気まずさを感じていた僕。瑞樹さんと話し合う時が来たようです(1)
第三者のせいで気まずくなるとか人災でしかない
「んぁ……寝てた……」
ちょっと目を閉じたつもりが寝てたらしい。気が付くと辺りが真っ暗だった。どうやら思っていた以上に疲れてたみたい。授業疲れ……じゃないよね。偽ブジャルのせいだ
「はぁ……」
天井を見上げながら溜息を吐く。ブジャルは元々アンジュの配信荒らし。偽物が出ても不思議はないし、今まで情報なかったのが奇跡に近い。だけど、偽物が関係ないVtuberに迷惑掛けるとは思ってなかった。完全に予想外な上に自分じゃないからこそ精神的に堪えるものがある。瑞樹さんと気まずくなったのも原因の一端だけど、元を正せば偽ブジャルが全ての元凶だ
「復讐するのに無関係な人を巻き込むなって教わらなかったのかな……」
偽物の目的は僕への復讐。恨まれる事をたくさんしたから文句は言えないんだけど、狙うなら僕だけを狙ってほしい。関係ない人を巻き込む事はないでしょうに……
「最悪ここを出ていくしかないかな……」
ネット上での問題だからここを出ていく必要はないとは思う。でも、瑞樹さんと気まずいままでいるくらいならって考えると出ていくのも選択肢の一つだ
「仲直り……したいのかなぁ……」
瑞樹さんと仲直りしないといけないとは思っている。誰の為に? 恋紋さんと凛瑠葉さんの為? 分からない……今まで喧嘩をした経験はある。僕だって男子だ。取っ組み合いの喧嘩はもちろん、口喧嘩もした事はあるし、教師仲介の元仲直りの握手だってした。けど、今回は取っ組み合いの喧嘩でも口喧嘩でもない。そもそも喧嘩すらしてない。偽物のせいで気まずくなっているだけ。だからこそ質が悪い
「偽ブジャルの件に早々決着を着けてちゃんと話し合った方がいいか」
僕の仮定じゃ偽ブジャルの正体はアンジュ。証拠はないけど、クレームの付け方と被害者達に絡んだ時間帯がアンジュの発言や活動時間に酷似している。でも、絶対的な証拠がない
「配信で煽る……いや、ダメだ。そんな事したら話すものも話さない」
配信で彼女を煽ったところで怒りを買い、引き出したい情報を引き出せない。かと言ってブジャルが突然アンジュに媚びを売ったところで本人には警戒され、同士達からは頭の心配をされる。和解した後だったらアリなんだけど、今の段階で媚びを売るのは展開的に考えていい手とは言えない。僕に残された手段はただ一つ
「複垢作るか……」
UWОは複垢が許されている。複垢から本垢にアイテムの譲渡ができないようになっているからこそ許されている部分があるのかもしれない。何が言いたいのかと言うと、運営は寛大だって事。今回は運営の寛大さに救われた。これで偽ブジャルの正体を探れるんだからね
「名前どうしよう……」
複垢を作るのは決定事項。問題は名前だ。ブジャルはイタリア語の嘘吐きが由来している。複垢にも嘘吐きが由来した名前を付けると勘のいいヤツにブジャルの複垢だと気付かれる恐れがある。嘘吐きから離れないといけないけど、アンジュを崇拝してますみたいな名前にするのは僕が個人的に嫌だ
「困った……」
ブジャルの名前を付けるのは簡単だったのに複垢の名前を付けるとなると悩む。正体を暴露した時にブジャルを匂わす名前じゃないと騙した意味がない。僕の目的はアンジュに媚び売って仲良くする事じゃなく、アイツを絶望のどん底に叩き落す事。ブジャルに拘るわけじゃないけど、騙されたという構図じゃなきゃ面白味がない。ブジャルを匂わせ、かつブジャルとは繋がらないであろう名前……あるじゃん!
