オヤジ狩り狩り
おやじ狩り。
若者が徒党を組んで、中年男性から金品を強奪せしめるアレ。それが目の前で行われていた。七三分けのザ・サラリーマン風の眼鏡をかけたやせ型の男性が、鼻から血を出しながら、尻もちをつきながら後ずさっている。
そして、そのリーマンの視線の先には、茶髪で黒いスキニーパンツを穿いた、いかにもな感じの不良というか、チンピラみたいな男がいた。もちろん、おやじ狩りなだけあって、その周りにも同じような見た目の人間が1、2、3、4……相当数はいる。楽しそうにおしゃべりしてる雰囲気でも、商談している雰囲気でもない。それに、とてもじゃないけど、このリーマン風の男性一人で太刀打ちできる相手でもない。
ジャスティス・カケルの初陣。
まだちょっと心臓がうるさいけれど、今の俺には謎の自信があった。
いける。俺よりも全然年上で、体格も向こうのほうがいいけど、いける。気がする。たぶん。おそらく。
ただ、やっぱり懸念材料のひとつもあるわけで──
「ほら、少年、カツアゲ君だよ! 迷えるリーマンを助けなきゃ! ……いや、ていうか、カツアゲ君ズだよ! 複数犯だったんだね!」
なんで不破はこんなにテンションが高いんだ。
「……おい、不破」
「なんだい?」
「全然黒髪じゃないんだけど?」
「そうだね」
「全然学生って雰囲気でもないけど?」
「そうだね」
「そうだねって、ほかに何か言うことないのか?」
「でも、場所はあってたね」
「そうだけど……」
「わかってるわかってる。少年の言いたいことは理解できるよ、みなまで言うな。要するに、これは魚釣りと一緒だよ」
「またわけのわからん事を……」
「少年はとにかく魚を釣りたい……つまり、カツアゲ君を倒したいのであって、種類にこだわりはないんだ。鯛やら平目やら。だから、良く釣れるこのポイントに案内したってわけだよ。で、結果、チンピラが釣れた。それだけのことさ」
「ずいぶん強引に、いいほうへ解釈するんだな」
「それが私の長所だからね」
「いらん長所だ」
「ともかく、少年のやることは変わらない。変わらず、カツアゲ君をサーチアンドデストロイだ」
「いやいや、殺しちゃダメだろ……」
「──おい! なんだあ? てめぇ……」
チンピラ集団の中にいた、スキンヘッドで右目に眼帯をつけた、体格のいい男がにじり寄ってきた。それを皮切りに、ほかのチンピラも俺たちに注目してきた。
「おい、不破……! おまえのせいで、気づかれたじゃねえか……!」
正面にチンピラを見据えながら、隣にいる不破に話しかけるも、無反応。もしかしてビビってるのか? と思い、横を見てみると、さっきまでいたはずの不破が忽然と姿を消していた。なんでこんな時にいなくなるんだよ。
「さっきから何ジロジロ見てんだィ? おまえさんから先に狩ってやろうか?」
ハゲのチンピラが強引に肩を組んでくる。その様子を見て、ほかのチンピラがニタニタと笑っている。あとついでに、そこで尻もちをついていたリーマンもなぜか笑っていた。おまえは緊張感持ってろよ! と突っ込むわけにもいかず、俺はおずおずと口を開いた。
「いや、あの、ですね……」
「ああん? 聞こえないねえ? 仮面かぶってるから、声がこもってるんじゃないのお?」
ハゲが耳に手を当て、大げさに訊き返してくる。すこしだけイラっとしたが、相手もまだ暴力を振るってきていない。リーマンの鼻血を指摘しても、おそらくのらりくらりと躱されるのが関の山だろう。ここはもっと決定的な何かがないと。……でも、かといって変に挑発するわけにもいかないし。
「か、カツアゲ……ダメ、絶対……」
「けけけ。おいみんな、このコスプレ野郎、カツアゲ撲滅委員会会長だとよ」
なんでこいつはこいつで、そんな面白い感じで言い直してくるんだ。周りのチンピラも、このハゲの言葉を聞いてケタケタと笑っている。リーマンも笑っている。おまえ、後でマジで覚えとけよ。
「残念だったな、コスプレ坊や。おにいさんたちはね、カツアゲをしているんじゃなくて、おやじ狩りをしているんだよ」
「そ、それは、言葉狩りでは?」
「ほほう、こいつぁ驚いた。おやじ狩りが言葉狩りか。なかなか上手く返してくるじゃないのォ」
「そういうのはいいので、今すぐカツアゲなりおやじ狩りを止めて、社会奉仕活動をおこなってください」
「社会奉仕ィ? おーい、聞いたかよ、みんな! この坊や、俺たちに社会奉仕してほしいんだとよ!」
ケタケタと、また笑い声が起こり、サラリーマンも俺を嘲笑してくる。
よし、わかった。あのリーマンはあとで絶対にへこませる。
「残念だったな、これは……これが俺たちなりの社会奉仕なんだよ」
「……どういうことだ?」
「リーマンの金の使い道って知ってるかィ?」
ハゲに訊かれ、考える。
リーマン。つまり社会人。会社からお給料をもらって日々を生きている会社員。そんな人たちがお金を使うとしたら……、何に使うのだろう?
