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地獄まんが道 ートキワ荘の青春ー  作者: ロッドユール
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君子

「・・・」

 大家さんからカギを受け取り、僕らは再び部屋の前にいた。

「はい、これがカギね」

 彼女が僕に今の時代では考えられないような、おもちゃのようなカギを渡す。

「う、うん」

 やはり、決定してしまった・・。僕は力なくカギを受け取った。

 ガラガラ

 その時、突然向かいの部屋の開き戸が開いた。

「わっ」

 振り返り、扉の下を見ると、中から、もそもそと、見るからに運動不足満天のぶよぶよ体型の、頭もじゃもじゃの、無精ひげ男がもそもそと芋虫が転がるように出てきた。見た瞬間、明らかにこいつはやばそうだと分かる男だった。

「君ちゃん、もう少し待ってもらえないかな」

 男は青息吐息で懇願するように君子を見上げる。

「無理ね」

 それを君子が、見下ろすように容赦なく切り捨てる。

「そこを何とか」

 男はそれでも卑屈に懇願する。

「やるのよ。それしかないわ」

 しかし、それに対しても容赦なく彼女は言い切った。

「・・・」

 そして、男はまたもそもそと部屋に消え、開き戸が無言で閉まっていった。

「・・・」

 絶対やばい、ここはやばい。僕は直感した。

「あの・・、やっぱり・・」

「あなたの想いはそんなものだったの」

 しかし、そんな僕の機先を制すように、先に彼女の方が口を開いた。

「えっ」

「あなたの漫画に対する想いはその程度だったの」

「・・・」

 鋭く彼女は僕に指を差し、見据える。

「出版社に持ち込みまでしたんでしょ。それを描くのに何か月もかかったんでしょ」

「・・・」

 そうだった。学校から帰って夜中遅くまで毎日少しずつ描いていったものだ。というか、なぜ分かる。確かその話は何もしていないはず・・。

「でも・・」

 あまりに突然過ぎる。それにやっぱり怪し過ぎる。

「一回、否定されたからって、そこで諦めちゃうわけ」

「・・・」

「ほんと情けない男ね。見せてみなさい」

 そう言って、彼女は僕の持っていた原稿の入った封筒を奪った。

「お、おい」

 僕は慌てて取り返そうとする。しかし、彼女はそんな僕を片手で軽く押さえると、封筒の中を開け、原稿を見た。

「つまらないわ」

 ちょっと読んで、彼女はそう言うと、原稿を束ごと破った。

「ああああっ」

 僕は叫ぶが、しかし、彼女はその破った原稿を容赦なく廊下に叩きつけた。

「クソだわ」

 彼女は吐き捨てるように言った。

「ああああっ」

 僕の高校時代の青春の貴重な時間が・・。一瞬で無になった・・。

「ほんとダメね。あんたは」 

「うううっ」

「滅茶苦茶つまらないわ」

「うううっ」

「こんなクソな漫画描いて、まだ実家でぬくぬく漫画描こうってわけ?だから、あんたはダメダメなのよ。ダメダメ、ダメダメ」

 彼女はダメダメを連発してくる。

「ダメダメダメダメ、あんたはもう死になさい」

 もう言われたい放題だった。

「ダメダメダメダメ」

「うううううううっ、ふざけんな」

 僕は遂にキレた。

「あ、キレた」

 しかし、彼女は蚊の鳴くほどにも感じていない。

「お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるか」

「あんたの気持なんかどうでもいいわ」

 やはり、彼女は微塵も動揺していない。むしろ、高圧的ですらある。

「ううううっ、なんで君にそこまで言われなきゃいけないんだ」

 僕は叫んだ。

「というか君は一体何者なんだ。っていうか、なんでそんなに威張ってるんだ」

 そして、僕は彼女に散々差された指を差し返す。

「私は綾小路君子。編集者よ!」

 すると、君子は、自信満々に腰に手を当て、再び僕を挑発するように見つめ返すと、差された指をさらに差し返してきた。

「えっ!編集者?」

「そうよ。泣く子も黙る漫画雑誌の編集者よ」

「君が編集者・・」

 僕は茫然として、その場に固まった。

「何驚いてんのよ。薄々察しなさいよ。分かるでしょ。この展開なら」

「うううっ」

 僕は鈍さではかなりのものだった。

「ん?ということは・・、君は社会人!」

 あらためて彼女を見る。

「当たり前でしょ。大卒三年目よ」

「えっ二十五!年上!」 

 どう見ても高校生か、よくても大学入りたてくらいだ。

「・・・」

 しかし、年齢を聞いてもやはり十代にしか見えない。かなりの童顔だ。というか全体的になんか幼い。

「そうよ。編集者三年目が始まったばかりの将来有望敏腕天才編集者よ」

「自分で言うんだ・・汗」

「当たり前でしょ。実際その通りなんだから」

 しかし、見た目は幼くてもやはり態度はでかい。

「いい?だからあなたはあたしの言う通りにしていればいいのよ。いいわね」

「・・・、ていうか、だからなんでそんなに偉そうなんだよ・・」

 僕は小さな声で、そう言うのが精いっぱいだった。一度はキレたものの、結局、僕は完全に彼女の勢いとそのキャラに巻き込まれ、圧倒されていた。

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