やさしい死神
死神というのを聞いたことがあるだろうか?
死を司る神とされている彼らは魂の管理者。死せる魂が彷徨わないようにしっかり監視して、ちゃんと輪廻を経て再び現世へ戻れるようにするのがお仕事。
彼らの中には魂を刈る者もいる。といっても誰彼構わず刈り取るわけではなく、救い難い極悪人の魂だけを刈り取って喰らう。そうすることで善と悪のバランスを保っているのだ。そんな彼らは通称“ソウルイーター”と呼ばれる。
ところで、死神たちの世界では昔から都市伝説のようなある噂がある。それは“やさしい死神”というもの。管理者でもソウルイーターでもない、第三の存在。どうして“やさしい死神”と言われているのか。それは――
* * *
相田真琴は不機嫌そうに曇り空を見上げる。欲しい漫画本があるのに手持ちのお金じゃギリギリ買えない。かと言って小遣いはもう上限に達している。そしてバイトは禁止されている。
「しゃーないなぁ」
真琴は、最後の手段に出ることにした。
駅前の本屋に行くと、お目当ての本が平積みされているのを確認する。辺りを見回しながら適当にぶらついて機を窺う。学校帰りの生徒が増えてきた頃を見計らって、その中に紛れて本を二冊手に取る。そして足元に置いたカバンに二冊落として、一冊だけを拾って平積みに戻す。
ドキドキしながらそのまま店を出ると、急かす心は足を速める。後ろをチラッと見て誰もいないことを確認すると嬉しさのあまりに笑顔になる。やってやったと満足感に浸る。
真琴が万引きをするのは、これで三回目だ。一回目は悪仲間に付き合っての犯行。二回目は万引きをしたというより、本を手に取ったまま電話に出てそのまま会計を忘れて出てしまった。だから今回は初めて自分の意思で自ら犯行を行ったことになる。
「ふふふ」
欲しい本が手に入ったこと。犯行が上手くいったこと。その2つの達成感からニヤニヤが止まらない。――そんな時だった。
「ねえ、君」
「え?」
唐突にいきなり声をかけられ、真琴はキョトンとする。そして脳裏に嫌な予感が浮かぶ。
――やばい、バレた!?
ところがその女性は「ん?」と首を傾げるだけだった。
「……私に用なんじゃないの?」
「うん。そうだよ」
「なんの用?」
銀髪に白いパーカーと紫のスカート。女子高生に見えなくもない若い女性は、「君、そろそろだからさ」と意味深で意味不明なことを言う。
「そろそろ? なんのこと?」
「んー、あと10秒だね」
「は?」
「10……9……8……」
いきなりカウントダウンを始めた女性を無視して行こうとすると、「ああ、逃げても無駄だからね。その瞬間は不可避だから。……5……4……」
「なんなの? いったい何が言いたいのよ!」
「3……2……はい、時間でーす」
カウントダウンが終わると、女性の後ろからトラックが真琴に突っ込んで、真琴は撥ね飛ばされた。
「……」
体中の骨が折れて内蔵が潰れ、死に際の真琴を上から女性が覗き込む。
「ね? だから言ったでしょう?」
真琴の目だけがかろうじて動いて女性を捉える。
「さて、これでようやくあなたへの用件を伝えることができます。二択なので選びやすいですよ」
「……」
「一つ、このまま死神に魂を刈り取られる。2つ、人生の10分前をやり直す」
「……」
「やり直す場合、この未来を回避できるようになります。まあ、あなた次第ですけどね。回避できたらずーっと老衰まで生きられます。どうですか? やりますか?」
「……」
真琴は、薄れゆく意識の中で、確かに頷いた。
* * *
曇り空を見上げて、真琴は不機嫌そうに空を睨みつける。べつに不機嫌の原因が天気のせいというわけではない。欲しい漫画本が小遣い不足で買えないのだ。
前借りは禁止されてるしバイトも学校で禁止されている。もう打つ手なしだった。そう、最終手段を除いては。
「ふふふ……え?」
なんで今、笑ったのだろう? 今まさに不機嫌だったはずなのに。どうして?
不思議に思いつつも、真琴は最終手段を実行するべくして駅前の書店へと入る。流行りの曲がオルゴールで流れている、書店独特の匂いが鼻をつく。真琴は書店の空気が好きだった。しかし今から真琴は裏切りの行為することになる。
お目当ての本が平積みされているのを確認すると、適当に周りを歩いて機を窺う。学校帰りの生徒たちが増えてきた頃合いを見計らって平積みの本の前に立つと、二冊手に取ってわざと足元のカバンへ落とす。そして一冊だけ拾って平積みに戻す。
「ふふ……え?」
まただ。しかも今度は犯行のその瞬間に。今までこんなこと無かった。いったいどうして? 初めての犯行に緊張しているのだろうか……?
犯行を終えて店を出ようとして、遠くに白いパーカーと紫のスカートが特徴的な女性がいるのが見えた。知らないはずなのに、どこか気になる。脳内を検索してもヒットしない。見た目は女子高生のようにも見える。
どうしてか女性のことが気になる。でも早く動かないと万引きがバレてしまう。
葛藤の末に、真琴は足を踏み出した。店を出たその瞬間、耳元で囁く声が聞こえた。
「――Last chance」
「えっ!?」
横を見ても誰もいない。そして駅の方に白いパーカーと紫のスカートの女性が立っているのが見えた。
「ラストチャンスって……なに?」
言い知れぬ不安が一気に心を支配する。何か大事なことを忘れている。思い出さなければいけない何かを。だが必死に思い出そうとしてもまったく思い出せない。焦りが不安を加速させる。
「ねえ! あなた、なにか知ってるんでしょう!?」
「……」
「答えてよ! 知ってるなら、なにか知ってるなら答えて!」
「10……9……8……」
「――!」
やっぱり知っている。このカウントダウンの声を知っている。聞いたことがある。どこで? いつ? 思い出せない。思い出さなきゃいけないのに思い出せない。
「ちょっと! 教えてよ! なんなのよ!」
「自分の胸に聞いてみなさいよ。言ったでしょう? あなた次第だって。……5……4……3……」
「いや、嫌だ、いやぁぁぁぁ!!」
「ね? だから言ったでしょう? “死”は不可避なのよ」
真琴はトラックに撥ね飛ばされ、女性の足元へと転がった。全身グニャグニャになり内蔵が飛び出して顔も半分壊れていた。
「初めまして。私は“やさしい死神”のクールブロンよ。私は死ぬ予定の人に、死ぬ前のLast chanceを与えるの。悪いことをした過去を変えられたら免罪。でも残念ながら、あなたはチャンスを掴めなかった。知ってる? 魂が一番美味しくなるのは、恐怖と絶望に染まった時なの。そう、今のあなたのようにね、相田真琴さん。――じゃあ、いただきます」
死神の世界での都市伝説と言われる噂、“やさしい死神”。なぜその死神がやさしいと言われるのかを知るのは、出会った者だけだという――。
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