イラっとした僕。瑞樹さんの配信を荒らそうとしたらアンジュも来ました(1)
今回の獲物は二人だよ!
「やっと終わった……」
僕が使わせてもらっている部屋の下着を拾い集め、洗濯機に放り込み、リビングと玄関の掃除を終え、時計を見ると十九時を回っていた。この間、瑞樹さんは自室から一歩たりとも出てこなかった。出てこられても困るというのはあったから助かったと言えば助かった。部屋が汚いのとは話が別で、いさせてもらう立場でありながらほんの少し彼女に殺意が湧く
「配信荒らしてやろうかな……」
現実での殺人は罪だけど、ゲームでの殺生は法律違反にはならない。って言ってもPKの概念が存在しないゲームで爆破アイテムを使用してのPKは最悪妨害行為とみなされるからやらないんだけど、瑞樹さんの配信は基本、UWОをリスナーとワイワイするっていう和気あいあいとしたもの。動画概要欄に自分はエンジョイ勢でPKは禁止のスタンスが書かれている。アンジュの場合は守ってくれる騎士様募集で楽しむ事を重視してます、時々暴言が出るけどわざとじゃないと書いてるけど……うん。いつも暴言しか出てない。ついでに言うとPS重視の人はお断りって書いてるんだけど、彼女自身のPSが低いからこれについてはノーコメント
PS────プレイヤー自身が持っている上手さと下手さを表してゲーム中に数値として表れない性能や能力の事をを指す呼称で Pスキル、PSと略す人もいる。 “上手さ”って意味で使用される事が多いんだけどね。リアルで言う運動神経だ
「瑞樹さんの配信を荒らすのも面白そうかもね」
僕は塵一つないリビングで天井を見上げて呟いた。UWОは自由度が高いゲームでプレイヤーのブロックというのがない。通信で話をしたくないプレイヤーを遮断する事は可能だけど、遊びたくないプレイヤーをブロックする機能は存在しない。星や宇宙を舞台としたロボット使用の戦争ゲームだから仕方ないと言えば仕方ない。だから瑞樹さんの配信を荒らす事も容易だ
「たまにはいいか。エンジョイ勢の配信を荒らすのも」
Vtuber関係なしに暴言すら吐いてない配信者の配信を荒らすのは僕の主義に反する。不意討ちをした時の反応、相手を打ち負かした時の発狂が聞けないからね。でも、たまにはアンジュじゃない配信者の配信を荒らすのも悪くないと思う
「そうと決まれば夕食は早めにしよう」
瑞樹さんの配信を荒らすと決めた僕はキッチンへ向かった。
「やっぱり……毎度の事ながらよくもまぁ、スーパーやコンビニの弁当、カップ麺だけで病気にならないよね……」
キッチンに来てすぐ僕は冷蔵庫を開けた。中を見ると案の定、食材の類は一切入ってなかった。あるのは炭酸飲料、スポーツドリンクと酒類のみ。お酒が好きなら豆腐くらい入ってると思ったら大間違い。瑞樹さんが酒盛りする時のつまみはビールの時はポテチ、日本酒の時は鱈の干物と決まっている。調味料すら入ってないのは彼女の食生活と日本酒を飲むときのつまみが関係しているんだけど、今度言うよ
「調味料を買い揃えるところから始めないといけないのか……」
僕は深い溜息を吐いた。もう外食でいいかな? とすら思う
「本当は経済的にも健康的にも良くないんだけど……外食でいいか」
外食は栄養が偏りがちになる。自分の食べたいものを頼むんだから偏ったとしても無理はない。オマケに経済的にもよろしくない。値段の割に量が少なく、量を増やせばお金が掛かる。日本経済を回すにはいいんだろうけど、家庭経済にはダメージしか入らない。外食でいいかって言ったけど、一応、瑞樹さんにでも聞いておこう。僕はスマホを取り出し、瑞樹さんの番号を呼び出した
『はぁぁぁぁぁぁい、どしたの~?』
電話を取った彼女は……僕がここに来た時と同じく怠そうな声だった
「今日の夕飯なんだけどね」
『うん~、配信あるからカップ麺でいいよ~』
言葉が出ない。配信より自分の健康優先させるべきなんじゃないの?
「太るよ?」
女性に太るは厳禁なんだけど、栄養が偏り、高カロリーなものしか食べてない瑞樹さんには容赦しない
『陽人うるさい。女の子に太るとか言っちゃダメだって教わらなかった?』
さっきとは打って変わって冷たい声に変わった。二十五歳は……女の子の部類に入るのかな?
