十
いろいろあったけれど、本日はついに遺言状を作成する日だ。
たかが遺言状と思ったら大間違い。
王城の広間にはミドルトンの血筋の者が大集合している。
正面にドーンと置いてある椅子に、ライオンの鬣のような金色の髪と深い青の瞳が特徴的なおじさんが座っている。
金髪に青の瞳。この組み合わせの人は王族だから覚えておくといいとブライアン君が教えてくれたばかりだったから、その人が王様だとすぐにわかった。
そして白い服を着た人が神官で、黒い服を着た人が魔法使いだそうだ。
伯爵様の後ろをブライアン君とオリバー君に手を繋がれた私が歩く。
騎士団の服を着て、王様の近くで待っているポールさんは目が合えば、パチンとウインクをしてくれるから私はにっこりと笑った。
「ここにいる半数以上が自称ミドルトンだよ」
広間に集まる人の多さに驚く私の耳元でそう教えてくれたのはブライアン君だ。
緊張からかお手洗いに行きたくなった私がお手洗いを済ませれば、見知らぬ女の子が目の前に立ち塞がっていた。歳は私よりは上だろうけれど、ピンクのドレスを着たこの子はきっとまだ十歳にも満たない子供だろう。
「あなたミドルトンなの?」
「……多分」
確証がないからなんとも頼りない返事になってしまったけれど、目の前の子はなんだか不服そうだ。
「あなたのお父様やお母さまは誰なの?」
「わかりません」
「どうせ偽物なんでしょう」
「わかりません」
フフンと勝ち誇ったように笑う子に絡まれているのはわかるけれど、相手が誰かもわからない私は黙ったままだ。
「その髪、近くで見せてみて」
香水の匂いに思わず顔をしかめると、目の前の子供が眉をピクリと動かした。
「気に入らないわ」
グッと掴まれた髪が痛いけれど、相手も子供だ。笑って誤魔化すしかないと困ったように笑えば、ハッとしたように目を見開いて私を突き飛ばして出て行ってしまった。
「何だったんだろう」
なんで絡まれたのかわからなかったけれど、お手洗いから出れば、待ちくたびれた様子のブライアン君とオリバー君がいる。
「遅いぞトリー、ちゃんと手は洗ったか?」
「はい、ピカピカです」
「服が皺になってる、それに髪も乱れてる」
オリバー君のチェックが厳しすぎて、私はお手洗いの中での出来事を話すことになった。
「さすがに女性用のトイレの中まではついて行けないけど、次からは一緒に行った方がいいね」
そう言ってチラリとお手洗いに目を向けるブライアン君は過保護だ。
手をギュッと握ってくれるから、私も握り返す。
広間に戻れば、先程のピンクのドレスの女の子が視界の端に確認できた。
「今から魔法使いが、本物のミドルトンなのか偽物のミドルトンなのかを区別してくれるんだよ」
「え?」
「契約の際に偽りがあってはいけないし、今回は特別らしいよ」
なるほどと、私は事の成り行きを見守ることにした。
黒い服の魔法使いが一歩前に出る。
「異議は認めませんので、偽物と判別された方は退出してください」
そう言って魔法使いが、紙を持って歩いていく。
一人ひとりに紙を差し出しては何かしているようだ。
「偽物」
「偽物」
「偽物」
「本物」
広場はシンと静まって、魔法使いの声だけが響く。
偽物と言われた人の中には文句を言う人もいたけれど、みんな退出していく。
そんな中でお手洗いで私に絡んできた子だけは食い下がっていた。
「違う! 私は本物よ。見てこの髪も瞳もミドルトンよ」
その様子を見て今更だけど、本当に私はミドルトンなのだろうかと不安になった。
「あの子、あの子はどうなの?父親も母親もわからないんですってよ」
ピンクのドレスの女の子が私を指さして怒ったように叫んでいたけれど、無言で魔法使いが首を振る。
そんなこんなで、どんどんと人が減り、ついに私の近くに魔法使いがやってきた。
次は私だ。
いざ、目の前に魔法使いがくると私はドキドキが止まらなくなった。
「手を出して」
右手を差し出すとひんやりとした手が私の手を包んだ。
「親指を紙に押して」
すると、紙に私の親指の指紋が浮き出てきた。
それは一瞬光って消えたけれど、その不思議な現象は確かに魔法だった。
驚く私に、一言。
「本物」
そう聞いて思わず、ホッとしてしまった。
公平を保つためにブライアンくんやオリバー君はもちろん、伯爵様やポールさんも魔法使いによる判別を受けていた。
五十人ほどいた人が、二十人ほどに減ったところで、後ろのドアから一人の男の人が入ってきた。
銀色の髪と空色の瞳を持つその人が広間に入ってきた瞬間、この場にいるミドルトン家の人々はひざを折った。みんながサッと頭を下げているのをみて、私も慌てて真似をした。
「おお、マイク久しいな」
王様のその言葉に、マイクと呼ばれたその人が口を開く。
「この度は我が家の遺言状作成のために、このような場を整えて頂き感謝しています」
低くて深いその声の主は、今回遺言状を作成する本人、マイク・ミドルトンさんだ。
六十五歳と聞いていたから、もっとおじいさんを想像していたのに、服の上からでもわかる筋肉に、日焼けした大柄な体はとても六十五歳には見えない。
声はもちろん、立ち姿だけ見ても貫禄があるのはさすがだけれど。
マイク・ミドルトンさんは引退した今でも政治的にも強い影響力を持っているそうだけれど、滅多に表舞台には出てこないそうだ。奥様を二十年以上前に亡くされて、子供に爵位を譲ったあとは、いろんな国を旅して回っているとのことだ。
「それでは遺言状の作成を」
「お待ちください」
その言葉と共に広間に入ってきたのは、女の人が数人。
先頭は品のいいおばあさんで、その集団の中にはオリビアさんの姿もあった。
今回の遺言状の作成には、ミドルトンの配偶者もいると聞いていたから、ミドルトン家の奥様達だろうと思っていた、私の予想は外れた。
「皇太后さまだ」
ブライアン君のその小さな呟きに、集団の先頭の女性が皇太后さまだと知る。
皇太后さまと言ったら王様のお母さんだ。
「母上、どうされましたか?」
皇太后さまの登場は王様にとっても予想外だったようで、王様の不思議そうなその言葉に、皇太后さまは言った。
「ことの行く末を見届けに来ました」
それでも納得してなさそうな王様に皇太后様は言った。
「トリー・ミドルトン、こちらへ」
ん?
トリー・ミドルトン?
まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかった私がボーっとしていれば、みんなが私を見ていた。
思わずオロオロとすれば、スッと私を抱き上げてくれたのは伯爵様だった。
伯爵様は、私を抱いて、皇太后様の目の前へ移動する。
皇太后さまは私を見て、一つ頷くと王様の元へと移動して何やら耳元で囁いた。
ハッとした様子の王様はしばらく何かを考えていたようだけど、ポツリと呟いた。
「出生をはっきりさせなければならぬな」
細められた深い青の瞳に、私が咄嗟にできたのは愛想笑いだった。
困ったときに笑う癖はこんな時でも出てしまう。
そんな私を見て王様は驚いたように目を丸くしていた。
誤字脱字報告ありがとうございました。