十四
時は流れ。
あれから十年が経ち、私は十四歳になった。
「中へどうぞ、アル兄さま」
「ああ、お邪魔するよ」
「もっと遅くなるかと思っていました」
「妹の誕生日パーティーに早く参加したくてね、仕事を急いで片づけたんだ」
今日は私の誕生日パーティーだ。
身内だけで行う小さなパーティーだけど、今日のパーティーは私が中心になり準備したのだ。
なんとか準備も終わり、お客様を玄関で迎える役を私がやっている。
「お母さん、皆揃ったよ」
「はいよ、今こっちも準備が終わったとこさ」
私が部屋にお母さんを呼びに行くと、ちょうど準備が終わり着飾ったお母さんがいた。
十年たってもお母さんは綺麗だ。
「仕事で遅くなると言っていたのに、アルはもうきたのかい?」
「うん、急いで仕事終わらせてくれたみたい」
「それじゃあ行くとしようか」
「お母さん今日は頑張ろうね」
この十年いろんなことがあった。
平民が急に貴族になるのだから、本当にいろいろ大変だったのだ。
貴族特有の言い回しに、言葉遣いやしぐさまで、覚えることが多すぎた。私はまだ子供だったから、覚えるのは割と楽だったけど、お母さんは大変だったのだ。
十年たっても上品な言葉遣いが苦手なお母さん。
お父さんが爵位を譲った後だったこともあり、滅多にパーティーやお茶会には参加することはないけれど、それでも参加しなければならない時がある。
ちょうど、今度大きなパーティーに参加することもあり、今日は本番を見据えた最後の予行練習なのだ。
「いつもみたいに黙ってればいいと思わないかい?」
黙っていれば美人のお母さんは、黙って微笑んでいるだけでも確かに大丈夫なんだけど、そうすると周りに男の人が寄ってきて、お父さんの機嫌が悪くなるなんてことが度々起こるのだ。
一度あまりにもしつこい男の人に、お母さんがキレた日には大騒ぎになったりして、あれはあれで大変だった。なるべく黙って大人しいご婦人を演じてきたお母さんだけど、全く喋らないわけにもいかないのだ。
「みんなお母さんが心配なんだよ。お母さんやればちゃんとできるところを見せて安心させようよ」
「うーん、本番ではしっかりやるから心配ないんだけどね」
お母さんはやればできる女なのだけど、みんなその姿を知らないから心配しているのだ。
「みんなのビックリする顔見たいし、ね、お願い」
「仕方ない、トリーがそこまで言うならやってやるさ」
そう言っていつもの顔で笑ったお母さんだけど、前を向いた時にはフッと雰囲気が変わった。
「行くわよ、トリー」
何度見てもこの変わりようが凄くて、私は驚いてしまう。
喋り方はもちろん、雰囲気すら変わるのだから、お母さんはすごいと思う。
「皆様、お待たせいたしました」
そう言って、みんなの揃う部屋で綺麗なお辞儀をしたお母さんに、オリバー兄さまが持っていた箱を落とした。
「……え? だ、誰?」
ブライアン兄さまもアル兄さまも驚いた様子だ。
「本当にジェイドなのか?」
「もちろんですわ。わたくし何かおかしいかしら?」
小首を傾げてそう言ったお母さんは、誰がどう見てもいつものお母さんではなかった。
「いやはや、何度見てもジェイドのこの変わりようには驚かされるね」
お父さんは上品バージョンのお母さんを見たことがあるから驚かないけれど、最初は私と二人でとても驚いた。
上品な仕草や言葉遣い、お辞儀一つすらお母さんは最初できなかった。家庭教師を雇って教えてもらったけれど、どうもうまくいかない。そこでお母さんは考えたそうだ。
「お上品になんて無理さ、でも、真似ならできるさ」
そう言った通り、お母さんはオリビアさんの真似をした。
それはとてもうまかった。
そう、うますぎたのだ。
誰が見てもオリビアさんの真似だとわかる、お辞儀の角度や、話すタイミング、相槌の打ち方、完璧すぎて、逆に違和感を強く感じてしまう。
「なんだい、上品にすれば何でもいいってわけじゃないのかい」
