない。単に思いに(ふけ)っているに過ぎず、視線の先がたまたま海面というだけである。2日程前までは、時折聞こえる海鳥たちの鳴き声が良いアクセントになっていたが、今はもう聞こえない。耳に入る環境音と言えば、風にはためく帆の音ぐらいだ。


 いつの間にかうとうとしていたのだろう。午後の穏やかな日差しは心地よかったが、今は冬。外気の冷たさに身震いし、デイビッドは夢から覚めた。夢と現実の狭間をどっち付かずの思考が行き来する微睡(まどろ)みの最中、出港前に会食を楽しんだ友人の顔が脳裏をかすめる。彼の方が先にニューヨークから出港した。あの夜は久しぶりにほろ酔い気分で楽しめた。


 航海士のオリバーが声を上げたのは、デイビッドが現実世界へと引き戻されつつあったそんな時だった。


「船長! 船です! 前方、船が見えます!」


 オリバーが指差す先には、確かに黒い点が見える。遮るもののない水平線上で、オリバーが言う船らしき物体は、その存在感を殊更(ことさら)主張していた。


 時刻は午後3時頃。オリバーが発見したのは、しくも、デイビッドが今し方まで回想していた友人ーーベンジャミン・ブリッグズが船長の『マリー・セレスト号』だった。自分たちより1週間も先にニューヨークを発ったはずのこの船が、なぜ今アゾレス諸島近くのこの海域を航行しているのだろうか。


「返事がありません。」


 こちらから何度か信号を出したが、セレスト号からのアクションは無い。


「ギリギリまで近づこう。あの船の船長は私の友人だ。後々面倒になる心配は無い。」


 指示を出しながら、デイビッドは胸騒ぎがしていた。何かがおかしい。それはデイビッドのみならず、乗組員たちも多かれ少なかれ感じている。


 (ほとん)ど横付けのような位置まで近づいた。もちろん、衝突を防ぐため一定の距離は保っておく必要があり、こちらから死角になっている部分など視認出来ない箇所は少なくない。それでも、これだけ近づけば大体の船の様子なら分かる。


「綺麗…………」


「…………ですね」


 誰かが言いかけてやめた二の句を、違う誰かが引き継いだ。


 そう。端的(たんてき)に言うなら、セレスト号は綺麗なのだ。否、綺麗過ぎるとでも言った方が相応(ふさわ)しいかもしれない。少なくとも船体に目立った外傷は無い。帆にも損傷は見受けられず、縦帆も横帆も航海を続行するには申し分のない状態である。


「ブリッグズ! いるなら返事をしてくれ。ブリッグズ!」


 デイビッドは、友人の名を叫んだ。だがやはり、応答は無い。


「襲われたのでなければ、遭難でしょうか?」


 そう言った褐色の肌の船員が、デイビッドの方を見る。次の指示を求めるというよりは、判断を仰ぐような問いだ。


「となれば救助の義務があるが……」


 遭難した船を発見した場合、海難救助にあたる義務があるが、あまり早計な判断は下さない方が良いだろう。


「もう少し様子を見よう。セレストの周りをゆっくり1周してみよう。」


 船をゆっくりと進め、360℃からの確認を試みる。舳先(へさき)が見えるぐらいの場所へと差し掛かった時、デイビッドの耳に不思議な音が飛び込んだ。


プオーン…………


 残響の中、デイビッドは即座に乗組員たちの表情を見回した。だが、何らおかしな様子は見せずにセレスト号の確認を続けている。空耳か? 今度は音の発生源であろう上空を見上げてみる。異物はおろか、海鳥の1羽すらも見あたらない。澄んだ空気の冬空がただ広がっているだけだ。


 遠くの方で聞こえたような感じではなかった。近くで管楽器が鳴り響いたような音だった。相当な音量でもあった。確かに聞こえたのだが、デイビッド以外には全く聞こえていなかったと見える。


「船長、あれを見てください! あそこ!」


 (いぶか)しんでいる間にも船は進んでおり、最初に見ていたのとは逆側の船腹が見えている。船員の指し示す先には、ほどかれた麻縄がぶら下がっている。ほどけたのではなく、あくまでほどかれたようにだ。


「救命ボートを下ろしたようだな。やはり何かあったらしい。」


 セレスト号の乗組員たちが作為的に救命ボートを下ろしたのならば、この船を捨てて避難すべき何事かが生じたと推察すべきだろう。しかしやはり、こちら側から見える船体の各部においても、目を引くような損壊や傷は認められない。おしるし程度の切り傷やへこみならあるが、そのいずれも、航行していればつくような大事には至らない代物である。


「やはり遭難したのでは? 何かがあって、ボートで近くの島に行ったのかも。」


「だが遭難信号は出していないぞ。」


 あまり目にしたことのない奇妙な状況に、それまではデイビッドの指示を待つだけで黙っていた船員たちから、思い思いの発言が出る。


「遭難後、残された船だけが漂流しているのか?」


 セレスト号の周りを進んだ船は、航路の描いた円の始点へと戻って来た。船員たちの議論は続いている。


「抵抗する間もなく襲撃されたのでは?」


「それにしたって何の形跡も無いじゃないか。」


「やはり遭難でしょう。」


「遭難信号を出す余裕もなかったというのかい?」


 しばらく続くそれが、堂々巡りの様相を呈し始めた頃、デイビッドは決断した。


「オリバー、ケインとハボック……それにジャックを連れてセレスト号の中を調べて来てくれ。」


「了解です。船長!」


 一等航海士のオリバーと、彼と同行するよう言われた船員たちの為、小型ボートを海面へと降ろす。


「悪霊にでも憑かれたら、この船へ帰って来るなよ。引き入れてやれんからな。」


 重い空気を吹き飛ばそうと、デイビッドは冗談交じりにオリバーを送り出す。背中を叩いて。


「クラバウターマンなら歓迎ですがね。」


 肩をすくめながらニヤリと微笑み、オリバーはデイビッドに返した。航海士が彼のような頼もしい人物で良かったと思う。


「それなら連れ帰ってくれ。ガハハハハ……」


 オリバー達が小型ボートへ乗り込んだ。


「では、行って来ます。船長。」


「おう。じっくり調べろ。陽が落ちるまでに、状況をはっきりさせたい。」


 十字架を指で(かたど)り、空を見上げて神の加護を求める。今からセレスト号に乗り込む仲間たちの為、デイビッドは祈りを捧げた。

発音の都合で、メアリー・セレスト号と表記されている場合もあるそうです。作者は、グラン◯ルーファンタジーの闇属性の召喚石で知りました。

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