二十一
私は、手紙のやり取りを重ねるごとに、少しずつレオナルド皇子のことを知っていく。
好きな色は黒だったけど、私と出会って、私の空色の瞳の色が好きになったという一文に、妙に恥ずかしくなったりすることもあった。
最初のプロポーズさえなければ、出会って間もない私とレオナルド皇子が手紙のやり取りを始め、少しずつお互いのことを知っていく流れはごく自然な気もするけれど、プロポーズの印象が強すぎて、なんだか妙な感じだ。
そんな日々を過ごしていたのは私だけではなく、ポールお兄ちゃんもだった。
「書くことがない」
そう言って私の部屋を度々訪ねてくるポールお兄ちゃんの手には、ぎっしりと可愛らしい文字の書いてある便せんが握られていた。どうやらミシェル皇女からの手紙を持ってきたようだ。
「お兄ちゃん、また書くことがないの?」
「ない」
「この間もそう言ってなかった?」
もともと、マメに手紙を書くような性格ではないポールお兄ちゃんは、送られてくる手紙への返事が負担になっているようだ。
「無理やり書いた手紙を読んでもミシェル皇女も嬉しくないだろうし、一言でもいいんじゃない?」
「トリーだったら長文の返事が一言でもいいか?」
「返事に困って憂鬱そうな顔されるよりは、笑って一言書いてくれたほうがいいと思う」
「そういうものか」
「いや、私はだよ。もしかしたらミシェル皇女がショックを受けたらいけないから、手紙を書くのが苦手だからと添えておいたらいいかもよ」
「それだ」
勢いよく立ち上がったポールお兄ちゃんは、元気を取り戻したようだけれど、後に私の無責任なアドバイスが事を大きくしてしまう。
「トリー、書く物、貸してくれ」
「はいどうぞ、短文にはカードがおすすめだよ」
カードにササっと書き込んだお兄ちゃん。
「あ、私ももう書き終わるから、一緒にお手紙運んでくれる人に渡しておくよ」
「トリー助かった」
「はーい」
私はなるべくレオナルド皇子と同じ枚数返事を返しているけれど、今回は二枚書くところを一枚で終わらせた。手紙を運んでくれる人は何も言わないけれど、いつもそわそわと待っているのを知っているから、なるべく早く渡してあげたいのだ。
それから三日に一度届くのが当たり前になった手紙を読んでいた私は立ち上がった。
「大変、レオナルド皇子とミシェル皇女が、会いに来る」
すぐにお父さんとお母さんに知らせようと、二人の部屋を目指す。
「そんなに急いでどうした?」
不思議そうにする二人に、私は手紙の一文を読み上げた。
「ミシェルと一緒に会いに行きますってレオナルド皇子が」
「それはいつだ?」
「いつ来るとは書いてない」
この国に皇子や皇女が滞在するようなことがあれば、教えて欲しいと王様直々に言われているのだ。
大国の皇子様と皇女様を迎え入れるとなれば、失礼があってはならないと、王城から人員を配置するとまで言われているらしい。
「あ、そうだ。いつも手紙を届けてくれるシャーロット帝国の人に聞いてみよう」
我が家の客室は、この人の部屋になったのではないかと思うほど、この部屋をずっと使っている手紙を運んでくれる人。ミドルトン家では顔なじみになりすぎて、もはやこの人が黙って出入りしていても誰も何も思わない。それほど我が家に馴染んている、シャーロット帝国のお手紙係。
実際は、皇子直属の親衛隊隊長を務めるほどの凄い人なんだけど、そんなことを知らない私はただのお手紙係だと思っている。
「すみません」
「はい?」
「実は、レオナルド皇子のお手紙に」
私が、二人が来ることを説明すると、それはもう驚いた様子だったので、きっとこの人はレオナルド皇子とミシェル皇女が来ることを知らないのだろうと思った。
「そんな、まさか、いや……、しかし、レオ様が来ると言ったのなら必ず来るでしょう。早ければ明日には」
「明日ですか?」
「通常馬車を使うと、日数がかかりますが、馬で駆けた場合、逆算すれば最短では明日の到着になります」
「わかりました。すぐに父や母に知らせておきます」
それからは大変だった。
私の住む丸い窓の家は、家族で住むには十分だし、もちろんお客様が来ても一応泊まるところはあるけれど、さすがに大国の皇子様や皇女様を泊めるわけにはいかない。
だから、同じ敷地にあるミドルトン家の屋敷をレオナルド皇子とミシェル皇女の滞在先として、急ピッチで準備が進められることになった。アル兄さまとブライアン兄さまは王城とやり取りをしてくれたり、オリビア姉さまとお母さんは女性目線で細かなところの準備を担当してくれたりした。
城からは料理人やメイドが来て、食材や細々とした備品、家具まで運び込まれている。
そして大慌てで準備したかいあって、翌日にはなんとか迎え入れる態勢が整った。
「本当に来た」
窓から遠目でその姿を確認した私は、出迎えのために玄関へと降りていく。
もちろんミドルトン家勢ぞろいでお出迎えだ。
「ようこそいらっしゃいました」
アル兄さまがにこやかに対応しているけれど、レオナルド皇子の目線がチラチラと私に向けられているのがわかる。
「急にすまない」
「いえ、光栄でございます」
そんなやり取りをしてる中、ミシェル皇女が、ポールお兄ちゃん目掛けて飛び込んだ。
「ポール様」
涙目のミシェル皇女を受け止めるポールお兄ちゃんは、最初は驚いたようだけれど、しっかりと受け止めて、顔を覗き込んでいる。
「申し訳ございません」
「急にどうされましたか?」
「……急にではないのです、ポール様、お手紙が苦手だと知らずに、私ずっとお手紙を出していたでしょう。ご迷惑だったと」
「いや、それは」
話し込んでいた二人だったけれど、そこでアル兄さまが言った。
「積もる話もあるでしょうから、中へどうぞ」
こちらへとミシェル皇女をエスコートするお兄ちゃんは紳士だ。
「レオナルド皇子もお疲れでしょうから、中へどうぞ」
そう言ったアル兄さまに一つ頷いたレオナルド皇子は、私の方を見た。
「ああ、だがその前に」
スッと目の前に来たレオナルド皇子は、私と目線を合わせるために膝をついた。
「トリー、元気だったか?」
「はい」
「会いたかった」
どうしよう。
レオナルド皇子の視線が甘すぎてたまらない。
好きだと瞳で語るレオナルド皇子に、私はどうしていいかわからずに誤魔化すように笑うしかなかった。
結局のところ、レオナルド皇子とミシェル皇女が突然やってきたのは、ポールお兄ちゃんが手紙が苦手だと伝えたことで、ミシェル皇女が居ても立っても居られなくなったかららしい。
「それは、私の無責任なアドバイスが原因なんです。本当にすみません」
「いや、いいんだ。俺もトリーに会いたかったから」
まただ。
甘すぎる。
レオナルド皇子から甘い空気が出ているように感じるのは私だけだろうか。
いや、多分私だけではない。
だって、お母さんはポカンと口を開けているし、お父さんは眉間にしわが寄っている。
さらに、オリバー兄さまなんて、ポツリと一言。
「甘すぎて胸やけがする」
多分、本人に聞こえていると思うけど、何も聞こえませんと言わんばかりにレオナルド皇子は私を見つめたままだった。




