十八
「トリーをどこの馬の骨とも知れぬ男にやれぬ」
相手はシャーロット帝国の第一皇子だとわかっているのに、そんなことを言うお父さん。
お父さんは、シャーロット帝国の人には失礼のないようにと私に釘を刺したことなどすっかり忘れている気がする。
その時、アル兄さまがスッと前に出た。
「レオナルド皇子、トリーは現在十四歳でございます。成人前なので結婚はできません」
当たり前のことを当たり前に言ったアル兄さまだけど、レオナルド皇子は驚いた顔をしていた。
この国の成人は十七歳だ。
当然私は未成年だから結婚はできない。
「そうか……トリーは、もっと年上かと思っていた」
私が十四歳に見えないのはきっと前世の記憶があるからだ。
気を付けているつもりだけれど、前世で重ねた年齢や経験が出てしまっているのか、昔から実年齢より上に見られることが多いのだ。
「お兄さま、運命の相手と出会えて嬉しいのはとてもよくわかりますが、お料理が冷めてしまいますし、食事会を始めましょう」
ミシェル皇女のその言葉で、食事会が始まった。
レオナルド皇子は当たり前のように、ミドルトン家の人々と自己紹介を始めた。
「なるほど、トリーの兄は二人で、そちらの二人は甥っ子になるのか」
ミシェル皇女も興味深そうに、ミドルトン家の歳の差兄弟の話を聞いて、嬉しそうにポールお兄ちゃんを見ていた。その瞳はポールお兄ちゃんが大好きだと言わんばかりだ。
「ところで、この食品表示はトリーの案だと聞いたのだが本当か?」
レオナルド皇子のその問いに、私の隣にピッタリとくっついているオリバー兄さまが答える。
「そうです。この食品表示はトリーの案です。もともとは身内で行った誕生日パーティーの際に、アレルギーがある僕のためにトリーが考えてくれたのです」
自慢気にそう答えるオリバー兄さまに、レオナルド皇子はチラッと私に視線を送る。
「トリーにお礼が言いたいと言う者がいるんだ」
その人は、シャーロット帝国の護衛の一人だった。
一歩前に出たその人は私と目が合うとにっこりと笑い、大きく頭を下げた。
「トリー様、この度はありがとうございました。私はアレルギー体質でして、体に合わない物は食べられないため、パーティーではいつも料理が食べられませんでしたが、今回は美味しくいただくことができました」
考えたのは私だけど、実際にその案を採用して準備したのはアル兄さまとブライアン兄さまだから、お礼を言われるとなんだか申し訳ないような気がしてしまう。
「少しでもお役に立てたのなら嬉しいです」
「彼が美味しい美味しいと料理を食べて回るから、護衛である彼の後ろを俺がついて回ったんだ」
「料理が食べられるのが嬉しくて、つい」
「まあ、そのおかげでトリーとリンゴ鶏の前で出会えたからよしとしよう」
「ということは、レオ様が運命の相手と巡り合えたのは、護衛である私のおかげですね」
シャーロット帝国のみんなは仲が良さそうで和気あいあいとした雰囲気だ。
帝国の皇子様と皇女様を接待するのだから、この国の王様も顔を出したけれど、機嫌の良さそうな皇子や皇女の様子に王様がホッとしているのがわかった。
それからしばらく様子を見ていたら、レオナルド皇子と話す王様はいつもと違い、とても腰が低くなっていて、私はそのことに内心で驚いていた。
だから、隣にいるブライアン兄さまにそっとそのことを聞いてみる。
「ブライアン兄さま、シャーロット帝国はそんなにすごいのですか?」
「うん? 急にどうしたの?」
「王様の様子がいつもと違うなって思って」
レオナルド皇子と喋っている王様が上司の機嫌を取っている平社員にしか見えないのだ。
「王様ももちろん偉いんだよ。でも、王様はね、一つの国の長なんだけど、皇帝は、複数の国家を同時に支配する支配者なんだ」
「支配者?」
