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地獄まんが道 ートキワ荘の青春ー  作者: ロッドユール
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食糧難

 僕はマジメに漫画を描いていた。

「月に十六ページ十本・・」

 しかし・・、描き始めてすぐ、それがいかに恐ろしい数であるかを知った。漫画とは結局絵の集合体である。映画の一場面一場面を一つ一つ絵にしていくようなものだ。だから、漫画を描くということは永遠無限の絵を延々描くという作業をし続けなければならない。だから、描いても描いても終わらなかった。寝る時間を削っても削っても終わらなかった。

「ふぅ~」

 僕は大きく息を吐き、そのまま後ろに倒れ畳の上に仰向けに寝っ転がった。アイデアはたくさんあって、描くことは描けるのだが、こう朝から晩まで描き続けると、体力的にさすがにきつい。

「・・・」

 天井の木目が見える。

「おなか減ったなぁ」

 僕はここ三日まともにご飯を食べていなかった。こんなことは生まれて初めての経験だった。本当に困窮してきていた。バイト禁止で完全に財布の中は干上がり、テラちゃんに借りたお金も生活費やなんやかんやで当の昔になくなっていた。

「これが貧しさというやつか・・」

 ドラマや映画などでは知っていたが、実際に経験するのは初めてだった。実際経験してみると、なかなかすごいものだった。生きる気力がなくなって来る。肝心の漫画を描く気力もなくなってきた。

 金がない。だから食料が買えない。だから腹が減る。腹が減ってるから漫画が描けない。漫画が描けないから金が入らない。

「どうしろっていうんだよ」

 僕は一人毒づいた。土台無理な話なんだ、バイトなしで漫画を描き続けるなんて。僕はさらにゴロンと横向きになった。

「無茶だよ。無茶苦茶だよ。君子さんは」

「無茶でもなんでも根性で描きなさい」

「わっ」

 僕は慌てて起き上がる。そして顔を上げる。

「いつの間に・・」

 君子さんだった。いつの間にか、君子さんが勝手に僕の部屋に入り、僕のすぐ近くに仁王立ちで立っていた。

「・・・」

 僕は呆然とする。いつも君子さんは神出鬼没だ。しかも、何か愚痴を言っている時に限って必ず出て来る気がする。盗聴器でも仕掛けてあるのか?僕は思わず部屋を見回す。そう疑ってしまうほど、タイミングがよかった。

「努力と根性よ」

 そして、君子さんはいつものように僕に突き出すように指をさす。

「努力はしてるし、根性で描いてますよ」

「さらなる努力よ」

 君子さんは、僕が言い返しても眉一つ動かさない。

「何だよ、その漠然とした答え。戦時中の日本兵か」 

 しかし、いつもは気が小さく反発など一切しない僕も、腹が減ってイラついていたのでいつになく言い返した。

「努力と根性よ。昭和の漫画家たちはみんな貧乏の中から這いがって来たのよ」

「今は平成だ」

「貧乏が漫画家を育てるのよ。貧乏に耐えて、忍んで漫画家になるのよ」

「いや、今の時代はもうそういう・・」

「軟弱な漫画なんかいらないのよ。強くなりなさい。逞しくなりなさい。そういう漫画を描くのよ」

「どんな漫画だよ」

「今のあなたに漫画を描く以外何があるの」

「うっ」

「あなたに就職先があるの?あなたに何か生きる展望があるの?」

「ううっ・・」

 何もなかった・・。

「漫画を描くのよ。血反吐を吐いてでも描くのよ。いいわね」

「はい・・」

 なんだか、本当に戦時中の二等兵になった気分だった・・。

「でも、何か食べなきゃ死んじゃいますよ。漫画家だって人間ですよ」

 僕は訴えるように言った。

「キャベツを食べなさい」

「はい?」

「キャベツよ」

「キャベツ?」

「そうよ。貧乏な漫画家はみんなキャベツを食べて漫画を描いたのよ。八百屋に行けば外葉が捨ててあるわ。それを拾って食べるのよ」

「乞食か」

 乞食よりひどい。

「ウサギとか鶏だよな・・」

 ペットレベル・・。

「トキワ荘のメンバーは、キャベツを食べて飢えをしのいだのよ」

「・・・」

 確かにそんな話が、まんが道に出てきたような・・。

「それで満たされないなら、パンの耳をかじりなさい。パン屋に行けば安く売ってるわ」

「鳥の餌か」

 本当に動物の餌レベルになって来た。

「百円で袋いっぱい買えるわよ。じゃあ、がんばるのよ」

 そして、君子さんはまたいつものように言いたいことを言いたいだけ言うと、呆然とする僕を残し、ぷいっと帰っていった。

「おっ、石森氏描いてるね」

 そこへ、君子さんと入れ替わるようにして守也氏が入って来て、僕の机の上を見た。

「今、君子さんが来て・・」

「ああ、聞こえたよ。またいつもの剣幕で叫んでいたね」

「はい・・、もう無茶苦茶ですよ」

 そして、僕は立ち上がった。

「どこ行くの石森氏」

「いや、パン屋に・・、とりあえず百円あるんで・・」

「・・・」

「もう腹が減って、漫画描くどころじゃないです」

「そうか、じゃあ、僕も行くよ」

 僕たちは二人は近くの商店街のパン屋に言った。やはり、君子さんの言った通りパンの耳が売っていた。

「ちょっと、鳥の餌に・・」

 パンの耳をレジに持っていくと聞かれてもいないのに、レジのおばさんにそう口走る僕だった。

「百二十円です」

「あっ」

 パンの耳は百二十円だった。

「買えない・・」

 パンの耳すらを買うことができなかった。

「・・・」

 僕はレジの前で固まったまま動けなかった。

「石森氏、はい」

「えっ」

 守也氏が二十円置いてくれた。僕は守也氏を見る。

「ポケットまさぐったらあったよ。タバコのお釣り、忘れてたんだ」

「あ、ありがとうございます」

 こんなに二十円に感動することなど今までにあっただろうか。

「本当にありがとうございます」

 僕は守也氏に深々と頭を下げ、心の底からお礼を言った。そんな僕をレジのおばちゃんが、何ごとかと驚いた顔で見ていた。

「結構いけますね」

「うん、意外だね」

 トキワ荘に帰ってからさっそく食べると、腹が減っているせいかパンの耳は意外とおいしかった。しかも、さすがに主食の炭水化物だけあって、体にエネルギーが戻って来る。

「おおっ、なんか元気が出てきたぞ」

 僕は再び漫画を描き始めた。

「ん?まてよ」

 僕はそこではたと気づいた。よく考えると、僕は守也氏に今までいろいろとおごっている。二十円など、それに比べたら微々たるものだった。

「守也氏はうまいな・・」

 守也氏は人におごらせるのもうまいが、恩を着せるのもうまかった。


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