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十六


「トリー」


 お肉の置いてあるテーブルへと歩いていた私は、名前を呼ばれて振り返った。


「はい?」


 振り返った私が見たのは、黒髪の美女を腕にピッタリくっつけたポールお兄ちゃんだ。

 帝国に行っていたポールお兄ちゃんと会うのは久しぶりだけれど、美女が気になって再会を懐かしむどころではない。 


 当然のことながら、ポールお兄ちゃんの腕にくっついている魅惑的な目をした女性と目が合った。


「こちらは?」

「妹だ」

「あら、妹さん?」

「トリー・ミドルトンと申します。兄がお世話になっております」


 相手が誰だかわからないけれど、とりあえず挨拶をする私。

 

「随分歳の離れた妹さんなのね」


 ポールお兄ちゃんと私の歳の差は三十二歳もあるから、これはいつも言われることなので、私は困ったように笑ってその場をやり過ごす。


「私はミシェルよ」


 この黒髪の美人はなんとシャーロット帝国の皇女様なんだそうだ。

 説明してほしいと目で訴える私に、ポールお兄ちゃんは苦笑いだ。

 また後でとアイコンタクトを交わした私は、要注意な帝国の人は黒髪と頭に叩き込んだ。


 そんなこんなで、お目当てのお肉のあるテーブルへ到着。

 さっそく一口。


「こ、これは、美味しすぎる」


 フォークでスッと簡単にほぐれてしまう、ホロホロのお肉。

 とろけるような柔らかなお肉が美味しすぎる。

 あまりの美味しさに食品表示を確認する。


「このお肉は、リンゴ鶏のお肉……だからこんなに甘みがあるんだ」


 リンゴが主食の貴重な鶏がいるのは聞いたことはあったけれど、食べたのは初めてだ。

 

 これはおかわりしたいと思い、ペロリと食べ終えて立ち上がる。


 料理の置いてあるテーブルに行けば、リンゴ鶏は最後の一切れだ。


 お肉をそっと持ちあげた瞬間、隣から声が聞こえた。

 

「あ」


 声のした方を見れば、私の手元にあるお肉を見ている妙に顔の整った男の人が一人。


 なんと黒髪だ。


 どう見ても明らかにお肉を食べたそうである。


「どうぞ」

「……いや」


 そう言いながら視線はお肉に釘付けである。


「よろしかったら召し上がってください。実は、私さっき食べたので」

「しかし」

「リンゴ鶏、とっても美味しいですよ」


 そう言ってお肉を盛りつけたお皿を差し出せば、受け取ってくれた。

 

「それでは」


 黒髪の人だから多分帝国の人だろうから、関わらないに限る、そう思った私は足早にその場を後にした。


 だから、私の後姿をその人が見ているなんて気づかなかったのだ。


 

 それからしばらくして、美味しいものをたくさん食べた後、控室で休憩している私の元にポールお兄ちゃんがやってきた。


「あれ? ポールお兄ちゃんなんか疲れてる?」

「トリー、俺を癒してくれ」


 そう言って私をギュッと抱きしめるお兄ちゃんの背をポンポンと撫でる。


「ポールお兄ちゃんがこんなに疲れるなんて珍しいね」


 騎士団長なだけあって体力のあるポールお兄ちゃんが、誰が見てもわかるぐらい疲れているなんてこと滅多にないのだ。


「実はな」


 そう言ってポールお兄ちゃんは話し始めた。


 今回シャーロット帝国に行ったのは建国祭の招待状を皇帝に直接渡すためだったそうだ。


「皇帝陛下に謁見して、直接招待状を渡すことができた……までは良かったんだ」

「ちゃんと渡せたなら何も問題なかったんじゃないの?」

「いや、それがだな、聞いてくれ」


 なんと、その場で先程会ったあのミシェル皇女に求婚されたそうだ。


「求婚?」

「ああ」

「あの、結婚してくださいと申し込む求婚だよね?」

「そうだ、その求婚だ」

「ミシェル皇女とは会ったことがあったの?」

「いや、初めて会った」

「え? 初対面で求婚なんてなんでなの?」

「そうだろう、そうだろう、普通はそう思うよな? な? な?」


 妙に力の入ったお兄ちゃんが私にそう聞いてくるものだから、私はうんうんと頷く。


「一目惚れっていうやつかな?」

「いや……それが、ミシェル皇女が言うには俺は運命の相手なんだそうだ」

「運命の相手?」

「そうだ。そういう相手がわかるんだとかなんとか言っていた。あの場には皇帝はもちろん、皇族の方もいて、みんな口々に言うんだ。おめでとうと……」

「それって……お兄ちゃん、求婚受けたの?」

「いや、俺はその場では一言も喋っていない」


 どうやら、お兄ちゃんはミシェル皇女の突然の求婚と、承諾していないのに周りの祝福ムード、さらには帝国からずっとミシェル皇女と一緒だったそうでお疲れのようだ。


「あれ? でもお兄ちゃんもういい歳だしそろそろ結婚してもいいんじゃないの?」

「トリーまでそんなこと言わないでくれよー」


 どうやら、相談する人する人に、もう四十六歳のポールお兄ちゃんはそろそろ結婚した方がいいから良かったじゃないかと言われたらしい。


「ミシェル皇女はな、とても嫉妬深いんだ」

「嫉妬?」

「さっきな、パーティーで俺に話しかけてきた女に……まあいろいろあったんだ」


 歯切れの悪いその言い方に、いろいろが気になる私。


「いろいろ?」

「知らない方がいいこともある。女は怖い生物だ」


 もう一度私を抱きしめて、フーっと大きく息を吐いたお兄ちゃんは本当に疲れているらしい。



 モテ男のポールお兄ちゃんは基本的に、人に優しいのだ。特に女性や子供には優しいから、本気でポールお兄ちゃんを好きになる人もたくさんいる。でも不思議と特定の相手を作るわけでもなく、独身を貫いているのだ。


「ミシェル皇女には話したんだが、俺は生涯独身の予定だ」

「なんで?」


 我が兄ながら、かっこいいし優しいし、騎士団長だし、優良物件なのに。


「職業柄、いつ何があるかわからないからな」


 ほら、やっぱり優しい。


「だから求婚はな、断ったんだが……好きでいるのは自由だと言われたら何も言えなくなった」

「そっか、それなら……うん、いろいろ大変だね」

「わかってくれるか」

「頑張って」


 なんて人の応援なんてしていた私だけれど、近い将来私も同じような悩みで頭を抱えることになる。

 そんなこと、この時の私はもちろん知らないから、さすがモテ男の悩みは違うななんて思っていたのだ。

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[気になる点] 「帝国」なら「王女」ではなく「皇女」ではないでしょうか?
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