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二十

 その夜。


 どっと疲れた様子のポールお兄ちゃんと、妙に疲れた私は、食事が終わっても部屋へと帰らずに、二人ソファに腰かけていた。


「「フー」」


 二人同時に、疲れたようにため息を吐いたから、思わず顔を見合わせて笑った。


「ちょっと疲れたね」

「俺は、もの凄く疲れたぞ」


 急遽シャーロット帝国に帰らなければならなくなったミシェル皇女は最後の最後までポールお兄ちゃんにべったりだった。四六時中あの調子なら疲れると言ったのも頷ける。


「お兄ちゃんは、ミシェル皇女とはどうなの?」

「俺よりトリーだ。レオナルド皇子のこと、どう思ってるんだ?」

「どうって……」

「嫌じゃないか?」

「好きだと言われて、嫌な気持ちはしないんだけど……なんだろう、なんか素直に喜べないというか、なんというか」

「わかる! わかるぞ、その気持ち!!」


 力強く同意してくれたポールお兄ちゃんが、思わず立ち上がっているから私は驚いた。


「そもそも、運命の相手というものが俺にはわからん」

「うん。私にもわからないよ」

「だよな」


 二人で顔を合わせてうんうんと頷く。そして私はそういえばと話し出した。


「レオナルド皇子に運命の相手とわかりませんと言ったら、自分にはわかるけど相手はわからないんだって」

「なるほどな」

「多分、運命の相手だから好きっていう感じがしっくりこないんだよ」

「そうだな。俺もそれは思ったから、言ったんだ。俺がどんな奴かもわからないのに、好きと言うから俺は悪い奴かもしれませんよと」

「うんうん、そう言ったらミシェル皇女はなんて?」

「本当に悪い人は自分のこと悪い人とは言いませんよと」

「た、確かに」

「でも、もしもポール様が悪い人でも、関係なく、好きだと」

「それは、手強いね」


 ミシェル皇女は、ポールお兄ちゃんのことがとても大好きな女性のようだ。


「俺から見れば、ミシェル皇女は子供とまでは言わないが、年齢も離れているからな。今は良くても、本当は俺みたいなおじさんではなく、もっと若いのが相手だったら幸せになれるだろうと思ってる」


 なんだかんだ言いながらも、やっぱりポールお兄ちゃんは優しくて、いつも相手のことを考えていると思う。


「年齢なんて関係ないよ。ポールお兄ちゃんと結婚して幸せになれない人はいないと思う」

「……それはいくらなんでも言い過ぎだろう」


 フッと笑うポールお兄ちゃんは、やっぱりかっこいいのだ。


「俺よりトリーはどうするんだ?」

「まあ、私の場合は、成人するまであと三年はあるし、すぐにどうこうなるわけじゃないから大丈夫だと思うんだ」

「三年なんてあっという間だぞ」

「うん、そうなんだけど」

「いや、待て。あの皇子が三年も待てるのか?」

「三年経たないと成人しないんだから大丈夫でしょう」

「それもそうか」

「うんうん」

「心配しすぎたな」


 そんな話をしていた私たちのもとへ、ブライアン兄さまが訪れた。

 ブライアン兄さまは、ここ最近はずっとアル兄さまについて仕事をしているようで、今日も遅くまで仕事をしていたようだ。


「無事にレオナルド皇子とミシェル皇女は旅立たれたよ」


 どうやら、ブライアン兄さまは二人のお見送りをしてきたようだ。


「トリー、ところで、レオナルド皇子は国に帰る時に何か言ってた?」

「何かって?」

「なぜ急に帰国することになったのか知ってる?」


 ブライアン兄さまにそう言われた私は、慌ただしく部屋に入ってきた護衛の人の言葉を思い出す。


「うん、えーとね、確か奇襲を受けて陛下が倒れられたと言ってたよ」

「奇襲?」

「うん」

 

