十二
スッと仮面を外したその女性と一瞬視線が絡み合う。
確かにジェイドお母さんだ。
けれど、私が知っているジェイドお母さんはこんなに綺麗じゃなかった。
着飾ったその姿がものすごく綺麗で、私はもう何に驚いていいのか分からなくなっていた。
「……君はあの時、子ができていたのか」
マイクさんのその小さな呟きに、フッと笑い小さく頷いたお母さんの色気は凄まじかった。
お母さんは、黙っていれば迫力のある美人なのだ。
「うむ、どうやらこれで問題は解決したが、このまま遺言状を作成とはいくまい。明日仕切り直して遺言状の作成を行うこととする」
王様はそう言って、その場から出ていく。
周りが王様にスッと頭を下げるのを見て私も慌てて頭を下げた。
その後、王城のある一室で私はお母さんと対面した。
「お母さん」
私の呼びかけに振り返るお母さんは、とても綺麗で本当に本物のジェイドお母さんなのか疑ってしまうほどだ。
「本当にジェイドお母さん?」
「べっぴんさんにしてもらったのさ」
ああ。
喋ればジェイドお母さんと納得。
「トリーもどこぞのお姫様かと思ったよ。おいで」
膝をついて腕を広げたお母さんに私は思いっきり抱き着く。
ギュッと抱き着いたまま、顔を見て私はお母さんに問う。
「お母さんは、私のお母さん?」
「トリーごめん」
「え?」
「トリーは私の子供じゃないと嘘を言った」
「うん」
私はその嘘が嘘だとわからなかった。
けれど今はわかる。
「どんな理由があったにせよ言ったらいけない言葉だった」
そうだと思う。
けれど、あの時お母さんが私を子供じゃないと言った理由を私は知ってしまったから、怒りなんてこれっぽっちも湧いてこなかった。
「お母さん、あのね、私、ご飯たくさん食べたんだよ。お腹がいっぱいになったんだよ」
私のその言葉に、お母さんは顔をくしゃりとさせて泣きながら笑った。
これから本格的な冬が始まるのに、あの日、お金もなくて、家にある最後の食料を食べ切ったお母さんは思ったそうだ。私にお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたいと。
一食でもいい。いつもお腹を空かせていた私にお腹いっぱいになって欲しかったんだそうだ。
部屋の前で、そっとそのことを教えてくれたオリビアさんは、ジェイドお母さんのことをずっと気にしてくれていたようで、いろんな伝手を使いジェイドお母さんを王城に連れてきてくれたそうだ。
「黒い服着た奴がいきなり来たのさ」
「え?黒い服?」
「さっきもいただろう、あの黒い服着た奴」
「魔法使い?」
「よくわからないけど、あの男は私のことトリーの母親だと知ってたのさ」
後から聞いた話だけれど、魔法使いはなんとオリビアさんの実のお兄さんらしい。
魔法使いは人の世に干渉しすぎてはいけないらしく、基本契約の時にしか魔法を使ってはいけないと掟があったり、いろいろとあるらしいのだけど、どうにかしてくれたんだとか。
「まあ、私にはよくわからないけど、オリビアには感謝だな」
「うん」
それから、私とお母さんが再会を喜び落ち着いたところで、今回の騒動の主役と言ってもいいマイク・ミドルトンさんがこの部屋を訪れた。
ゆったりと歩くその姿は、やはり歳のせいもあるだろうけれど貫禄がある。堂々とした姿は威厳があり、思わず背筋が伸びる。
「ジェイド」
「マイク」
二人が見つめあう姿を見て私は大事なことに気づいた。
この二人の関係性が謎だと。
「子ができていたのか」
「そうさ」
「なぜ言ってくれなかったのだ?」
「言わなかったのではない、気づいた時はマイクとは別れた後だったのさ」
「……すまない」
「マイクが謝ることはないさ。お互い納得した上だったんだから」
二人は恋人同士で、別れた後ってことなんだろうか?
二人にしかわからない何かがあったのだろうけど、さすがに子供の前だからか核心に触れることはなかった。
何やら話していた二人だけど、スッと私の前に膝をついたマイクさん。
近くで見たら目尻の皺が歳を感じさせる。
「トリーというのか?」
「はい。四歳です」
子供らしく四本の指を出して言ってみたら、目尻の皺を深くして笑うその顔は優しかった。
「突然父親だと言われても困るだろうが、君の父は私だ」
きっと自分が父親とさっき知ったマイクさんも驚きだっただろうと思う。
今はお互い突然の出来事に、事実を受け入れるだけで精一杯だろう。
四歳児がそんなこと言えないから、コメントに困った私は、誤魔化すように笑うしかないのだけれど。
「ああ、本当にトリーはアルにそっくりに笑うのだな」
「アル?」
「アルは、トリーの一番上の兄にあたるんだが」
「伯爵様のお名前初めて聞きました」
「トリーの兄は二人、アルとポールだ」
二人のことはもちろん知っているから、うんうんと頷いていれば、今まさに噂していたポールさんがやってきた。
「父上、失礼いたします」
「ポール、変わりないか?」
「ええ。可愛い妹ができたことぐらいしか変わったことはないですよ」
そう言ってパチンとウインクして私を見たポールさんに、私はニッコリと笑った。
「トリー俺は父親じゃなかったけど、兄ちゃんだ。ちょっと呼んでみてくれないか」
「えーと、ポールお兄ちゃん?」
「トリー、おまえってやつは可愛すぎるじゃないか」
気づいた時には、ポールさんの腕の中だ。
「よし、これからは今みたいにポールお兄ちゃんと呼んでくれ」
「呼んでいいの?」
「もちろんだ。まあパパも悪くなかったけどな。よし、トリーは今から俺が城の中を案内しよう」
ああ、やっぱりポールさんは優しいなと思う。
きっと、ジェイドお母さんとマイクさんには二人で話し合う時間が必要だから。
「お母さん、私ちょっと行ってくる」
「……大丈夫かい?」
「うん」
モテ男のポールさんはいい人なのだ。