二十八
あれから、シャーロット帝国の王城へとお邪魔することになった私とポールお兄ちゃん。
シャーロット帝国滞在中は、いつもお手紙を運ぶ係をしてくれている騎士様が私の護衛を担当してくれることになった。
「まさか皇子直属の親衛隊の隊長さんだとは知らず、いつもお手紙を運ばせてしまってすみませんでした」
「いえ、いえ、気にしないでください。トリー様の手紙を運ぶ仕事はレオ様が信頼している者にしか任せられないと言われて、名誉ある仕事なんですよ。それにミドルトン家に行くのが楽しみになっていますから」
隊長さんはいい人だった。
慣れない場所で困らないのは、この人が細やかに気を配ってくれているからだろう。
この王城に着いて数日は、誘拐事件の後処理もあり慌ただしそうにしていたレオナルド皇子。
今日はやっと落ち着いたと、私が使わせてもらっている客室へと顔を出しに来てくれた。
「トリー、パーティーは嫌い?」
「嫌いではないですけど、あまりパーティーに出たことがないので得意ではないです」
「シャーロット帝国のパーティー料理食べてみたいと思わない?」
「パーティー料理ですか?」
「うん、トリーの好きなリンゴ鶏づくしのテーブルも用意するよ」
リンゴ鶏づくし、なんとも惹かれるフレーズである。
「父がミドルトン家の皆さんにも招待状を送ったようだから、皆さんもパーティーに来られると思う」
「そうなのですか?」
「今回の誘拐事件で心配をかけたし、謝罪したいんだ」
「謝罪だなんてそんな、レオナルド皇子が悪いわけではないのに」
数日後。
ミドルトン家のみんなが本当にシャーロット帝国にやってきた。
アル兄さまもブライアン兄さまも、オリビア姉さまもみんな心配してくれていたようで、無事な姿を見せると喜んでくれた。
「トリー、大丈夫かい?」
「うん、大丈夫だよお母さん」
お母さんとお父さんとハグをしていれば、レオナルド皇子は言った。
「この度は、トリーを危ない目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるレオナルド皇子に黙ったままのお父さん。
そしてお母さんはというと。
「頭を上げな」
これまでレオナルド皇子の前では上品バージョンのお母さんだったから、お母さんの口調に驚いただろうレオナルド皇子。
「皇子はトリーのために体を張ってくれたと聞いた。トリーが危ない目に遭ったのは皇子のせいだが、トリーが無事だったのは皇子のおかげだ」
面食らってポカンとするという珍しいレオナルド皇子の顔が見られたところで、私は口を開く。
「レオナルド皇子助けてくれてありがとうございました」
親子三人で頭を下げる。
「いえ、俺は当然のことをしたまでです。元はと言えば俺の運命の人がトリーだという情報が洩れてしまったのが原因ですから」
「謝るのは終わりにしましょう。結果的には問題なかったんですから」
いつまでも悔いたような顔でいるレオナルド皇子に、私は話を強引に終わらせた。
その夜、パーティー会場に、ミドルトン家みんなで足を踏み入れた。
自分の国のパーティーがすごいと思っていたけれど、帝国は規模が違った。
「トリー、口が開いとるぞ」
笑ってそう言ったお父さんの言葉に私はポカンと開けていた口を閉じた。
煌びやかなドレスを着た女性がたくさんいて、パーティー会場は色鮮やかだ。
キラキラ光るシャンデリアに目が吸い寄せられる。
キョロキョロと辺りを見回していれば、遠くにレオナルド皇子が見えた。
たくさんの人に囲まれたレオナルド皇子は、改めて凄い人なんだと思った。
なんとなく遠い人のように思えてしまい、私の知っている皇子ではないみたいだと思った瞬間、こんなに遠くにいるのにバッチリと目が合った。
そして一瞬だけど嬉しそうに笑った。
完璧な皇子様として振舞って微笑んでいたレオナルド皇子が、私と目が合った瞬間嬉しそうに笑うから、少し嬉しいなと思ってしまう。
「しかも私、いつの間にかレオナルド皇子の作り笑いと本当に笑った顔の区別がつくようになってる……」
そんな自分にビックリだ。
「何か言ったかい?」
「何でもないです」
思わず独り言をつぶやいてしまったけれど、私は今お父さんお母さんと一緒に行動している。
会場を歩いていれば、フッと端のテーブルに視線が吸い寄せられた。
「お母さん、私あの端のテーブルの方にいますね」
「行っておいで」
レオナルド皇子にリンゴ鶏づくしのテーブルの位置を前もって教えてもらっていた私。
今回はリンゴ鶏の中でもとくに美味しいと言われる品種を用意したらしく、私は絶対に食べると決めていたのだ。
一直線にリンゴ鶏の置いてあるテーブルに向かっていく。
だから、別にフラフラと歩いたわけではないけれど、いつの間にか深紅のドレスを着た女性に捕まってしまった。
リンゴ鶏のテーブルまではもう少しと言うところで、話しかけられたのがきっかけだった。
「トリー・ミドルトンさん?」
「はい?」
振り返れば深紅のドレスを着た美女がいた。
この場にいるということは、この国の貴族か、他国の王族だろう。ここには身分が上の人しかいないのだから失礼のないようにしなければと気を引き締めた。
「あなた、レオ様に求婚されたと言うのは本当ですの?」
これは返事をしてもいいのだろうかと悩んだけれど、無言でやり過ごすわけにもいかない。
「えっと、はい、一応」
ヒシヒシと感じる美女からの怒りに、つい、いつもの癖で笑って誤魔化す私。
「それであなた、レオ様の求婚に首を縦に振らなかったのですって?」
なんで初めて会った人がそんなことを知ってるんだろうと不思議に思ったものの、そんな質問ができる雰囲気ではない。
どう答えればいいのだろうかと悩んでいたら、近寄ってきたのは、綺麗な水色のドレスを着た女性だ。
「女の嫉妬は見苦しいですよ」
「……あなたには関係ありません」
「いいえ、我が国の品位を落とすような真似を黙って見過ごせません」
深紅のドレスを着た女性はその言葉に、なぜか勝ち誇った顔で笑った。
「フッ……あなたレオ様に相手にされなかったからと言って、八つ当たりをするのはやめてくださいまし」
「なっ、なんですって」
「わたくし知っているのよ、あなた夜這いまでしかけておいて、こっぴどく振られたのを」
そう言われ俯いた水色のドレスの女性は、黙って下を向いた。
そして急に笑い出した。
「フフフフフフフ」
その異様な様子が怖すぎて、無意識に一歩下がってしまう。
「だからなによ」
茫然としている深紅のドレスの女性にバチンと平手が飛ぶ。
そこから、女の殴り合いが始まった。
美女の喧嘩は迫力があって怖い。
髪を引っ張ったり、爪で引っかいたりお互い容赦なしだ。
さすがに飛び蹴りはでないから、十年前のジェイドお母さんは凄かったなんて、現実逃避してみる私。
「これはまさかの修羅場に遭遇……」
小さくそう呟いた私の言葉など誰にも聞こえてはいなかった。