 私の言葉にブライアン兄さまと、ポールお兄ちゃんは顔を見合わせていた。


「シャーロット帝国に仕掛けるような国はないはずだが」

「そうですよね。僕も同じことを考えていました。シャーロット帝国を敵に回したい国などありません」

「こればかりは俺にもわからんが、妙だな」


 私には、何が妙なのかさっぱりわからないけれど、ポールお兄ちゃんとブライアン兄さまは、二人でいろんな可能性を話しながらも首を捻っていた。


 それからしばらくは穏やかな日々が続いた。

 いつもと変わらぬ日々を過ごすうちに、レオナルド皇子にプロポーズされたことは夢だったのかもと思うほどだ。


「運命の相手……よくわからないし、考えるのやめ、やめ」


 そんなことを呟いていた時だった、私宛にレオナルド皇子から一通の手紙が届いたのは。


 確かに別れ際、手紙を書くと言ってたけれど、手紙が来ないから社交辞令なのかもと思っていた。


 封を開けて、中を見れば白いカードが一枚。

 そのカードに書かれた文字が、達筆すぎて私は驚く。


「字まで綺麗……似合うけど」


 力強く美しい字は、レオナルド皇子らしい字だなと思う。


 カードには一言。


「お元気ですか……だけだ」


 念のため裏面を確認してみたけれど、裏は真っ白だ。

 書き初めの一言で終わる手紙は、もしかしたらすごく忙しいときに書いたんだろうかと思った。


「シャーロット帝国の方が返事を持ち帰りたいそうだから、返事が書けたら渡してね」


 ブライアン兄さまのその声に顔を上げると、扉の入り口からこちらを見ている人が一人いた。


「あ」


 あの人は、アレルギーのある護衛の人だ。食品表示をとても喜んでくれたから印象に残っていた。


「トリー様、返信は俺が責任を持って届けますのでよろしくお願いします」

「はい、わかりました」


 護衛の人が急いでいるかもしれないと思った私は、さっそく机の引き出しから、便せんを一枚取り出した。


「レオナルド皇子もお元気ですか?私は元気にしております……」


 小さな声で文字を読み上げながら記入していた私の手はそこで止まった。

 書くことがなくて、便せんは余白ばかりだ。


 奇襲を受けたと言う、皇帝陛下の様子は気になるけど、そんなことを私が聞いてもいいのかもわからない。

 それなら季節の挨拶でもと思ったけれど、お元気ですかの返信にしてはおかしい気がする。

 フッと王子のカードが目に留まった私は、自分もカードで返事を書くことを思いついた。


「うん。これなら余白も少なくてバランスもおかしくない」


 シャーロット帝国の護衛の人に、手紙を手渡すとそれはもう大事そうに受け取って、布に包んでいた。そして、私に深々と頭を下げるのだ。


「トリー様、本当に本当にありがとうございます」

「いえいえ、私は返事を書いただけですから」

「レオ様もお喜びになると思います。このお手紙は私の命に代えても無事にレオ様の元へ届けます」


 力強くそう言ってくれたけれど、私の書いた手紙がなんてことない内容すぎて、そこまで大事に扱われると申し訳なくなる。


「あの、皇帝陛下はご無事でしょうか?」


 そう言った私に、護衛の人は私から視線を逸らして、答えにくそうにしている。

 どうやら言いにくいことのようだと判断した私はすぐに引き下がる。


「少し気になっただけですから、今の質問は気にしないでくださいね」

「え、いや、無事は無事なんですが、答えられないというわけではなくて、何と言えばいいのか……」

「それでは、レオナルド皇子によろしくお伝えください」

「はい。必ず伝えます」


 それから、三日に一度、私の手元に手紙が届くようになった。

 最初小さなカードだった手紙は、回数を重ねる度にサイズが大きくなり、カードが便せんになり、その枚数が一枚、二枚と増えていく。


 必ず一言目、お元気ですかで始まる手紙のやり取りが、いつの間にか当たり前になるには、そう時間はかからなかった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 10歳も離れているのに。なんだか2人が可愛いです。 ポールお兄ちゃんも同じ立場になって。相談できる相手がいるのは安心ですね。
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