まったくわからない。
俺は静かに首を横に振った。
「──貯金だよ」
「貯金……?」
「そう。こいつらは特に何も欲さず、何も考えず、その日その日を動物のように生きている。いっちょ前な物欲でもあれば救いようもあったが、こいつらはまさしく会社の飼い犬。朝9時までに会社に出社し、夜の7時までには退社する。家へ帰り、ぼーっとテレビやスマホを眺め、その日眠りに就く。休日も特に何もやらず、日がな一日、これまたぼーっと酒を飲みながら、おつまみをつまみながら一日を終える。そして、ある程度金がたまってきたら、通帳に記載されている金額を見てにやける。その繰り返しなんだよ」
「く、繰り返し……」
どうでもいいけど、なんて説得力だ。
まるで自身も、かつてサラリーマンだったかのようなリアルさがある。ていうか、もしかしてこの人たち、リストラされた人なんじゃないのか? 年齢的にもなんだかそれっぽいし。
「そう。個人が金を使用せず、同じところにずっとため続けるとどうなると思う? ……国がダメになるんだよ。体に置き換えて考えてみてくれ。体内ではずっと血は循環し、常に巡っている。しかし、ある一定のところで、血の巡りが堰き止められたらどうなると思う? その部分が壊死し、使い物にならなくなる。そんで結果、体全体が、この国がダメになる。だから俺は、そんな国の癌でしかない、こいつらから金を巻き上げて、無理やり循環させてやってんだ。わかるか? 俺たちはな、この国のためにおやじ狩りをしているんだよ」
「いや、でもそれ、結局はおまえたちの都合じゃん」
「なんだァ? てめェ……」
「おまえらが自分たちの行いを正当化させようとする、都合のいい妄言じゃん。しかもこのリーマンが本当に無趣味かもわからないし、お金もめっちゃ使ってるかもだろ?」
「そ、それは……」
「だからそれは全部おまえらの都合のいい妄想なんだよ。自分たちのリーマン時代がそんな感じだったからって、他人もそうだって決めつけるなよ。ていうか、そんなことで他人に危害を加えるほうが、よっぽどどうかしてる」
「……なんでそんなこと言うの?」
目の前のハゲが鼻水を垂らしながら、目から涙を流しながら俺に言ってきた。大人の、しかも男が泣いているところを初めて生で見たから、すこしビビってしまう。
「と、とにかく、理由はどうあれ、おまえらのやってることは立派な犯罪行為だ。そんなに正義の名のもとに活動がしたいんなら、警察にでもなってくれ」
「チィッ、ガキだと思って穏便に済ませてやろうと思ったが、それももう止めだ! 行くぞみんな! まずはこのガキをぶっ殺せ!!」
男たちの怒号が路地裏にこだまする。
隣にいたハゲは俺を羽交い締めにすると、そのまま動けないように俺の体を固定してきた。それがかなりスムーズな動きで、一瞬呆気に取られてしまったが、緩い。どうしようもなく緩い。
痛くもないし、痒くもない。息苦しさも感じなければ、拘束されている不自由さもない。
俺は羽交い締めにされたまま、その場で跳躍すると──
「──うおっ!?」
今までにない自身の跳躍力に思わず声を漏らす。
結構しっかり跳躍したとはいえ、後ろのハゲはどう見ても70キロ以上はある。なのに俺は、3メートルほどの高さまで飛び上がっていたのだ。
でもまあ、これくらいの高さからなら、そこまで大怪我はしないだろう。
俺はそう高を括ると、そのまま背中から地面にダイブした。着地時、背後から「むぎゅう」という声が聞こえ、拘束が緩まる。体を起こし、ハゲのほうを見てみると、ハゲは白目をむいて、口からカニのように泡を吐き出していた。ぴくぴくと痙攣しているところを見るに、おそらくまだ生きているだろう。
俺は立ち上がり、一息つくと、自分の手のひらを見た。
大丈夫。
震えていない。
さっきまで激しく脈打っていた心臓の鼓動も、いまは平常時と一緒だ。俺は問題なく14年式の自分の体を使いこなしている。
「て、てめえ! よくも館長を!」
「……館長? この人、館長っていうの?」
「うおおおおおおお! 館長の仇!」
「いや、聞けよ。てか、死んでないし……」
その様子を見てもひるまないチンピラたちは、よりいきり立って俺に攻撃をしかけてきた。
だが、おそらく、今まで弱い者を一方的に攻撃するしかなかったであろうチンピラたちの攻撃は、どれもこれも遅く、弱く、そして迫力に欠けていた。俺はひとりひとりの服を掴むと、全員を真上に放り投げて、そのまま地面に叩きつけていった。
掴んで、投げる。掴んで、投げる。掴んで、投げる。
それはとても簡単なもので、パンチやキックなどといった打撃を繰り出すよりも、的確に相手にダメージを与えることが出来た。
俺が全員を痛めつけるまで、そんなに時間は取らなかった。
チンピラたちは恨めしそうに俺を睨みつけると、そのまま気絶していたハゲを背負って去って行った。
「あ、ありがとう! き、きみ、つつ、強いんだね!」
さっきまで鼻血を出して俺を笑っていたリーマンが、俺のところまで、嬉々として駆け寄ってきた。どの面下げて来たんだ、こいつ。
「い、いやあ、まったく、あんな負け犬がこの僕に危害を加えてくるなんて、身の程を知らないっていうか……」
「消えろ」
「え?」
「消えろ。ぶっ飛ばされんうちにな」
俺が中指を立ててみせると、リーマンはそのまま手足をばたつかせながら、俺の前から消えていった。
「ひゅ~、やるねえ少年」
背後から不破の声が聞こえてくる。俺は振り返らずに口を開いた。
「今まで、どこに行ってたんだ?」
「遠くから少年を見守ってたんだよ。それよりも、そろそろ力の使い方を分かってきたんじゃないのかな?」
「本気か? 掴んで投げただけだぞ?」
俺はゆっくり振り向くと、不破の顔を見て言った。
「本気本気。それでも十分効果的だったんでしょ? ならそれでオッケーだよ」
「でも、もっと効果的な、打撃やら小技やらを使ったほうがいいんじゃないのか?」
「あっはっは。そっちこそ本気かい?」
「なにがだよ」
「だって、クマやゾウが人間相手にカンフーや空手を使うかい?」
「いや、使わないけど」
「それでも人間にとって十分脅威だろう? ただ自分の爪を、鼻を、体重を利用した単純な攻撃なのにも拘わらず、だ。つまりそういうことだよ。もっというと、少年の能力は電気だけど、そんなものを使う必要なんてないんだ。私が今回のことを通じて少年に言いたかったことは、少年はもうすでに人智を超える力を身に着けているという事」
「人智を超える……」
「そう。あとはそれを少年なりに上手く利用してあげればいいだけ。力加減については、最後、少年はチンピラを掴んで投げただけって言ってたけど、あの時、少年は本気で投げてたかい?」
「い、いや、それなりに手加減はしてたけど……」
「ならもう十分だね」
「そう……なのか?」
でも、たしかに不破の言う通り、わざわざ電気に頼らなくても、チンピラたちを難なく征することが出来た。悪い人間を懲らしめるにあたって、これ以上の力を求めるのは、不必要な事なのかもしれない。
「さて、これで少年は晴れて卒業となったわけだ」
「卒業?」
「うん。あいにく、私のほうもここ数日、思いのほか忙しくてね。これ以上少年に時間を割く余裕がないんだよ」
「駄菓子屋なのにか?」
「駄菓子屋だから、だよ」
「……なあ、不破は本当は、何やってんだ?」
「それは言わない」
「言えないじゃなくて?」
「言わない。まあ、あとは少年の思うまま、好きに行動するといい。今みたいに人助けをするもよし。力の存在なんて忘れて、普通に生活するもよし」
「わかった」
俺がそう言うと、不破はにっこり笑って(いる気がした)、そのまま何も言わず、路地裏の闇に紛れていった。