浪費
「いや~、頼んでみるもんだなぁ」
守也氏が興奮気味に僕たちを見る。
「そうですね」
美咲さんの部屋を出ると、僕たちはほくほく顔でお互いを見やった。まさか、一人一万円も貸してもらえるとは思っていなかった。
「とりあえず松葉に行ってラーメン食べようか」
守也氏が言う。
「いいですね」
それに僕と赤木氏が元気に答える。またすぐに漫画を描き始めないところが、僕はやっぱりダメ人間だった。
「でも、大切に使わないと」
赤木氏が言った。
「とりあえずだよ。ラーメン食べてから節約すればいいんだよ」
守也氏。
「そうですね」
「行きましょう」
僕。松葉のラーメンの誘惑には勝てなかった。
「うん」
僕たちは松葉に向かった。
「ラーメン三つね」
松葉についてテーブルにつくと、さっそく守也氏がしのぶちゃんに言った。
「はい」
しのぶちゃんはいつものように愛想よく答える。
「後、餃子も」
「はい」
「でも、やっぱり節約しないと」
僕が、やっぱりなんか不安になって来て言った。やっぱり、僕は気が小さくマジメな人間だった。
「大丈夫だよ」
しかし、守也氏は楽天的だった。一万円を手にして気も大きくなっているのだろう。まったく動じない。
「それに、ある時にちゃんと栄養つけとかないとな。いつまた食べれるか分からないんだから」
「そうですね」
守也氏にそう楽天的に言われると、僕もそう思えてくる。それに、ただでさえ、お腹が空いている僕たちは、目の前の食欲には勝てなかった。
「うまい、うまいな松葉のラーメンは」
守也氏が、ラーメンをすすりながら言う。
「うまいですね」
僕と赤木氏も連動するように言う。松葉のラーメンは感動的にうまかった。すきっ腹にラーメンは、かなり強烈だった。
「でも、僕たちなんか、たかりですよね」
僕がぼそりと呟く。
「石森氏、それは言っちゃだめだ」
守也氏が言う。
「すみません」
「漫画が売れてから返せばいいんだ。今は耐え忍ぶ時なんだ。美咲さんも言っていただろ?」
「そうですね」
「そうだよ」
「今はラーメンを楽しみましょうよ」
赤木氏が言った。
「そうだ。うん、このラーメンを楽しもう」
守也氏が勢いよく言った。
「はい」
僕たちはラーメンを心行くまで堪能した。
「君たちは、いつも本当においしそうにラーメン食べてくれるから作りがいがあるよ」
松葉の店主のおじさんが僕たちのテーブルにやって来て言った。昼時を完全に過ぎ、店は暇になっていた。
「はははっ、そうですか」
僕たちは笑うしかない。お腹が空いていればそりゃなんでもうまい。そこに来ての松葉のラーメンだった。
「よかったら、これ食べてよ」
それはザーサイとチャーシューとゆで卵だった。
「いいんですか」
「ああ、昼のあまりもんだけど」
「やったぁ」
僕たちは喜んで食べた。
「じゃあ、ついでにビールちょうだい」
守也氏がしのぶちゃんに言った。
「あ、いいですね」
僕と赤木氏も、それに乗る。すぐに調子に乗ってしまう僕たちだった。
「なんか得しちゃったな」
その帰り道。守也氏がつまようじ片手に僕たちを見る。
「意外なところで貧乏が福を呼びましたね」
僕。
「でも、昼間っからビールまで頼んじゃって、結局出費は増えましたよね」
赤木氏。
「大丈夫大丈夫、売れたら返せばいいんだよ」
守也氏がやはり楽天的に言った。
「そうですね」
僕たちは売れる当てもないのに、半ば現実逃避的に、守也氏の言葉に納得した。
僕はその日、部屋に帰ると、さっそく息を吹き返した栄養満点の体で漫画を描くかと思いきや、そのまま寝てしまった。満腹になり、眠気が襲いかかると。それにあっさりと僕は屈した。あれほど漫画を描く意欲に燃えていたのに、見事に堕落している自分は、やっぱりダメ人間だった。
「何やってんですか」
次の日、守也氏の部屋を訊ねると、守也氏が机に向かって何やら真剣な顔で何かを作っている。
「うん、ちょっとね」
「あっ、プラモデル」
守也氏はガンプラを作っていた。
「うん、こればっかりはね」
「ザクですか」
「うん、ザクⅡね。ガンプラの基本だね」
「好きなんですね」
「うん」
僕も中学生まではよくガンプラを作っていた。しかし、姉貴と母親の連合軍に、いつまでそんなことやってるのと説得されやめてしまっていた。
「僕もやってみようかな」
なんだか久々に、僕もむくむくとガンプラ愛が湧き上がって来た。
「買ってしまった・・」
そして、僕は商店街の模型屋を出て、商店街を歩いていた。ガンプラの箱を抱えて・・。
「貴重な一万円で、ガンプラを買ってしまった・・」
なるべく安いのをと思ったが、それでも結局千五百円もしてしまった。しかも、接着剤と、ニッパーとヤスリも買ってしまった。
「何をやってるんだ僕は・・」
自責の念にかられながら、僕は目の前のガンプラを見つめる。漫画も描かず、お金もないのに、一体僕は何をやっているんだ。そう考えずにはいられなかった。しかし、久々のガンプラの箱のその存在感は、僕を興奮させた。
「これで最後だ」
そう、これから節約すればいいんだ。そう自分を誤魔化すように自分に言い聞かせた。
しかし、一度陥った浪費癖というものはなかなかとまるものではない。しかも、三人一緒だとなおさらだった。つい何かかやと使ってしまう。
しかも、ダメと言われると人はそれをしたくなる。もともと、贅沢志向のない僕だったが、禁欲を義務づけられたとたんに贅沢をしたくなる。世間から見たら大した贅沢ではなかったが。
「この世は誘惑が多過ぎなんだよ」
守也氏がぼやく。
「そう、そうですよ。誘惑が多過ぎなんですよ」
赤木氏も同意する。赤木氏も僕たちに感化されてガンプラを買っていた。赤木氏は、オーソドックスに初代ガンダムだ。
「そんなものに人間が勝てるはずないよ」
守也氏。
「そうですよ」
僕も続く。
そして、僕たちは自分たちの煩悩を、社会のせいにして、現実逃避をしながら、またちょこちょこと浪費をするのだった。




