十七
翌日、急遽お城から呼び出しがあり、お父さんとお母さんが朝早くに出かけていき、予定のない私はのんびりとしていた。
そんな時、ブライアン兄さまが我が家を訪れた。
「トリー、入っていいかな?」
「はい、どうぞ」
私の部屋に入ってきたブライアン兄さまは、ニコニコと嬉しそうだ。
「ブライアン兄さま、何かいいことでもあったのですか?」
「わかる?」
そう言って笑う顔は、誰が見てもご機嫌だ。
「昨日のパーティー、すごく評判が良かったみたいで陛下に褒めて頂いたんだ」
「確かに、昨日のパーティーは良かったです。特に料理が美味しくて」
今、思い出しても美味しかった。
とくに、あのリンゴ鶏は最高だった。
「そうそう、トリーの案の、食品表示がすごく褒められたんだ。シャーロット帝国のお客様の中で、アレルギー体質の方がいらっしゃったみたいで、その方がとても喜んでいたようだよ」
「それは、良かったですね」
ニコニコと笑う私に、ブライアン兄さまは言った。
「それでね、帝国側から発案者に直接お礼がしたいそうなんだ」
「え?」
「ちょうど、ミドルトン家は食事会に誘われているからね、僕はトリーを迎えに来たんだ」
ということで、あれよあれよという間に、お城へ向かう馬車の中だ。
「トリーはポールおじさんが、シャーロット帝国の皇女様に求婚されたのは知ってる?」
「はい、昨日のパーティーの時にポールお兄ちゃんから聞きました」
「普通ならシャーロット帝国との国力の差を考えれば、ポールおじさん本人に結婚する気がなくても、求婚された時点で断ることなんてできないんだよ。それなのに断っちゃったから、ミドルトン家のみんな今お城に集まってるんだ」
「みんなですか?」
「うん、今晩の食事会にはミドルトン家は出席してほしいとシャーロット帝国側から要望もあったしね」
そんなわけで、お城の一室には、ミドルトン家が集合していた。
けれど、主役と言ってもいいポールお兄ちゃんの姿がなかった。
「あれ? ポールお兄ちゃんは?」
ソファに座るお母さんにそう聞いてみたところ、お母さんは外を指さした。
「外の空気を吸いたいと言って出て行ったのさ」
「そっか」
「いろいろ考えることがあるんだろう。まあ夕食までには帰ってくるさ」
お母さんはそう言ったけれど、心配になった私はポールお兄ちゃんの様子を見るために外に出てポールお兄ちゃんを探すことにした。
すぐに見つかったポールお兄ちゃんは何をするでもなく、庭園で立ち尽くしていた。
「ポールお兄ちゃん」
「トリーも来たのか」
「うん、大丈夫?」
「どうしたらいいんだろうな……ミシェル皇女は、俺を運命の相手だと言うんだ」
「うん」
聞いた話によると、シャーロット帝国の皇族の方は、運命の相手というのがわかるそうだ。
運命の相手とは特別なもので、相性ピッタリ、相思相愛、夫婦円満になること間違いなしの相手だそうだ。魂の片割れとさえ言われるその相手と、一生のうちに出会えたらそれはとても幸せなことらしい。
「……ミシェル皇女は出会ってからずっと、俺を好きでいてくれる。それは嬉しいんだが、俺は同じ気持ちを返してあげられないんだ」
「そっか」
「もともと俺は誰とも結婚するつもりもなかったしな」
フゥーっと大きく息を吐き出し空を見上げるポールお兄ちゃん。
元気がないお兄ちゃんの背を私はそっと撫でることしかできなかった。
それから、準備に追われてあっと言う間に食事会の時間になった。
昨日に比べれば小規模だけど、ホールのテーブルにはたくさんの料理が並んでいた。
ポールお兄ちゃんは、やっぱりいつもより静かで、思い悩んでいる様子である。
食事会の時間になり、ホールの入り口の扉が開いた。
サッと頭を下げるミドルトン家のみんな。
もちろん私も一緒に頭を下げる。
今回シャーロット帝国から来たのは五人。
ミシェル皇女と第一皇子、さらに護衛の方が三人来たそうだ。
「楽にしてくれ」
その声に、視界の端でみんなが頭を上げているのがわかり、私も前を向く。
そこには、金色の煌びやかな衣装を着た黒髪の人が二人。
さらに後ろに控えている護衛の人が三人。
一人はミシェル皇女だ。
皇女の視線は、ポールお兄ちゃんへと向かっている。
そしてもう一人。
私はその人が、リンゴ鶏の人だと気づく。
視線が交わったその瞬間、目を見開いたその人は一度大きく頷いた。
そして目を細めて、嬉しくてたまらないと言った様子で言った。
「やっぱり、君だ」
何だろうと首を傾げる私に、近づいてくる男の人。
「結婚してくれ」
「え?」
聞き間違えだろうかと思っていたら、その人は私の前に膝をついた。
「君は俺の運命の人だ」
そんなバナナ。
内心でそんなことを呟いてしまうほど、私は動揺している。
私の驚きをよそに、シャーロット帝国の人はみんながみんな拍手して喜んでいるではないか。
「皇子、おめでとうございます」
「いやーめでたい。運命の相手が見つかるなんて」
「良かったですな」
「おめでとうございます。お兄さま」
この状況についていけないミドルトン家の中で、一番に我に返ったのはお母さんだった。
「ちょっと待ちな。うちの大事な娘と結婚したいなんて」
お母さんはうっかり上品バージョンではなくなっているではないか。
そう気づいた私は、焦って大きな声を出す。
「あの! えーと、私はトリー・ミドルトンと申します」
そもそも、この煌びやかな金色の衣装を着た男の人は皇子だろうと思うけれど、自己紹介もせずにいきなりのプロポーズだったから私はこの人が誰かもわからないのだ。
「すまない、嬉しくて名を名乗ってもいなかった、俺はレオナルド。シャーロット帝国の第一皇子だ」
それからレオナルド皇子は、私の近くに来て私の手を取った。
「小さな手で可愛らしいな」
ギョっとして思わず固まる私。
なんだろう、この砂糖の上からハチミツかけたような甘さは。
その時だ。
そっと皇子の手の中から私の手を引き抜いたのは、オリバー兄さまで、私を後ろからそっと抱き寄せてくれたのは、ブライアン兄さまだ。
「レオナルド皇子失礼いたします。うちのトリーに、いきなりお触りはご遠慮ください」
うちの、を強調したブライアン兄さまは、私の肩を抱いたままである。
そしてマイペースなオリバー兄さまは、皇子が触った場所を入念にハンカチで拭いているではないか。
失礼を通り越してるけれど、これって大丈夫だろうかとお父さんを見れば、よくやったと言わんばかりに頷いている。
お母さんはすっかり上品さをどこかに置いてきたようで、ナイスと言いながら親指を立てているし、アル兄さまとオリビアさんは二人でこっそりとだけど、ハイタッチまでしている。
ミドルトン家のみんなは、私に甘い。
こんな時、私はやっぱり嬉しくて、どこかくすぐったいような気持ちになるのだ。
大事にされてるって嬉しいな。
そう思って顔が緩んでしまった私を、皇子がそれはそれは愛おしそうに見ているなんて気づかず、私は緩む頬を隠すように手で覆った。