六
どうやらこの短髪のおじさんは、ポールさんと言うらしい。
伯爵様もダンディなおじさまでなかなか男前だけれど、短髪のポールさんはムキムキマッチョで爽やかな感じだ。
職業はなんと騎士団長。
「騎士団長……かっこいい」
思わず漏れた呟きにポールさんは、まんざらでもない顔をしている。
「まあ、俺が父親とはっきりわからないが、そうかもしれないからな……パパは騎士団長だと自慢してもいいぞ」
グッと親指を立ててそう言ったポールさんは、大人だけれどまるで子供のような顔で得意気だった。
私はその様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「フフフ」
笑う私を見ていたポールさんは、なぜか急に私を抱き上げた。
「トリーは笑うとかわいいな」
ニッコリと白い歯を見せて笑うと、爽やかさが倍増した。
この顔で自然と誉め言葉を言える男。
私の父かもしれないこの人は、モテそうだなと思った瞬間である。
そして、伯爵様は浮気疑惑がすっかり晴れて、安心したのだろう。
初めて私を見て笑った。
「トリー、ポールが父親の場合、君にとって私は伯父にあたる」
「伯父さん?」
「そうだ。何か困ったことがあれば、言いなさい」
突然の優しさに目を丸くする私をみて伯爵様は言った。
「オリビアは君をとても気にかけていた。もし私の子供なら、自分が育てるつもりがあると言っていたぐらいだ」
「オリビアさんが」
「ああ、しかしオリビアは、今皇太后さまに呼ばれていてね。ここ数日は留守にしているんだ」
どうりでこの屋敷でオリビアさんと会わないはずだと納得した。
ここ最近いろんなことがあって、不安が大きかったけれど、いろんなことがわかって少し安心した。
気が緩んだせいか、大きなあくびが漏れる。
「もう休みなさい」
伯爵様のその言葉に私はコクンと頷いた。
「俺が部屋まで連れて行こう」
私を抱いたままポールさんは、部屋を出る。
「この屋敷は広いだろう」
「はい、大きいです」
「トリーはどの部屋を使っているんだ? 何階だ?」
「えっと、二階です」
「ん? 二階に客室なんてあったか? まあ行けばわかるか」
ポールさんは一歩がとても大きい。
長いと思っていた廊下はポールさんが歩けばすぐに端まで着くし、私を抱えているにも関わらず足取りは軽く、あっという間に二階の廊下だ。
「それで、トリーはどの部屋を使っているんだ?」
「えっと、こっちです」
私が指さす方向に進んでくれるポールさん。
「ここは確か物置だぞ。違うんじゃないか」
そう言って部屋の扉を開けたポールさん。
部屋の隅に置いてあるフカフカ布団を見て、私は部屋を間違っていないと確信が持てた。
ついでに、入口近くに夜ご飯が用意されていたから、ここは絶対私が使っていた部屋で間違いない。
「お部屋までありがとうございました」
「……誰がトリーにこの部屋を使えと言ったんだ?」
私はそう言ったポールさんの声がとても低いことに驚いた。
「なあ、教えてくれ」
「……え?」
「いや、俺が直接聞きに行く」
私を抱き上げたまま来た道を引き返すポールさん。
思わずしがみついてしまうほど移動速度が速い。
バンっと大きな音を立てて、伯爵様の執務室の扉を開けている。
「どうした?」
不思議そうな伯爵様に、ポールさんは低い声で呟いた。
「トリーが物置部屋で寝泊まりしていたと知っていたか?」
「なんだと?」
ポールさんが私を部屋まで送ったら、そこが物置部屋だったことを教えると伯爵様は驚いた様子だった。
「ジョンがトリーは客室に案内したと言っていたが……」
「そのジョンを呼んでくれ」
「ジョンは今、オリビアの護衛として城に行っている」
「兄貴はトリーに会いに行かなかったのか」
「ああ、領内で崖崩れが発生してそちらの対応で忙しくてな。トリーの世話はメイドに任せていたはずだ」
それからは、二人して私に質問攻めだ。
誰がいつ、何と言って、何をしたのかを、事細かに聞いてくる。
「えっと、あの、その」
そう口籠る私が少しでも誤魔化そうとしたなら、うまく質問を変えて、気づいた時には喋らされていた。さすが伯爵様、きっと交渉事は得意だろうなという感想を抱いてしまうほど見事に、私の身に起こったことを把握していた。
「ほお、オリバーがそんなことを」
伯爵様は顎に手を当てて、何やら思案しているが、その顔がとても悪い顔だ。
これでは私がオリバー君がしたことを告げ口したようで、後味が悪いではないか。
少しでもフォローをと思って私は口を開く。
「えっと、あの、そう、オリバー君がお風呂に入れてくれました」
「風呂だと?」
伯爵様に話しかけていたはずなのに、なぜかポールさんが話に割り込んでいる。
「そうです、私、とてもとても汚れていたのです。でもオリバー君のおかげで、ピカピカ。服もきれいです」
そうだ、汚れなんてついてない私はきれいなボディの四歳児なのだ。
どさくさに紛れて、着せてもらった服も愛用しているし。
それもこれもオリバー君のおかげだ。
「オリバーは、トリーの裸を見たということか?」
「え?」
この場で、四歳児なんて男も女も気にするような年齢じゃないはずだと思ったのは私だけのようだ。
「オリバーとは後でゆっくり話をしておこう」
にっこりと笑ってそう言った伯爵様が不思議と怖くて私は思わず愛想笑いをしてしまった。
そして、ポールさんは大きな拳を手のひらにバンバンと当てながら言った。
「そうだな。俺は久しぶりにオリバーとブライアンを鍛えてやろう」
「うむ、厳しく頼むぞ。それでトリー、部屋に出入りしていたメイドは誰かわかるか?」
私はブンブンと首を振る。
「わかりません。お話ししてません」
「何か特徴はなかったか?」
「……な、な、ないです」
メイドさんが眼鏡かけてたの覚えてるけど、これまた告げ口みたいじゃないかと思って思わず誤魔化す私。
「……トリーは嘘が下手だな」
ポールさんの言葉に私はショックを受ける。
これでも前世では大人だったんだぞと胸の内で呟いた。
結局私が言わなくても、すぐに眼鏡のメイドさんが私の部屋に出入りしていたことが発覚し、呼び出されたメイドさん。
部屋に入ってきたメイドさんは、私を見た瞬間、呼び出された理由を悟ったのだろう。
「申し訳ございませんでした」
「なぜこのようなことをしたのだ?」
グッと顔を上げたメイドさんは言った。
「夜遅くに奥様のお部屋に明かりを消しに行った時のことです。いつも明るい奥様が、旦那様が浮気をしていると一人で泣いておりました。それに私は噂で聞いたのです」
「何を聞いたのだ?」
「その子供は、伯爵家の財産を狙った者が送り込んだのだと」
どうやら、伯爵家で私の悪い噂がたっていたようで、メイドさんや下働きの人はみんなその噂を信じていたようだ。
それならば、もっとひどい嫌がらせをされてもおかしくなかったと思うけれど、みんな四歳児にひどいことはできなかったのだろう。毎食届く食事は豪華だったし、料理は温かいままだったから、嫌がらせレベルとしては低いと思う。
前世では、女だらけの職場で、派閥やらなにやらいろいろ経験した私である。人生経験を考えれば、小さな嫌がらせなんて朝飯前だ。
「トリーは、私の子ではない。恐らくポールの子だ」
そう言った伯爵様の言葉に、とても驚いているメイドさんは、それからはもうこちらが申し訳なくなるほど謝ってくれた。
そして伯爵様は、自分の浮気疑惑をこの屋敷にいるほとんどの人が知っていることがわかり、困ったように笑っていた。
伯爵様を見て思う。
確かにこの顔はまるで自分が笑っているようではないかと。
それほど私と伯爵様は似ているのだ。
「トリーの出生について急ぎ調べさせている」
「俺も心当たりを当たってみよう」
その日案内された部屋は、一番最初に通されたあの豪華な客室だった。
豪華すぎて落ち着かないと思っていたけれど、疲れた四歳児はどこでも眠れるのだ。
眠りに落ちる寸前、おでこに柔らかな感触がした。
「いい夢を」
自然にそんな振る舞いができる私の父かもしれないポールさんは、モテるだろうなと思いながら眠ったのだった。
誤字脱字報告して下さった方ありがとうございました。