それならと、お母さんは、オリビアさんと皇太后さまを足して二で割って真似をすることにしたらしい。上品な奥様をその二人しか知らなかったからだそうだけど、これがうまくいき、上品バージョンのお母さんができたのだ。
「わたくし疲れてしまうので、このような喋り方は長くはできませんが、よろしいですか?」
そう言ったお母さんを、ポカンと口を開けたまま見つめるオリバー兄さまとブライアン兄さま。
「ジェイドったらお茶会に行ったら、黙って微笑んでいるか、喋ったらこんな感じなものだから、みんなジェイドのことを物静かなご婦人だって言うのよ」
「フフフ」
お母さんとオリビア姉さまが二人顔を見合わせて笑っている。
この二人、一応嫁と姑の関係になるのだけど、歳が近いこともあり仲がいいのだ。
「わたくしの話はそのへんで、今日はトリーのお誕生日ですから」
「そうね、トリーおめでとう」
「おめでとう」
みんながお祝いの言葉と共に、プレゼントをくれる。
「ありがとうございます。今日は楽しんでいってください」
ドレスをつまみお辞儀をする私。
お母さんにはかなわないけど、私も上品に振舞うことを覚えたのだ。
「そうだ、トリー。ポールからプレゼントを預かっているよ」
そう言ってアル兄さまが私に綺麗にラッピングされた箱をくれた。
「ポールお兄ちゃんは、まだ帰ってこないんですか?」
「帝国は遠いからね」
モテ男のポールお兄ちゃんだけど、この十年で結婚することはなかった。現在も独身で、騎士団長として活躍し、今はちょうど帝国に行っているらしい。
「まあ、でも、建国祭までには帰ってくるだろう」
この国は今年、ちょうど建国百年の節目らしく、大々的にお祭りをやるのだ。
その建国祭の時には、貴族は必ずパーティーに参加しなければならないから、こうして今日は予行練習も兼ねて私の誕生日パーティーをしているのだ。
「トリー、あの大きなケーキは何なんだ?」
ブライアン兄さまの問いに私は答える。
「これは大きさを変えて焼いたスポンジを三段重ねているだけなんですけど、見栄えがいいでしょう?」
「トリーは凄いな。昔からいろんなことを思いつくよね」
前世のウェディングケーキを参考にしただけなので、何も凄いことはないから、私は笑って誤魔化すのだ。これまでも前世の記憶があるからできたことや、思いついたことが度々あり、自分自身で斬新なアイデアを出しているわけではないから、褒められるとどうも罪悪感がある。
「こっちはなんだい?使っている材料を書いているのかな?」
そう言ってアル兄さまが指さした先には、私の手書きの料理の説明がある。
「はい、これは、お料理に使われている食材や調味料を書きました」
「ふむ……なぜこのようなことを?」
「えーと、例えばですがこの海鮮団子ですが、お団子の中には海老のすり身が入っています。でもパッと見ただけでは海老が入っているかわかりません」
「そうか、これはオリバーのためか」
「はい、オリバー兄さまは海老を食べると痒くなってしまいますから」
「なるほど」
「あとはみんな好き嫌いもあるので、食べてから苦手な野菜が入っていたことに気づいて嫌だなとなったりしないようにと思いました」
パーティー料理は色鮮やかで盛り付けもきれいなんだけど、何が入っているのか、どんな料理なのかよくわからないことが多いのだ。食べたら苦い野菜が入っていたことがあり、今回原材料の表示を思いついたのだった。まあ、これも前世の食品には原材料表示が当たり前だったからということもあり思いついたのだから、前世の記憶のおかげである。
「ふむ……この案は非常にいいな。どう思う? ブライアン」
「僕もとてもいいと思います」
「トリー、この案建国祭のパーティーで使わせてもらってもいいかな?」
「もちろんです。大した事ではないですが、お役に立てるなら」
この一言が後に、大きな出来事へとつながるなんて思いもしなかった。
年内に更新できました。
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