「教わらなかったよ。それより、夕飯カップ麺でいいの? せっかく外食に行こうと思ったのに」
『外食!? 行く!』
まだどこに行くかすら決まってないのに食いついて来る瑞樹さん。お金を出すのは彼女であって僕じゃないからいいんだけど
「なら早めに準備してね。配信もあるんでしょ?」
『すぐ行く! 待ってて!』
そう言って瑞樹さんは電話を切った。同時に彼女の部屋から物音が聞こえた。つい一時間前の状態からお察し。彼女の部屋は……汚い。ゴミは……ないと思うけど、とにかく物が散乱している。
「気長に待ちますか」
僕は瑞樹さんの将来を案じながら準備が終わるのを待った
瑞樹さんの準備が終わり、向かったのは近くのラーメン屋。別に全国チェーンの牛丼屋でもよかったんだけど、彼女がラーメンがいいって事でラーメン屋に決まり、適当な店に入って僕達は無難なしょうゆラーメンを頼んだ。食べ終わったらすぐに店を出て帰宅。瑞樹さんは配信があるからと言って部屋に籠り、僕も彼女の配信を荒らすために使わせてもらっている部屋に籠る。その後の手順はアンジュの配信を荒らした時と同じ。違うのは僕が使っているアカウント。瑞樹さんと遊ぶときはブジャルじゃない別垢を使うんだけど、今回はブジャルで行こうと思う
「さーて、楽しませてよね。瑞樹さん。いや……水越みかさん」
今日は配信荒らし休業かなと思ってたけど、思わぬところで獲物発見と言ったところかな? 今は配信の方が待機中だからログインだけ済ませてある状態なんだけど、自然と口角が吊り上がる。どんな反応を見せるか楽しみで仕方ない。アンジュとは違い、瑞樹さんのはGIFに毛が生えた程度の水着姿で明らかに男を誘ってるような立ち絵じゃなく、動画が微かに黒い状態。彼女のチャンネル登録者数1300人程度なんだけど、アンジュとはリスナーの質が違う。あっちはアンチとその他なのに対し、こっちは純粋なファンが多い
待つ事五分。僕はアンジュの時と同じくUWОに潜っていて瑞樹さんの配信は見ていない。コメ欄にどんなコメントが流れているか分からない。ついでに言うと動画の方は音をミュートにし、通信は遮断してきたから配信が始まったところで瑞樹さんの声は聞こえない。喋ってる声はもちろん、Vtuber独特の挨拶すら聞こえない。けど、ログには“水越みかが出撃しました”と表示されていた。
「それじゃ僕も出撃しますか」
瑞樹さんの出撃ログが表示され、配信を荒らすべく僕も出撃! と意気込んでいたところで────
『はろ~、アンジュだよ~♡ 開始前からコメントありがちゅ~♡』
アンジュ出現。え? 配信してるの!? 僕は慌ててスマホを取り出し、SNSを開いてアンジュと検索。結果は……“20:30~配信♡ 見に来てね♡”と告知されていた
「これは予想外だったなぁ……」
思わず笑みが零れる。瑞樹さんとアンジュ。配信荒らしの僕にとってこれほど美味しい状況はない。どっちの配信を荒らすかもだけど、どちらをボコボコにして遊ぶか決められない。
「ひとまず二人のいるエリアから確認しないと……」
アンジュのいるエリアはいつも地球の日本・東京エリアと決まっている。問題は瑞樹さんの方なんだけど……
「偶然って恐ろしい」
エリア確認をすると瑞樹さんもアンジュと同じく地球の日本・東京エリアにいた。瑞樹さんの方は他のVtuberと繋がりがあるけど、アンジュの方は他の配信者や自身のリスナーと喧嘩ばっかりしてるから繋がりなど皆無。二人が同じエリアに居合わせたのは偶然の産物と言える
「挨拶代わりに二人共超粒子砲で死んでもらおうかな」
動きを見ると瑞樹さんとアンジュのいる位置は近かった。超粒子砲の射程範囲内だから二人纏めて始末できる。僕は宇宙にいるから見つかったとしても辿り着くにはゲーム内では1時間程度、リアルだと数秒のラグがある。撃ち終わったら僕がアンジュ達がいるところに降りればいいだけだし
アンジュがいるって事は、囲いもいる。僕はアンジュと囲い共の通信を遮断した。配信の方は見てないから問題なし。爆撃する準備を終え、二人に照準を合わせた。このゲームは宇宙から攻撃する場合、複数のプレイヤーを選択する事が可能。格闘は距離的な意味で無理だけど、射撃はミサイルや今から撃とうとしている超粒子砲みたいな大型というか、派手というか、拡散可能なものだったら最大10人まで選択可能。今回の場合、アンジュと瑞樹さんのリスナーがいるから合計人数が軽く20人は超えてるんだけど……
「囲いなんてオマケなんですよ」
僕は迷わず超粒子砲を撃った。囲いがいる場合、ソイツらを倒したところで意味はない。狙うは配信主のみ
「僕に見つかったのが運の尽きだね」
“あなたがアンジュを撃破しました”
“あなたが水越みかを撃破しました”
配信者二人の撃破がログに表示された
「いっちょ上り」
自分の家だったらここでマイク付けて煽り倒してたところだけど、同じ階に瑞樹さんがいる。近所迷惑の意味合いも考え、大声を出すわけにはいかない。従姉の配信を荒らしてるから尚更
「さて、地球に降りる前に飲み物でも持ってくるかな」
僕には配信者二人の声は聞こえない。彼女達がどんな反応してるかは分からない。反応はどうでもいいとして、今から離籍するけど、その間にアンジュか瑞樹さんの囲いに撃破されても僕は全く気にしない。離籍してるのが一番大きいけど、僕の楽しみは配信荒らし五割、ゲーム五割とあまり結果に拘らない
「精々無抵抗なキャラボコして優越感に浸っててよね」
パソコンを冷たい目で一瞥すると部屋を出た
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました