公爵令嬢、死に戻りに気付く
・・・胸が重い。
ああ、剣で胸を突き刺されたのだっけ?
私、死んでしまったのね。
何も成せない短い人生だった。
何か楽しい事、あったかしら?
お妃教育のせいでお友達と過ごす時間も無かった。
そもそも殿下をお慕いしていた訳でも無かった。
なんて味気無い、無意味な人生!
お友達ともっと遊びたかった。
恋だってしてみたかった。
婚約解消して、これからだって思っていたのに!
もしもやり直せるなら、お友達と遊んで、恋もして、後悔しない楽しい人生にしてみせるのに!!
・・・それにしても、胸が重くて息が出来ない。
死んでいるのなら、息できないのは当たり前なのかしら?
でも、何か胸の上に乗っているような?
一体・・・?
陽の光の暖かさを頬に感じて、重い瞼をゆっくり上げる。
と、そこには私の眉間の匂いをふんふんと嗅ぐ白猫カイルの顔があった。
お屋敷で飼っている猫のカイルは、もう15歳のおじいちゃん猫だ。
座っていると直ぐに飛んできて膝の上に乗る姿は愛らしい。
だが、寝ている私の胸の上に箱座りするという仔猫の時からの癖は、夢見が悪いので止めて貰いたい。
・・・うん?
ここはお屋敷?
私の寝室?
カイルが居ることも忘れて、私は勢いよく身体を起こした。
「にゃ!」
乱暴に振り落とされてカイルが抗議の声を上げる。
私は自分の胸を見下ろした。
寝巻きを身につけた胸には、手当ての跡もなければ傷も無い。
よく見ると自分の両手が遠くに感じる・・・?
いや、縮んだ・・・?
頭を動かした拍子に両肩に黒髪が流れてきたが、肩にかかるくらいで短い。
焦って両手で顔をペタペタ触ってみる。
何だかムチムチしている・・・。
「にあー!」
無視するなとばかりに鳴くカイルに目を向ければ、カイルも小さくなっている。
・・・どういう事?
ベッドから転がり落ちながら壁際の姿見まで走っていくと、鏡には息を切らした自分の幼い頃によく似た少女が写っていた。
・・・私、よね?
本当に、私、小さい頃に戻ったの?
目の前に居る、鏡の中の自分に唖然とする。
着ている寝巻きは、5歳の誕生日に父がプレゼントしてくれたものだ。
それまで父は娘に洋服を買ってくれたことがなかったから、とても嬉しくて夏も冬もお構いなしに着ていたのを覚えている。
両指を組んで座り込み、運命に感謝する。
もう一度機会を与えて頂いて、ありがとうございます!
こうして無事に戻れました事、感謝申し上げます!
私、アンティエーヌ・マクレガーは頂いたこの人生を大切にし、必ずや幸せになる事を誓います!
死の間際、強く願った、もしやり直せるのならと。
その声を運命が聞き届けてくれたのだ。
2度目は失敗しない。
幸せになるのだ。
王太子と聖女の痴話喧嘩に巻き混まれないよう、絶対にふたりに近付くものか!
拳を握って天井に突き上げる。
私は明るく開けた未来に想いを馳せながら、楽しい人生の構想を練るのだった。