二十六
それからは、男達の間に挟まれて歩いた。
黙々と、山道を歩いて、考えるのはオリバー兄さまのことだ。
縛られたまま馬車の中に放置されたオリバー兄さまは大丈夫だろうか?
そう思って、思わず後ろを振り返って、転んでしまった。
「あ」
「チッ、勝手に転ぶな」
少し膝を擦りむいた程度だから、問題ないとアピールするようにサッと立ち上がった私を見て、男は前を向く。
今の私にできることと言ったら、男達を刺激しないように遅れずに足を進めることだけだ。
転ばないように気をつけようと足元に集中しながら、頭の中で考えていた。
もし、私の足が物凄く速ければ走って逃げられたかもしれない。
もし、私がすごく強かったら相手を倒せたかもしれない。
もしを考えても仕方ないのだけれど、ついそんなことを考えてしまう。
暗くなっても足を止めない男達に、いつまで歩くのかと聞きたかったけれど、言葉を発するタイミングが見つからなかった。
真っ暗な道を小さな灯りだけで歩き続けて、どれぐらいの時間がたったのだろう。
不意に男の足が止まった。
顔を上げたら、目の前に別荘があった。
「しかし、妙な娘だな」
「ええ、足が痛いとも休みたいとも言いませんでしたね」
え?
そんなこと言ってよかったの?と本気で思った。
何度足が痛いと思ったことか。
その度に、我慢していた私の苦労は一体なんだったんだろう。
「おい、誰もいないぞ」
「本来なら明日ここにということだったので誰もいないようですね」
男たちの会話からどうやら、別荘には人がいないことがわかった。
来た道を引き返すわけにも行かず、無人の別荘に侵入する男たち。
別荘の中でくつろぐ男達とポツンと佇む私。
男の一人が、別荘のキッチンを漁ったのだろう、食料を持ってきた。
一人が席を外すときでも、必ずどちらか一人が私を見張っているから、ずっと気が抜けない。
それから、食料や水を差し出されたから遠慮なく受け取って、喉がカラカラだった私は真っ先にお水を飲んだ。
その後、私が大人しくしているからだろか、男達は警戒する様子も見せずにお酒を飲みだした。
人間アルコールが入ったら口が滑りやすくなるものだ。これは前世の知識だけれど、人間の体の構造は変わらないだろうから、きっとそうだと思う。
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「ここはどこなんでしょうか?」
「シャーロット帝国の貴族様の別荘だ」
シャーロット帝国の貴族なんて知っている人がいない。
思ったことが顔に出ていたのだろうか、男の一人が言った。
「レオナルド皇子の運命の相手には価値がありますからね」
やっぱり、理由はそれしかない。
本来、私は攫われるほどの身分ではないのだ。
だって小国の貴族の端くれなんだから。
「おい、喋りすぎるなよ」
それから、男達は暖炉の前に座り込み何やら話しはじめたので、私は部屋の隅の方にそっと移動した。扉は男達の前を通らないといけなから、逃げ出す心配もないと思ったのだろう、移動したことについて何か言われることもなく、胸を撫でおろした。
そのまま、壁にもたれかかり、攫われて初めて一息ついた。
暖炉の前では、たくさんお酒を飲んでいた男が一人、いびきをかいて眠っていた。
もう一人の男は、ドアの近くの壁に背を預けて眠るようだ。
その様子を警戒したまま見ていたけれど、疲れからウトウトしてしまった。
そしてハッと気づいて目を開けた時には、空がうっすらと白みはじめていた。
まだ早朝で、男達は眠っているようだ。
これからどうなるのだろうかと不安なまま、膝に顔をうずめた、次の瞬間。
ドンという大きな音に、体がビクっとした。
ドアの近くに座っていた男は、急な音に目が覚めたようで、剣を片手に警戒しているのがわかる。
すぐにバンと大きな音を立ててドアが開いた。
「確保!!」
大きなその声が聞こえたと思ったら、扉から、たくさんの騎士が入ってくる。
その先頭にいるのは、レオナルド皇子だ。
「トリー」
なんでここにレオナルド皇子がいるんだろう。
不思議に思ったのは一瞬で、剣を持つ男がこちらに向かってきているのに気づいて慌てて立ち上がる。
けれど部屋の隅にいた私には逃げ場がなかった。
グッと太い腕が、首に食い込む。
私を左手で捕まえたままの男が、右手に短剣を持ち、私の首にピタリと刃をつけた。
「全員武器を置け」
そう言った男の言葉に、レオナルド皇子はすぐに剣を手が届かない場所へと放り投げた。
レオナルド皇子に続いて、この場にいる騎士みんなが剣を手放していく。
「武器は持っていない、トリーを離せ」
何も持っていないとわかるように両手を挙げて、そう言ったレオナルド皇子はとても無防備なはずなのに、堂々としていて余裕があるように見えるから私は驚いた。
「皇子以外は出ていけ」
その言葉に騎士たちが騒めくけれど、レオナルド皇子が片手をあげて制した。
「言う通りに」
レオナルド皇子の言葉に騎士たちが扉から出ていく。
「望み通り騎士は退出させた、トリーを離せ」
男は私を離すどころか、そのまま刃先を押し付けてくる。
だからだろう、縄を手に近づく男に、皇子は大人しくされるがまま、後ろ手に縛られている。
レオナルド皇子が抵抗できない姿になって、ようやく、私の首から男の手が離れた。
できたら近くにある剣を手に取れないだろうか。
そう思って視線をキョロキョロとさせたのが悪かったのかもしれない。
もう一人の男は私に剣先を向けたまま、私を見張るように正面に立った。
「人質は大人しくした方がいいですよ」
そう言われた私は、こんな時なのに、笑って誤魔化すことしかできなかった。
「トリーを傷つけるな」
その声は、自信に満ちた頼もしい声だった。縛られたまま何もできなくて追い詰められているはずなのに、この中の誰よりも余裕を感じる。多分それが男達にもわかったのだろう、抵抗のできないレオナルド皇子を、男が思いっきり殴り飛ばした。
受け身の取れないレオナルド皇子が倒れて男は笑っていた。
「ずっといけすかねぇ奴だと思ってたんだ」
その後も、倒れたレオナルド皇子を蹴る男。
レオナルド皇子は無事だろうかと駆け寄ろうにも、目の前の男が剣先を向けたままで、私は動けなかった。
その時、フッと視界の端にあるものを見た。
「え?」
驚き目を丸くする私に、私に剣を向けている男が怪訝な顔をしている。
「ええ?! 嘘?!! まさか!! 」
男の後ろを指さして、そう言った言葉に、男は我慢できずに後ろを振り向いた。
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