二十七
「おりゃああああ」
次の瞬間、天井近くの梁の上から男に向かって蹴りを入れたのはオリバー兄さまだ。
男の視線をどうにか自分から逸らせればと思って、大袈裟に男の後ろを指さしてみたらうまくいったから運が良かった。
一撃で男を沈めたオリバー兄さまは、驚くもう一人の男にも華麗な回し蹴りを決めた。
そして、その後、窓を突き破って入ってきたポールお兄ちゃんと騎士の皆さんが男達を取り押さえている。レオナルド皇子は、騎士に縄をほどいてもらいすぐにこちらに駆けてくる。
「トリーは怪我はない?」
「私は大丈夫です。レオナルド皇子は大丈夫ですか?」
「まあ、多少痛むけれど大丈夫だよ」
そう言って男に蹴られたお腹をさするレオナルド皇子。
動くたびに眉を寄せているから、きっと痛むのだろう。
私はというと、今更になって震える手を握りしめる。
「もう大丈夫だ」
レオナルド皇子が震える手ごと、大きな手で包み込んでくれて、初めてホッとすることができた。
「助けに来てくれてありがとうございます。でもなんでここにレオナルド皇子が?」
「ああ、それは」
そんな会話をしていれば、ワハハと高笑いが聞こえてきた。
笑いながら男を蹴っているのはオリバー兄さまだ。
「よくも僕を、馬車の中で足蹴にしやがったな。しかも小汚い縄で縛るなんて、許すまじ」
どうやら、オリバー兄さま、馬車の中で足元に転がされた時に意識があったようで、足蹴にされたことを根に持っていたようだ。
天井近くの梁は埃だらけだったのか、白い服が所々汚れているけれど、男達を圧倒する姿は頼もしさすら感じさせる。
「オリバー、ほどほどにしておけよ」
そう言ったポールお兄ちゃんは、もう一人縛り上げた男をオリバー兄さまの方に放り投げた。
オリバー兄さまは、嬉々としてその男を足蹴にしている。
そして、ポールお兄ちゃんは、私の方に来ると、私を上から下まで見てからヒョイと抱えてくれた。
「見つけるのが遅くなってごめんな」
「そんなことないよ、助けに来てくれてありがとう」
「レオナルド皇子、少し失礼します」
それからポールお兄ちゃんは、外へと移動しながら私とはぐれてから起こった出来事を話してくれた。
昼食を買って馬車に戻ったら、私たちがいなかったこと。
慌てて私たちを探したそうだけど、なかなか見つからず困っていたときにレオナルド皇子に会ったこと。
「レオナルド皇子とは偶然会ったの?」
「そうだ。皇子は用事があって偶然あの街にいたらしい。そこで俺と会ったんだ」
それからみんなで手分けして探してくれて、森で馬車を発見。
中には縛られたオリバー兄さまがいて、私が男二人に攫われたことがわかったそうだ。
「後はトリーも知っての通り、レオナルド皇子が騎士を連れて正面から入り、二階の窓からオリバーが侵入」
「だから、オリバー兄さま天井近くの梁の上にいたんですね」
なるほどと納得する私を、ポールお兄ちゃんは座らせてくれた。
そして二人きりなのを確認すると、救急箱を片手にポールお兄ちゃんはすごく真剣な口調で言った。
「トリー、正直に話してくれ」
「うん?」
「あの、男達に不埒な真似はされてないか?」
「ふ、不埒な真似?」
思っても見ないことを聞かれて、目をぱちくりさせた私だったけれど、すぐに答える。
「何もされてないよ」
「本当か?」
思いっきり首を縦に振る私を見ても、まだ疑っていそうなポールお兄ちゃん。
「私はミシェル皇女と違ってお胸もささやかだし、あの男の人たちもそんな気起きないと思う」
「な、いや、ミシェル皇女は今は関係ないぞ」
「フフフ、本当に大丈夫だったから心配しないで」
「そうか」
ホッとした様子のポールお兄ちゃんは、転んだときに擦りむいた膝を手当てしてくれた。
それから入れ替わるように、レオナルド皇子が私の側に来た。
「トリー、やっぱり怪我を?」
「え、いや、ちょっと擦りむいただけで、大丈夫ですよ」
心配そうに眉を下げるレオナルド皇子だけれど、誰が見ても重症なのはレオナルド皇子だと思う。
「私より、レオナルド皇子の方が重症と思いますよ、早く手当て受けてくださいね」
「……ごめん」
「え?」
「今回、トリーが攫われたのは、俺のせいだ。トリーが俺の運命の相手だという情報が洩れてしまったのが原因なんだ」
頭を下げてくれるレオナルド皇子のつむじを見て思う。
「それは、レオナルド皇子が悪いわけではないと思います」
「しかし」
「それに、かっこよく助けに来てくれたじゃないですか」
「かっこよくはなかっただろう。俺は縛られて殴られただけだったから」
「そんなことないですよ」
「本当はトリーは俺がかっこよく助けたかったのに、結局はオリバー殿に助けられたな。犯人へのお灸をすえる仕事も取られてしまったし」
そう言って苦笑したレオナルド皇子は、いつもピシッとした服がヨレヨレだし、髪は乱れているけれど、今まで過ごした中で一番かっこよく見えた。
「私、運命の相手って今でも、やっぱりよくわからないんです。でも助けに来てくれたレオナルド皇子は本当にかっこよかったです」
私の言葉に驚いてきょとんとしていたレオナルド皇子だけれど、すぐに無邪気な子供のように嬉しそうに笑った。
「すごく嬉しい。もしかして、俺のこと少しは好きと思ってくれた?」
はっきり頷くほどの想いはないから、咄嗟に笑って誤魔化す私。
ニコニコと嬉しそうに笑うレオナルド皇子と、フフフと笑って誤魔化す私たち二人を、戻ってきたポールお兄ちゃんが不思議そうな顔で見ていた。
その後、私の誘拐を依頼したという貴族は捕まったそうだ。
実行犯の二人も、オリバー兄さまに痛めつけられたせいか、驚くほど素直に取り調べを受けたとのことだった。
こうして、一応この事件の幕を閉じたけれど、今回のようなことがまた起きないとは限らないから、護衛をつけさせてほしいと言われている。本当は、私を運命の相手として公表するのが一番いいそうだけれど、外堀を埋めるような行為になるからと、遠慮してくれているみたいだ。
そろそろ答えを出さなければいけない。
それは分かっているけれど、なかなか踏ん切りが付かずにいる。