「安直だけどそれでいこう」
ベッドから飛び起きた僕は電気も点けずパソコンを起動させた。この名前ならよく見るとブジャルを匂わせるけど、ブジャルとは繋がらない。屁理屈だとは思うけど、アンジュはこれで簡単に騙される。もちろん、他の人達も。敵を騙すにはまず味方から。同士の人達には悪いけど騙されてもらおう
パソコンが起動し、最初に必要な事を全て済ませ、UWОのアイコンをクリック。いつもならログインボタンをクリックするんだけど、今は新規アカウント作成をクリック。メールアドレス、ユーザー名等の必要な項目を埋めていった
「こんなものかな」
五分後────アンジュを騙す専用のアカウントが完成した。画面にはブジャル垢と同じく竜人型の機体。ただし、この垢は作ったばかりだから性能はブジャルの機体より遥かに劣る。ワンパターンだと思うけど、ブジャルの名残とでも思ってくれ
「あっ、夕飯の準備忘れてた……」
アンジュスパイ用垢を作るのに夢中で夕飯の用意を忘れてた……パソコンで時間を確認すると────
「げっ! もう七時……」
完全に夕飯の時間だった。マズいと思った僕は慌てて部屋を出ると……
「あれ? カレーの匂いだ」
カレーの匂いがドアを開けた瞬間漂ってきた。今日のメニュー決めてなかったからカレーで構わないんだけど、作るなら作るで一声掛けてほしかった
「カレーか……」
カレーの匂いを嗅ぐと否が応でも食欲が湧くはずなのに僕はなぜか食欲が湧かなかった。誰の為に瑞樹さんとの関係を良好なものに戻せばいいのか分からないし、彼女の事を本気で好きかと聞かれて即答できる自信すらないのに顔を合わせたくない。僕が突き放し、こうなる事は最初から分かっていたのに……
「女々しいなぁ……」
分かってたのに顔を合わせたくないって思うとは我ながら女々しいにも程がある。これじゃ本当に恋人と喧嘩したみたいじゃないか……偽ブジャルさえいなかったら気まずさを感じる事なんてなかったのかな……行動は読めないけど、遅かれ早かれ偽物が現れていたのはほぼほぼ間違いないのに
「行くしかないよね」
本当は行きたくないけど、このままだと餓死してしまう。リビングに全員揃っているのかは分からないけどお腹は空く。僕は重い足取りでリビングへ向かった
「あ……」
リビングに入ると全員揃っていた。僕の顔を見た瑞樹さんが声を漏らし、すぐに下を向く
「陽人……」
「陽くん……」
不安気な表情で僕に視線を向ける恋紋さんと凛瑠葉さん。二人の様子から察するに瑞樹さんとの間に何があったか知ってるようだ。どこまで情報を掴んでいるか知らないけど、どうなんだろう? 偽物の一件を知っているってなると義姉二人も突き放さなければならない。まして二人はデビューして間もなく、アンジュみたいな害悪配信者と関わるべきではないのだから
「また後で来る」
瑞樹さんだけじゃなく、義姉二人とも気まずさを感じた僕はその場を後にし、部屋へ戻った
「勘弁してよ……」
部屋に戻った僕はすぐにベッドに飛び込んだ。暗い天井を見上げ溜息を一つ。元気のない瑞樹さんから凛瑠葉さんが無理矢理聞き出したってなんだろう。親切なのはいい事だけど、時として大きなお世話になる。ネット上で起きた問題だと一蹴するのは簡単だけど、アンジュ絡みの問題は別。ブロックしてハイ終わりじゃない。ブロックしても別のアカウントでしつこく粘着し、監視してくる。無関係な第三者から見ればいい大人が何をしているのやらと呆れるところだろうけど、当事者からすると辟易する。可愛い女子ならともかく、オバサンに粘着されたところで嬉しくない
「アンチが気に入らないのならネットから出て行けばいいのに……」
ネット世界関係なしに世の中に発信をしていく以上アンチは避けて通れない。リアルの人間関係で合う合わないがあるのと同じだ。配信やネット小説を投稿し、ファンが増えるって事は同時にアンチも増えるという事。アンジュの場合、イエスマンしか求めておらず、配信者でもリスナーでも気に入らない人は構わず晒すからアンチが増える一方だけど
「どんな育ち方したらああなるのやら……」
天井を見上げていると不意にドアがノックされる。一瞬そちらに目を向けるけど、誰とも話したい気分じゃなかった。視線を天井に戻し目を閉じると再びドアがノックされる
「誰?」
『瑞樹だよ』
瑞樹さん? 何の用だろ?
「何の用?」
『陽人とちょっと話がしたくて……入って……いいかな?』
突き放した手前、今は顔を合わせたくないんだけど、いつかはちゃんと顔を見て話さないといけない。でもさぁ……今じゃなくてよくない? アンジュをネットから追い出した後……だと遅いけど、偽物の事が片付いた後でもいいと思うんだ
「ダメって言ったらどうするの?」
『ここで泣き叫ぶ』
成人した女性が泣き落としですか……偽ブジャルも面倒臭いけど、泣かれるのも面倒臭い
「はぁ……いいよ」
仕方なく僕は彼女の入室を許可した。泣き落としでアッサリ意志を曲げる自分が憎いよ……
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました




