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地獄まんが道 ートキワ荘の青春ー  作者: ロッドユール
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君子さんのまんが道

「努力と工夫と根性よ」

 さらに君子さんは、僕たちにとどめとばかりに指を差す。

「は、はいーっ」

 思わず僕たちは、答えてしまう。

「どんな状況であっても、工夫して漫画を描くのよ。銭湯なんか行っている暇とお金があるなら漫画を描きなさい」

「な、なぜ知っているんだ・・」

 ちょっと怖かった。

「私はすべてお見通しよ」

 君子さんが仁王立ちで鋭く僕たちを見下ろす。

「・・・汗」

 本当に怖かった。

「あなたたちは漫画を描けばいいの。それ以外はみんなすべて無駄よ」

「無駄・・」

 君子さんは言い切った。

「食事は一日二食。パンと牛乳。睡眠時間は三時間。それ以外は漫画を描きなさい。外に出るのは漫画を描き終わってからよ」

「修行僧か・・」

 僕が呟く。

「修行僧より厳しいよ」

 隣りで現在それを実践中の守也氏が呟く。

「死にますよ」

 僕が言う。

「死になさい」

「ええっ!」

 君子さんはなんのためらいもなく言い切る。しかも目がマジだ。

「漫画を描き過ぎて死になさい」

「いや、おかしいでしょ」

「それが漫画家というものよ」

「違うでしょ」

 君子さんは無茶苦茶過ぎる。

「というか、ここはいったい何なんですか」

 僕はもう単刀直入に訊いた。もう訳の分からないことだらけだ。

「これからの時代は攻めの時代なのよ」

 君子さんが言った。

「はい?」

「待ってるだけの時代は終わったのよ」

「はあ」

「育てるのよ」

「はい?」

「出版社自らが漫画家を一から育てるのよ」

 そこで、君子さんは大きく息を吐いた。そして・・、

「その名もズバリ、トキワ荘プロジェクトよっ」

 君子さんは大きく振りかぶるようにしてまたいつもの姿勢で、力強く僕たちに指を差した。

「トキワ荘プロジェクト!」

 僕は驚く。これはプロジェクトだったのか。

「あなたは選ばれたのよ。だから、あなたは全力で努力する義務があるわ。あなたの最大を極限まで発揮して漫画を描くのよ。あなたの人生そのものすべてと、その命を漫画に捧げなさい」

「命・・、というか、応募してないんだがなぁ・・」

 しかし、そんなまっとうな理屈が君子さんに通用するとは思えなかった。

「でも厳し過ぎないですか」

「ライオンは自分の子を千尋の谷に突き落として、這い上がったものだけを育てるという」

「全員這い上がって来なかったらどうするんですか」

「そん時はそん時よ」

「出たとこ勝負じゃないですか。僕たちは実験動物ですか。人権はどうなるんですか」

「そんなものはない」

 君子さんは再び僕たちに指差し力強く言い切った。そこには微塵も迷いの余地はなかった。

「ええっ!」

「漫画家に人権なんかないわ」

「いや、あるでしょ」

「人権があるのは編集者だけよ」

「そんなバカな。どんだけ自分中心なんですか」

「ところで私の渡したまんが道は読んだ?」

 君子さんは僕のツッコミなど何も聞かず、マイペースに話を変え、逆に聞き返してくる。

「いえ、まだあの・・」

「毎日読みなさい。毎日毎日繰り返し朝、昼、晩、必ず読むのよ。擦り切れて、破れて、本が壊れるまで読み込むのよ。セリフを一字一句空で言えるまで読んで読んで読み込むのよ」

「ええ、そんなに・・」

 しかし、君子さんの目はマジだった。僕はちょっと怖くなる。

「まんが道、それはまさにバイブルよ。これをあなたの人生の依り代になさい」

「依り代・・」

「藤子不二雄先生は漫画の神さまよ」

「あの・・手塚先生はどうなるのでしょう・・、確か手塚先生も漫画の神さま・・」

 そこでキッと君子さんは僕を睨んだ。

「ひっ」

「神さまの神さまよ」

「神さまの神さま・・」

「あれは忘れもしない私がまだかわいいかわいい十歳の時だった」

 君子さんは誰も訊いてないのに勝手に語り出す。しかも話が突然変わる。

「私はまんが道と出会った。おじさんが藤子不二雄の大ファンで私の誕生日に送ってくださったの」

「誕生日にまんが道・・、渋いな・・、しかも十歳の女の子に・・」

「私はすぐに虜になった。そして、十歳のいたいけな私もまんが道を歩もうと決意した。でも・・」

「でも?」

「私は死ぬほど不器用で、漫画が描けなかった・・」

 君子さんはうなだれた。

「そ、そうだったんですか・・」

「死ぬほど落ち込んだわ」

「君子さんでも落ち込むことがあるんですね・・汗」

「でも、私は気づいた」

「わっ」

 君子さんはそこで、突然力強く顔を上げた。僕は驚く。

「私は気づいたの」

「えっ」

「自分が描けないのならば、人に描かせればいいと」

「君子さんらしい発想だなぁ・・汗」

「そして私は編集者を目指したのよ。どう?」

 君子さんは僕たちをどや顔で見つめてくる。

「どうっ?て言われても・・汗」

「感動的な話でしょ」

「えっ・・?今の話で感動するところありました?・・汗」

 僕は困惑する。君子さんの感性がまったく分からない。しかし、君子さんは一人自分の話に悦に入っている様子だ。非常に満足そうな顔をしている。

「君子さんって、のめり込むと周りが見えなくなるタイプなんですね・・汗」

 僕が小声で隣りの守也氏に囁く。

「というか、周りの都合とか、気持ちを全く考えない人なんだよ。究極的に自己中なんだよ」

「なるほど・・汗」

 トキワ荘プロジェクトはなんだかよく分からなかったが、君子さんは少し分かった気がした。

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