二十二
その日はレオナルド皇子と二人きりで話すことはなかったけれど、終始和やかな雰囲気でみんなで親交を深めた。
オリバー兄さまはレオナルド皇子相手に、掃除道具の実演販売をしていたから、私はとても驚いた。
「帝国の皇子様ならいろんな人や物を見ているだろうから、そういう人が僕の作った物を見てどう思うのか聞きたかったんだ」
そう言ったオリバー兄さまは、マイペースである意味一番の大物かもしれないと思う。
ミシェル皇女は、ポールお兄ちゃんの側を離れなかったけれど、ポールお兄ちゃんは仕方がないなと笑っていた。
「僕は疲れたからもう休むね」
オリバー兄さまが指揮をとり、屋敷の掃除を徹底的にしてくれたおかげで、帝国からのお客様を迎えるためのミドルトン家の屋敷は国で一番きれいかもしれない。
「アル兄さまもブライアン兄さまもお疲れさまでした」
「うむ、たまには本気で働かねばな」
「急な案件でしたが、さすが父上、スムーズな段取りで勉強になりました」
アル兄さまとブライアン兄さまは、なんだかんだ言っても仕事が好きだと思う。厄介な仕事だと口では言いながら、二人は仕事があればあるほど燃えるタイプの様だ。今回王城から来た人員にテキパキと指示を出す姿は生き生きとして楽しそうに見えた。
「オリビア、いろいろありがとう」
「いいのよジェイドと私の仲じゃない、それにトリーのドレス選びは私の趣味みたいなものだから」
私のクローゼットは、昔からいつの間にか服が増えるのだ。それは四歳の頃からずっとで、オリビア姉さまがいつも私にプレゼントしてくれるからだ。今回も張り切ってドレス選びから準備を手伝ってくれた。
「とりあえず、無事にお迎えできてよかったですね」
ミドルトン家のみんなの感想はこの一言に尽きると思う。
王城からの大きなバックアップもあったし、王様直々に、くれぐれもよろしく頼むと言われたのだから、無事に今日を終えることが大事だったのだ。
その夜、私の部屋を訪ねてきたのはお父さんだった。
「トリー少しいいかい?」
「もちろんです」
湯気が出ているカップを手に入ってきたお父さんは私の前にカップを差し出した。
「ホットミルクだ」
小さい頃に好きだったホットミルク、大きくなってからはそんなに飲まなくなったのだけれど、多分お父さんの中では私はまだ小さい頃のままなんだろう。小さい頃は夜寝る前にこうしてホットミルクを飲みながら話をしていたことを思い出す。
まだ熱いホットミルクに息を吹きかけて冷ましていれば、お父さんは私の隣に腰かけた。
「トリーはレオナルド皇子のことをどう思っている?」
少し驚いた。
レオナルド皇子にプロポーズされた日から今日まで、お父さんがこの話題に触れることはなかったから。
「最初は戸惑いが大きかったんですけど、手紙でどんな人か少しわかってきたところです」
「そうか」
伺うように私を見るお父さんに、私は素直に告げる。
「私は、好き嫌いを判断できるほどレオナルド皇子のことを知らないので、まだなんとも言えません」
「トリーが嫌だと思うなら、断ることもできる」
「嫌というわけでは……それに相手は帝国の皇子様ですし」
「相手が誰であろうと、トリーが嫌なら無理に結婚する必要はない。トリーには心から好いた相手と幸せになって欲しいと思っている」
「お父さん」
目尻の皺を深くして笑うお父さんは、とても優しい顔で私を見ていた。
「トリーを嫁にはやりたくない」
お父さんがポツリ呟いた言葉に、私はなんだかくすぐったいような気持ちになった。
「だが、私が一生側にいてやることはできぬからな」
ハッと顔を上げた私を、お父さんは優しい表情のまま見ていた。
わかってる。
いつか別れの時がくること、それがずっとずっと先の未来ではなくて、少し先の未来だろうということも。
私はお父さんが六十を過ぎてできた子供だ。
一緒に過ごせる時間は、ほかの親子に比べるときっと短い。
初めてお父さんに出会ったあの日から十年が過ぎて、私は大きくなったけれど、お父さんは少し小さくなった。その事実が、とても寂しくて、私はいつも思うのだ。
「お父さん、長生きしてください」
「フフ……そうだな。ジェイドにも同じことをよく言われるよ」
漠然と思った。
いつか家を出る日がくるかもしれないけれど、その日を迎えることを想像するとすごく寂しいと。
私はお父さんとお母さんともっと一緒にいたい。
「お父さん、私、お婿に来てくれる人と結婚したいです」
驚いたお父さんだけど、次の瞬間、目尻の皺を深くして笑った。
「まあ、私の目の黒いうちは、私の認めた男でないとトリーはやらぬ」
大きな温かい手が、優しく私の頭を撫でる。
部屋を出て行きそうな雰囲気のお父さんに、私はフッと思いついたことを口にしてみる。
「お父さん、今日一緒に寝ませんか?」
目を丸くしたお父さんに、私は言葉を続ける。
「昔はよく一緒に寝てくれましたよね」
「……寝るまで側にいよう」
「やったー」
私はまだ十四歳だけれど、前世の記憶があるから、親にこうして甘えられる時期がそう長くないことを知っている。
「ジェイドに嫉妬されそうだな」
「今度は三人で寝ましょう」
「そうだな。いい夢を」
「はい、お父さんもいい夢を」
温かい手が、ポンポンと優しく背中を撫でる。
それは四歳の頃と変わらなくて、私は布団の中で一人小さく笑った。
翌日、驚くべきお客さまが我が家を訪れるとは知らずに、幸せな気持ちのまま眠りについたのだった。




