二十四
人払いをした室内で、シャーロット帝国の皇帝と向かい合う私。
さすがに二人きりというわけではなく扉の近くに護衛の騎士の方がいるけれど、ミドルトン家の応接間のソファに対面で腰かけている。
物凄い緊張感に一瞬前世の面接を思い出したけれど、面接よりも今の方が緊張していると思う。
皇帝陛下は、ミシェル皇女ととてもよく似た顔立ちだ。レオナルド皇子のような柔らかさはないけれど、ダンディなおじさまで、若い頃はさぞモテたことだろう。
「愚息が迷惑をかけておるだろう。すまないね」
「いえ、迷惑だなんてそのようなことは」
「いいのだ。わかっておる。突然運命の人だと言われ、求婚され、さぞ困惑したことだろう」
皇帝陛下の言葉は的を射ていて、私は否定することもできずに曖昧に笑って誤魔化すしかない。
「君と一度話をしたかったのだ」
「私とでございますか?」
「ああ、私も昔、妻に求婚したんだが、その時のことを今でもよく言われるのだ。帝国の皇子に求婚されたら断りたくても断りにくい。いきなり運命の人なんて言われても困るだけだと」
うん。
その気持ちすごくわかると思ったけれど、激しく同意するわけにもいかず、小さく頷いてまたも笑って誤魔化す私。
「だから、本気で嫌われる前に連れ戻せとね」
ドキッとした。
私はレオナルド皇子のことを好きでも嫌いでもない。多分出会ってプロポーズまでが短すぎて、驚きの方が大きくて、何かのきっかけで好きになるかもしれないし、嫌いになるかもしれない、そんなあやふやな気持ちなのだ。
だから、その気持ちを見透かされたような気がしてドキッとしてしまった。
「そう構えずともよい。今日はただ話がしたかっただけなのだ」
笑ってそう言ってくれる皇帝陛下だけれど、小心者の私は、この状況に構えないでいることができないのだ。
それからは、内心ではドキドキしていたけれど、表面上は和やかな雰囲気で話が進む。
基本的に私から話を振ることはなく、聞かれたことに答えていく感じで、レオナルド皇子と初めてリンゴ鶏の前で会った時の話をしたり、特別な話をすることはなく、本当にただの雑談だった。
こうして話していると、皇帝陛下はただのおじさんで、この大陸で一番の権力者ということを忘れてしまいそうになる。
「そういえば、兄と歳が離れていると聞いたが、何歳離れているんだい?」
「はい、一番上の兄とは、三十六歳離れていて、二番目のポールお兄さまとは三十二歳離れています」
「ほう、それはまた歳の差が大きいな」
きっと皇帝陛下なら、調べようと思えばいくらでも調べられるだろうから、私の身の上話をすることした。といっても大した内容ではなくて、四歳の頃にあった出来事を話すだけだ。
「はい、あれは四歳の頃の話です」
そう言って話し始めた時、ノック音が響いた。
「父上、失礼します」
「なんだ、せっかくトリー嬢と親睦を深めておったのに」
「私もご一緒してよろしいでしょうか?」
そう言いながら、私の隣に腰かけたレオナルド皇子。
私の顔を見てニコリと笑っている。
「この場にいることは許可するが、私とトリー嬢が話しておるのだ。黙っておるのだぞ」
「ええ、承知いたしました」
「それではトリー嬢続きを」
「あ、はい。それでは」
話し始めれば、レオナルド皇子は本当に黙ったままだった。
そして皇帝陛下は驚いたり、笑ったり、興味津々といった様子で聞いてくれていた。オリビアさんが初めて家に訪ねて来た日から、このミドルトン家の屋敷にきて、いろんなことがあった。細かいことを全部話すわけではないけれど、最初の父親候補はアル兄さまで、次にポールお兄ちゃんだったなんて、今になって思い出すとなんだか可笑しくて思わず笑ってしまう。
「それで、遺言状を作成する日がきました」
「ついに父が登場するのか?」
ワクワクした顔で、そう聞かれた私は一つ頷いて続きを話した。
王城で、父親が誰かを調べたこと、そしてお父さんがお父さんだとわかったこと。
