十五
もうすぐで建国祭だ。
ここ最近、周囲の人たちは建国祭に向けて忙しそうな様子だ。
アル兄さまはミドルトン家の代表として様々なことを任されているそうで、寝る暇もないほど忙しいらしい。補佐をするブライアン兄さまもとても忙しいようで、私はしばらく会っていない。
「アル兄さまもブライアン兄さまも忙しすぎて体を壊さないといいですけど」
「ちょっと待って、僕だってこう見えても忙しいんだよ」
そう言ったのは、我が家に遊びにきているオリバー兄さまだ。
オリバー兄さまは出会った頃から綺麗好きだけど、それは大人になった今も変わらない。
綺麗好きすぎて、良く落ちる洗剤や便利な掃除グッズを開発して今では立派な商会の会長なんだから、好きなことを極めるってすごい。
「建国祭には他国のお客様がたくさんくるから、最後に確認しておかなくちゃ」
「え? またあれをやるんですか?」
「もちろん、トリー見てくれ、お願いだ」
あれとは、実演販売のことである。
これまた前世の知識から思いついただけなんだけど、実際に汚れがどれほど落ちるのかをその場で実演して商品を販売するのだ。人間目の前で見せられると購買意欲を掻き立てられるようで、驚くほどに商品が売れた。
「じゃあ行くよ」
「はい」
「寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 特別特価でご提供」
「ちょっと待ってください。これを貴族や他国の方の前でやるんですか?」
「そうだけど?」
「ダメです。今のは庶民向けですよ」
「そうなのか?」
「……もう少しお上品にした方がよろしいかと思います」
この日は実演販売を行うオリバー兄さまに細かな助言をして終わった。
「トリー、ありがとう。助かった」
「いえ、応援していますね」
美形なオリバー兄さまが実演するだけで、会場にいるご婦人達は見てくれるだろうから、半分は成功したようなものだと思う。売るものは本当に汚れが落ちる物だし、問題ないどころか、生産が間に合わなくなるのではないかと思うほどだ。
「トリー少しいいかい?」
「はい、お父さん、どうされましたか?」
いろんな国を旅したお父さんは、昔は外交を担当していたこともあり、他国からのお客様の対応をしたりしていて、ここ最近とても忙しそうだ。
ゆっくり顔を合わせて喋るのは久しぶりである。
「建国祭のことなんだが」
「はい?」
「トリーは、いろんな国があるのは知ってるかい?」
「はい、教えてもらいました」
一般教養は一応教えてもらったから、その時にザックリとだけれどいろんな国があるという話は聞いたことがある。
「シャーロット帝国が一番大きくて広いのですよね。あとは小さな国がたくさんあると聞きました」
「そうだね、この国に比べてシャーロット帝国はとても大きい。国土はもちろん、人口も多く、この国とは比べ物にならないほど豊かで、シャーロット帝国は特別だ」
「特別ですか?」
「うむ……今回の建国祭にはシャーロット帝国からもお客様が来られている。トリーは直接顔を見て話す機会はないかもしれないが、シャーロット帝国のお客様に会ったときは失礼のないように気を付けなさい」
「はい、わかりました」
わざわざお父さんがこんな風に言いに来たぐらいだから、シャーロット帝国のお客様には要注意だ。
まあ、私が関わることなんてないと思うから、気にしないぐらいがちょうどいいのかもしれないけど。
そう、思っていたのに、まさか関わることになるなんて、この時は思いもしなかった。
建国祭当日。
初日は式典があったり、畏まった催し物が多いけれど、これからしばらく街はお祭りムードだ。
たくさん並ぶ屋台に、思わず馬車の窓から身を乗り出したくなる。
「トリー、危ないよ」
「あ、つい、ごめんなさい」
馬車には私とお母さん二人だ。
お父さんは早くに城に出かけて、向こうで待っているそうだ。
「フフフ、まあ、はしゃぎたくなる気持ちもわかるけどね」
青のドレスを着たお母さんは、とても綺麗だ。
本人は外見には無頓着で、着心地が良ければ何でもいいそうだけど、着飾ったお母さんは色気たっぷりだ。私のささやかな胸とは違い、お母さんは出るところがきちんと出ているのである。
式典は子供にとっては退屈なものだけれど、いろんな国の人が来ているから、みんなそれぞれ衣装が違ったりして見ているだけで楽しかった。
「ふー、疲れたね」
「そうだね、お腹も空いたし」
「パーティーで美味しい料理が出るだろうからたくさん食べるといいさ」
「うん、食べちゃう」
「さあ、あとはパーティーさえ出れば、終わりだ」
建国祭、貴族は式典とパーティーに参加しなければならない。
パーティーが苦手なお母さんは今日を乗り切ったら、明日からは屋台で食べ歩きをしたいそうだ。
「お母さん、食べ歩きのためにも頑張ろう」
「よし」
そう気合いを入れたお母さんは、上品バージョンのお母さんになった。
「行くわよ、トリー」
相変わらずの変わり身で、お母さんは背筋を伸ばして堂々と歩いていく。
「ジェイド、トリー、こちらだ」
手招きするお父さんのいる場所は、パーティー会場の入り口である。
今回はパートナーや家族と入場するそうで、私たち家族三人で歩き出す。
「うわぁ」
パーティー会場は凄い人だった。
見える範囲には、人、人、人。
遠くに壇上が見えるから、あそこに偉い人がいるのだろうとわかるけれど、誰がいるかなんてわからない。
「人が多いからはぐれないように」
そう言って、お父さんは私の手を引いてくれる。
お母さんはお父さんの腕を組んでいるから大丈夫そうだし、私はギュッとお父さんの手を握った。
「まずは陛下に挨拶を」
たくさんの人がいる中を、進みながら私は、こっそり食べ物の場所を確認していた。
あそこのテーブルのケーキが美味しそうだなとか、あのお肉食べてみたいなとかそんなことを考えながら進んでいたらあっという間に王族の方の前だ。
王様と会うのは、あの遺言状を作成した時以来である。
金色の髪と深い青の瞳が特徴的なおじさんは、十年たって少し老けたけれど、まだまだ元気そうだ。
「よく来た、マイクに奥方、そしてトリー」
頭を下げた私は内心で驚いていた。
だって王様が私の名前を憶えていたのだから。
偉い人は凄いなと感心していれば、お父さんが王様と一言二言言葉を交わして挨拶は終わった。
それからは、お父さんの知り合いに会うたびに挨拶をしての繰り返しだ。
笑顔で挨拶をするのもなかなか大変だけれど、お母さんも上品バージョンで頑張っているから私も頑張るのだ。そう思っていたのだけれど、小さく私のお腹が鳴った。
「トリーお腹が空いているだろうから食べてきなさい」
そう言ってくれたお父さんの言葉に甘えて、私はそっとその場を離れた。
目指すは端のテーブルのお肉である。
お肉めがけて歩いていれば、恐ろしく目立つ集団が目に入った。
煌びやかな金色の衣装を着た黒髪の人が、五人ほど。
その人たちは騒がしいわけでもないのに、みんな視線が吸い寄せられるようで、なぜか注目の的だ。
「でも、そんなことより、今はお肉お肉」
そう小さく呟いてお肉を目指す私は、その集団の一人にじっと見つめられているなんて知らなかった。
誤字脱字報告してくださった方ありがとうございます。
助かりました。