ジャンの書
俺、江波 悟。悪天候続きだし、家でネトフリでも見ようかなとか考えながらソファーで寝転んでいたら、インターホンが鳴った。
高校生の江波は、門前払いを決め込もうとしていた。怪しい勧誘か、国営放送の集金か。そのいずれかだろうと踏んでいたからだ。だが、インターホンカメラに男が写したソレに、江波は見覚えがあった。
「あなたも、持っているでしょう?」
白い肌と青い眼を持つ男は、その見た目とは裏腹に流暢な日本語で問いかけた。
ゴロゴロしながら海外ドラマでも見ようと思ってたのに。起動させたタブレットを右手に持ったまま、俺は僅かに苛立っていた。だが、目の前に写されているその本が、そんな苛立ちをもどこかへ吹き飛ばした。
「持ってま……」
つい反射で肯定しようとしたが、こんな胡散臭い相手に素直に話して良いものか。そんな躊躇いが、言葉を途絶えさせる。こちらの逡巡を知ってか知らずか、相手の男はこちらに否定させる間を与えずに割って入る。
「アポさんが亡くなる前、あなたに託した筈です。」
嘘だろ。これは知りすぎているなどというレベルの話ではない。阿歩という今は亡き父親の名前は相当独特な物だし、一族以外の者にはその存在を口外してはならないと件の父から何度も言い含められた書物を、間違いなくこの男は持っているのだ。
「私も親から譲り受けました。この本。」
そう言って、一度は黒い革表紙の装丁に隠した自身の顔を、横から出して見せる。はい、ひょっこりはん。このひょっこりはん、ジョンと名乗っていただろうか。
「あなたに大事な話があります。だから日本に来ました。」
気づけば俺は、オートロックの解除ボタンを押していた。