あの日の出来事を振り返りながら、お母さんと二人で話した時のことを思い出す。
「それから、久しぶりにお母さんと会った私は、聞きました。お母さんは、私のお母さん? と」
「それで、母は何と言ったのだ?」
「母は、ごめんと。私の子供じゃないと嘘を言ったと言いました」
「嘘?」
「はい、どんな理由があったにせよ言ったらいけない言葉だったと言ってくれました」
「なぜ、そのような嘘をついたのだ?」
「それは……あの時の季節は冬で、お金もなくて、家にある最後の食料を食べ切ったお母さんは思ったそうです。私にお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたいと」
「それで嘘を?」
「はい、一食でもいい。いつもお腹を空かせていた私にお腹いっぱいになって欲しかったんだそうです」
黙り込む皇帝陛下に私は言った。
「私は言いました。お母さん、あのね、私、ご飯たくさん食べたんだよ。お腹がいっぱいになったんだよ。と」
シンと静まる室内にグスンと鼻をすする音が聞こえてきた。
音がしてきた方を見れば、それは扉の前にいる護衛の騎士の一人だった。
驚く私を見ながら、涙を拭いているではないか。
隣の席のレオナルド皇子をチラリと見たら、涙目だ。
そして皇帝陛下はというと、目頭を押さえていた。
「食べなさい」
そう言ってテーブルに上にあったクッキーを差し出してくれる皇帝陛下だけれど、お腹が空いていたのは四歳の私だ。
その優しさに笑いながら、私は一番話したかったことを切り出すために話し始める。
「その後一緒に暮らし始めたのですが、急に親子になったので、最初私は父のことを、お父さんと呼べずに、マイクさんと呼んでいました」
「仕方あるまい」
「はい、親子だとわかって、一カ月は、きっかけがなくてなかなか呼べなかったのですが、ある日お父さんと呼びました」
「それはお喜びになられただろう」
「はい、父は私にお父さんと呼んでもらえないのを気にしてたのだとその時に聞いて、もっと早く呼べばよかったなと思ったのを今でも覚えています」
ほんわかとした空気になったところで、私は言った。
「私は父が六十を過ぎてできた子供なので、一緒に過ごせる時間は、ほかの親子に比べると短いのです」
「うむ」
「だから私は、お婿に来てくれる人と結婚したいと思っています」
隣から息をのむ音が聞こえてきた。
予想外の事を言われただろう皇帝陛下が驚いている内に言ってしまおう。
「できれば父や母と仲良く同居してくれる男性が理想です」
驚いて目を丸くしている皇帝陛下だったけれど、次の瞬間笑い出した。
「ワハハハハハ、よいよい。自分の親を大事にできることは素晴らしい。そうは思わぬか?」
レオナルド皇子に対して投げかけられたその一言に、皇子は言った。
「父上、どうやら私は婿に行かねばなりません」
皇帝陛下は、その言葉を否定することもなく、機嫌よさそうに笑っている。
自分で言い出したのに、慌てたのは私だ。
「ええ、えっと、あの、そんな簡単にそのようなことを言ったら」
「トリーと一緒に居られるのならば、私は地位などいらない」
真っ直ぐに私を見てそう言ったレオナルド皇子に、私は開いた口が塞がらない。
「地位や名誉があっても、トリーがいない人生など意味がない」
うんうんと頷いている皇帝陛下が視界の端で見える。
私はと言うと、そのブレない強い思いを受け止めることができない自分に戸惑っていた。
そんな私の内面に気づいたかのように皇帝陛下は言った。
「トリー嬢が戸惑っておる。今日のところはここまでにしておきなさい。押しすぎると逃げられるぞ」
「経験者は語りますね」
「うぐっ、苦い思い出だ」
その昔、皇帝陛下も押しすぎて逃げられたことがあるらしい。そんな話をしていればあっという間に時間が過ぎて。多忙な皇帝陛下はその日の内に、レオナルド皇子とミシェル皇女を連れて帰っていった。