「そう、簡単に言うと王は皇帝に認められた地方の支配者なんだ。だから当然皇帝の方がとても偉いんだよ。レオナルド皇子は次の皇帝となる人だから、王様の様子がいつもと違うと感じても仕方ないんだ」
そんな大国の皇子が運命の相手だなんて、信じられない。
出会った瞬間にビビビッときたとか、そんなこと全くなかった。
初めて会ったときは、この人最後の一切れのリンゴ鶏食べたいんだなとしか思わなかった。
そして今ももちろん、レオナルド皇子を見ていても運命を感じるどころか、妙に顔の整った偉い人としか思えないのだ。
レオナルド皇子の外見は、黒髪で背が高く、はっきり言ってかっこいい。ポールお兄ちゃんのように大きくてがっちりしているわけではないけれど、程よい筋肉がついていそうなボディである。
外見は好みだけれど、好きか嫌いかと聞かれたら何とも言えない。
そんな相手が結婚してくれなんて言ったのだから、現実味がないどころか、さっきのプロポーズは気のせいだったのかもなんて思ってしまう。
そんなことを考えてレオナルド皇子を見ていたら、バッチリと目が合った。
私を見て皇子が嬉しそうに笑うから、私はどうしていいかわからず困ったように笑うしかなかった。
その後も皇子の元には、次から次へと人が押し寄せていて、フッとした瞬間に目が合うことはあっても話すことはなかった。
「トリー少し涼みに行かない?」
そう外を指さしながら誘ってくれたブライアン兄さまと、私はテラスに出た。
「トリー、レオナルド皇子の求婚のことなんだけど」
「はい?」
「普通ならシャーロット帝国との国力の差を考えれば、本人に結婚する気がなくても、求婚された時点で断ることなんてできないって言ったけどね、トリーが嫌なら断っていいと僕は個人的に思ってる」
多分本当なら断るなんてとんでもないことだ。
シャーロット帝国の大きさを聞いたからそれは私でもわかるけれど、ブライアン兄さまはそうやって優しく言ってくれる。
ありがとうと顔を見て言おうと思い、一歩後ろに立つブライアン兄さまの方を振り返った私は、もう一人この場に人がいることに驚いた。
「なんだかすみません。でも私のことは気にしないでください。空気と思ってって……無理ですかね。ははは」
頭を掻きながらそう言ったのは、シャーロット帝国の護衛の一人だった。
姿を見るまでここにもう一人、人がいるなんて気づかなかった。
それはブライアン兄さまも一緒だったようで驚いた顔をしていた。
「実は、レオ様の命令で、トリー様の護衛をしてるんです」
「え? 私のですか?」
「はい、トリー様はレオ様の運命の相手ですから」
にっこりとそう言った護衛の人に、私はこの際だから聞いてみようと思い口を開いた。
「少し伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「私で答えられることならば」
「レオナルド皇子の運命の相手は本当に私なんでしょうか?」
「……そうですよね。他国の方には馴染みのない言葉ですし、突然運命の相手と言われても困りますよね」
うんうんと頷く私に護衛のその人は慌てたように、こう尋ねてきた。
「も、もしかして、トリー様、心に決めた方がいらっしゃるんですか?」
「え? 心に決めた方ですか?」
「そうです、レオ様みたいな方にプロポーズされても、トリー様ちっとも嬉しそうじゃなかったし、むしろ困ってる気がしたから、もしかしてと思って」
心に決めた方と言われてもパっと頭に浮かぶ人なんていないけれど、昔から結婚するならポールお兄ちゃんのような優しい男の人がいいなと思っている。チラチラと私を見ながら答えを待っている護衛の人に気づかずに、私は考えていた。ポールお兄ちゃんは騎士団長だし、優しいし、かっこいいし、しかも次男なんて、結婚するにはとても理想的だと。
だから私の沈黙を、護衛の人が勘違いして捉えているなんて思いもしなかったんだ。
誤字脱字報告ありがとうございます。
いつも助かっております。